日産車の香りを磨き上げる職人

「ニオイマイスター」の知られざる仕事

2022/02/03
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日産の井野 龍之介ほど、日産車のにおいを知り尽くしている人はいません。社内で「ニオイマイスター」と呼ばれる井野は、新車のにおいをチェックする役目を担っています。また、エアコンのにおいの確認も行っています。

車室内空気質テクニカルエキスパートである井野は、厚木にある日産テクニカルセンターで、複数のチームメンバーを率い、「におい」という観点から日産車に使用される素材の分析、認定を行っています。

「においは、車内での時間を快適に過ごすための重要な要素で、日産はそこに非常にこだわっています。通常、お客さまは自分の座っている位置から一番近いところのにおいを感じ取るので、すべての座席でにおいを確認することが重要です」と井野は説明します。

人間の嗅覚は実は驚くほど強力で、何万とも数十万とも言われるにおいを認識しています。においの感覚は、体内の嗅覚神経路を通り、前頭葉眼窩皮質、扁桃体、海馬など、記憶や感情をつかさどる脳中枢まで届きます。そのため、クルマのにおいは記憶と強く結びつくことがあります。

また、人間は非常に多くの異なるにおいを感じ取ることができ、視覚と合わせてそれらが印象の記憶を大きく左右するという研究結果も出ています。井野は、クルマに乗り込んだ瞬間に感じるにおいだけでなく、ドライブ中に感じる車内のにおいも重要だと考えています。

「まず、そのにおいがどこから来るのかを確認します。身体を傾けてグローブボックスを開けたり、サンバイザーを下ろして顔を寄せてミラーを覗いたり、クルマに乗る人と同じ動きを実際にしてみて、正確な印象をつかむのです。」

お客さまが使われる環境を想定して行う車室内のにおい評価プロセスでは、井野とチームメンバーがヘッドレスト、ダッシュボード、ミラー、グローブボックス、サンバイザー、シート、天井、カップホルダー、フロアカーペットなど、においを測定できるあらゆる部品を嗅ぎ、使われている接着剤や塗料のにおいをはじめとする様々なにおいが、日産の基準を満たしているか確認を行います。日産では、これまでお客さまからいただいた声をもとに、においの基準を設けています。

においの確認は数分以内に行われます。それ以上時間をかけると、鼻がにおいに慣れてしまうからです。においの基準を満たさない場合は、繰り返し確認し、どこからにおいがしているのか原因を突き止め、対策を実施します。

たとえば、同じ素材を使ったシートでも、製造工程が異なるサプライヤーのものであれば、別々に評価を行います。クルマに乗るすべての人に快適な車内空間を提供することを目標にしているため、時には使用されているファブリックや接着剤、ポリマーを製造しているメーカーに働きかけることもあります。

「基準を満たさない場合は、部品メーカーから提供されたデータも参考にして分析します。」と井野は説明します。

車のにおいは、太陽光と空気の流れの影響を大きく受けるため、チームは密閉された特殊な試験室で評価を行います。試験室は、温度と湿度をコントロールすることができ、強い太陽光に匹敵する照明装置を備えています。「クルマの置かれる状況はさまざまです。例えば、中~高温の環境ではにおいが強くなることがわかっているので、そのような状況を含め様々な環境を考慮して確認を行っています。」と井野は述べます。

チェックが終わると、井野たちは「一息」つきます。身体の再調整を行い、あらゆるにおいに対する感度をもとに戻すために、それぞれ自分なりの方法でリフレッシュをするのです。

「専門家の中には、外の空気を吸ったり、コーヒー豆のにおいを嗅ぐなどして、鼻の感覚をリセットする人もいます。私の場合は、自分の肘のあたりのにおいを嗅いでリセットします。尊敬する調香師の方から学んだ方法です。慣れ親しんだにおいなので、新しいにおいを嗅ぐための下準備になるのです。」

さらに井野は、作業着を洗う際には洗剤を使わないようにするなど、においの評価に影響を与えないように気を遣っています。

横浜出身の彼は、幼い頃からにおいに興味があり、中華街の香辛料や店の香りを嗅ぎ、大好きな肉まんのにおいも嗅ぎわけていました。

「幼い頃からにおいを嗅ぐのが好きで、手に取るものすべてのにおいに興味を持ちました。中華街では、店によって肉まんのにおいが違うんですよ」と井野は言います。

幼い頃の経験で磨かれた井野の嗅覚は、現在の仕事でも日々活かされていますが、それでも注意すべきことがあると言います。

「チェックの前日は、ニンニク料理やにおいの強いものは食べないようにしています。もちろんタバコも吸いません。」

お客さまが好むにおいは地域によって異なるため、日産は北米と欧州のチームそれそれでにおい評価を行っています。

ピーター・カール・イーストランド,
日産テクニカルセンター・ヨーロッパで
Odour Evaluation Lead Engineer

トリ・カール
日産テクニカルセンター・ノースアメリカで
Materials Engineer

「日産車のにおいの基準は、ニオイマイスターである私がグローバルのリーダーとして、主に設定しています。しかし、各地域によりお客さまの好みがあり、最終的にはその地域のマイスターがお客さまの声をもとに基準を設定しています」と、彼は言います。

では、日本のにおいの評価チームに入るにはどうすればいいのでしょうか。

「まずは、キャラメルや靴下、植物の茎といった、わかりやすいにおいを用いてテストを行います。最終的には、クルマや部品のにおいまで嗅ぎ分ける、厳しいテストに合格することが必要です」と井野は言います。日産では、これらのにおいを嗅ぎ分ける能力を高めるためのトレーニングも行っています。

まるで、空港の麻薬探知犬や、森の地中に埋まったトリュフを見つける豚のような繊細な嗅覚ですねと聞いてみたところ、井野は笑いながら、「確かに、この仕事には優れた嗅覚が必要にはなりますが、私自身は自分のことを特別だとは思っていませんよ。好きなことを続けていたら、今の仕事に繋がっていました」と答えました。

「お客さまに満足していただけるよう、これからも日産車の香りを磨いていきますので、楽しみにしていてくださいね。」

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