新型クロスオーバーEV「日産アリア」は、2020年7月に発表されました。電気自動車とはどのようなもので、その運転体験とはどのようなものなのか。「アリア」はそうした概念を一新するクルマです。ゼログラビティシートや水平なデュアルディスプレイなど、あらゆる面で快適性と人間工学に配慮。加えて、心が落ち着く空間を創り出すために、色と素材の最適な組み合わせを見つけ出す役目を担ったのは、 カラーデザイナーのアン・ケヒョンさんでした。
ケヒョンさんは4年前に韓国から来日する以前から、禅がデザインに与える影響を研究していました。「大学でデザインを学ぶうちに、物の形だけではなく『色』というものに興味を持ち、色が無意識、かつ直感的に気分に与える影響を考えるようになりました。今回『アリア』で初めて、色だけでなく、色づくりと素材の調和を目指し、『禅の精神』を表現する機会に恵まれました」と、ケヒョンさんは語ります。日産が取り組む「日本のDNAを吹き込む」というデザインアプローチを考えると、「禅の精神」を念頭に、全体的な調和を目指して「アリア」のインテリアカラーデザインをするということは自然な流れでした。ケヒョンさんは、間、粋、傾く(かぶく)、おもてなしといった日本ならではのコンセプトを「アリア」に積極的に取り入れました。
「禅の精神」を徹底的に追及するうち、ある色に対する見方が完全に覆ることもありました。たとえば、インテリアの下部、ドアの足元に取り入れた複雑な組子の模様が挙げられます。「当初は、広々した印象を出すために明るい色を選んでいました。でもそれでは、組子柄が目立ち過ぎてうるさい印象でした。結果的に、黒にすることでゴチャゴチャした印象が消え、洗練された雰囲気が生まれました。」
「悪目立ちする」インテリアは、チームが求める「禅」の理念と相容れないものでした。「ゴチャゴチャした要素をなくすことで、ドライバーの心と身体、どちらにも『完璧な快適さ』を提供することが可能だと考えました」とケヒョンさんは語ります。木目調のダッシュボードに配置されたハプティック(触覚)スイッチも、こうした工夫のひとつ。ドライバーが直接触れるスイッチが、室内のミニマルな雰囲気と見事に調和しています。
ときに、ケヒョンさんはデザインチームから難色を示されることもありました。個性的な配色に挑戦した際のことです。「『アリア』では、ブルーグレーのレザーにアクセントとして銅(カッパー)を加えました。互いに正反対の色です。カッパーが『引き立て役』となることで、インパクトが増すと考えたのです。いつも私は、初期段階のスケッチを参考にメインカラーを選び、それから補色を使って意外な効果を加えることにしています。そうすることで、印象的なストーリーが生まれます。アリアでも同じアプローチを取りました。最初はこの配色に納得していないメンバーもいました。ですが、個性的で美しいインテリアになると信じていたので、強く推しました。」
完成品しか見ていない人は、カラーの選定に費やされた時間など知る由もないでしょう。ケヒョンさんとデザインチームは、膨大な色と素材のサンプルだけでなく、自然光の下で室内空間がどのように見えるかも調べました。「必ず配色を屋外の太陽光で確認するようにしています。1日のなかで時間を変えてチェックすることもあります。同じ色でも午前10時と午後2時ではまったく違って見えることがありますから」とケヒョンさん。こうして最終的な決定までに、何度も微調整を繰り返しました。
2020年夏。完成モデルが全世界にお披露目され、彼女の粘り強い仕事が報われる時がきました。「夢のようでした。友人や同僚、インターネットで熱いコメントをたくさんいただいたおかげで、今も興奮していて、やりとげたという気持ちでいっぱいです」
新たなパワートレインや高度な運転支援技術を搭載したクルマのインテリアでは、こうした「禅の精神」がより一層重要になってくるでしょう。ドライバーや同乗者が、増え続ける最新技術を、迷うことなく直観的な操作で使いこなすには、インテリアがごちゃごちゃとしていてはいけません。「禅の精神」によるミニマルなアプローチが、新しいモビリティの時代へと進む鍵となるでしょう。