第36回(2019年度)選評
富安 陽子
童話作家
東京生まれ。日本の神話や伝承をいかしたファンタジー読物や絵本を数多く発表。『クヌギ林のザワザワ荘』で日本児童文学者協会新人賞他、『小さなスズナ姫』シリーズで新美南吉児童文学賞、『盆まねき』で野間児童文芸賞等を多数受賞している。他の作品に『菜の子先生』シリーズ、絵本『まゆとおに』など
毎回多彩な作品に触れ、わくわくさせてもらっています。どれも面白いのですが、入賞に届かない作品の多くは、短いお話が長い粗筋になってしまっている気がします。限られた枚数の中で筋を書き急ぐ余り、登場人物の個性や物語の空気感が抜け落ちてしまっているのです。絵本の部も毎回、絵の面白さと素晴らしさに目を見張っています。あとは、描かれた場面を一つの世界として動かしてくれる言葉があればなぁ、と。画力が優れているだけにもどかしい気分です。
吉橋 通夫
児童文学作家
岡山市生まれ。現在は長野県大町市に在住。『季節風』同人。『たんばたろう』で毎日童話新人賞、『京のかざぐるま』で日本児童文学者協会賞、『なまくら』で野間児童文芸賞を受賞。主な作品に『風の海峡』上下巻、『すし食いねえ』『はっけよい!雷電』『小説鶴彬』『風雪のペン』などがある。
入賞と佳作との差は、それほど大きくはありません。では、一番の違いはなんでしょう。「読み手の心をゆさぶるものがあるかどうか」です。
子どもは無意識のうちに、「もっともっと大きくなりたい」と願って日々を生きています。その心をつかむのは、ユニークな発想で共感のもてるキャラクターが繰り広げるワクワクする物語かもしれません。でも、たったひとつの真実をつく言葉があるだけで、忘れられない作品になることもあるのですよ。
宮川 健郎
(一財)大阪国際児童文学振興財団 理事長
日本児童文学の研究者。立教大学文学部日本文学科卒。同大学院修了。宮城教育大学助教授等をへて、現在、武蔵野大学名誉教授。日本児童文学学会会長、日本児童文学者協会評議員も務める。『現代児童文学の語るもの」(NHKブックス)、『物語もっと深読み教室』(岩波ジュニア新書)など著書・編集多数。
文学を読む楽しみとは何でしょうか。個性的な主人公が活躍するストーリーのおもしろさ―それも楽しみですが、それ以上に大切なのは、作品世界のもつ雰囲気です。入賞作品は、どれも魅力的なタイトルで読者を引きつけ、私たちは、すぐに、その世界に入り込みます。「なすびはなに色?」には様々な色が、「春ちゃわん」には鳥の鳴き声や羽ばたきが、「手ぶくろが右と左にわかれているわけ」には手のぬくもりが、「名前をかえします」には新芽や花のにおいが描かれ、作品に固有な空気をつくっています。
黒井 健
絵本画家
新潟県生まれ。色鉛筆を使った細やかであたたかい画風の絵を数多く発表。主な絵本作品に、『ごんぎつね』『手ぶくろを買いに』『猫の事務所』(偕成社)、『おかあさんの目』(あかね書房)、『ころわんシリーズ』(ひさかたチャイルド)、画集に『雲の信号』(偕成社)などがある。
この絵本を読む子どもたちの楽しみとは、いったいどこにあるのか。手渡された絵本の表紙からすでに物語世界への誘いがはじまり、"どんなおはなしなのだろう"とワクワクしてページをめくるだろうか。画面が変わるたびにドキドキしたり、笑ったり、悲しくなったりと、子どもたちの心を動かすだろうか。 そして、読み終えたときに、子どもたちの心に残された大切なことは何だろうか。絵本を通して、作者の目指す読後感は明確に表現されているのだろうか。 その点を主に見せていただきました。
篠崎 三朗
絵本画家
桑沢デザイン研究所専攻科卒業。現代童画会ニコン賞、高橋五山絵画賞、ミュンヘン国際児童図書館にて絵本『おかあさん ぼくできたよ』が国際的に価値のある絵本として収録される。教科書のアートディレクションを数多く手懸ける。絵本、児童書の挿絵など多数出版。
たくさんの応募作品に接して、絵本との新しい出会い・発見など、物語の視覚的な展開・流れ・表現法など、さまざまな条件をふまえて、絵本として完成度などを含めて、選考の基準とさせていただいています。
大賞「くつやさんとおばけ」、キャラクターの視覚的表現等、絵本としての面白さが光っていました。
優秀賞「満月のよるに」、光と暗闇の展開の表現が素敵でした。
優秀賞「ふゆのおうち」、様式化された画面の中での空気感の表現が秀逸でした。
優秀賞「わーぷ」、幻想的な色調の中で展開される画面が、不思議な空間を作り上げています。
内田 誠
日産自動車(株)代表執行役社長兼最高経営責任者
同社は、「環境」「安全」「ダイバーシティ」を社会貢献領域の中期重点分野と定め、活動に取り組む。次代を担う子どもたちへの支援は、同社が社会貢献活動を通じて一貫して取り組んでいるテーマであリ、1984年のグランプリ創設以来、協賛を続けている。
「日産 童話と絵本のグランプリ」は、日産自動車が取り組む社会貢献活動の中で最も長い歴史を持つ活動です。この活動を通じて優れた新人作家を世に送り出し、子どもたちに素晴らしい作品を届けるお手伝いができることを誇りに思います。良質の童話と絵本が子どもたちにもたらす価値はいつの時代も変わらないと信じています。
このグランプリから生まれた本との出会いが、次世代を担う子どもたちの豊かな想像力を育み、未来を切り拓く力を養ってくれることを願ってやみません。今後も皆さまのご協力を頂きながら「日産 童話と絵本のグランプリ」を大切に育てて参ります。