独自の視点のイノベーション「アナザー・イノベーション」
「Value × Tech.」から「Value / Tech.」へ - 日産が切り拓くイノベーションの新境地
イノベーションの2つの方程式
日産総合研究所 横浜ラボの上田 哲郎は、長年にわたりイノベーションの本質を探求してきました。その結果、イノベーションを大きく二つのタイプに分類しています。一つは「Value × Tech.」型、もう一つは「Value / Tech.」型です。
「Value × Tech.」型は、これまで多くの企業が追い求めてきた、いわゆる「ハイテク・イノベーション」とも呼ぶべきものです。一方、「Value / Tech.」型は、上田が「アナザー・イノベーション」と名付けた、新しい発想に基づくイノベーションです。
Value × Tech. = ハイテクがもたらす
革新的価値
「Value × Tech.」型のイノベーションは、最先端のテクノロジーを駆使して、人びとの生活を大きく変えてしまうような、今までにない革新的な価値を生み出すことを目指します。バリューとテクノロジーのレベルがともに高ければ高いほど、そのイノベーションの度合いは大きいと言えるでしょう。自動運転技術などがこの典型例です。日産は、こうしたハイテク・ハイバリューなイノベーションにも果敢に挑戦し続けています。
Value / Tech. = シンプルな技術で生み出す
大きな感動
一方、「Value / Tech.」型のイノベーションは、必ずしも高度な技術を必要としません。むしろ、シンプルな技術で同じ価値を提供できれば、人々はより大きな感動(WoW)を得られるのです。上田は、このWoWの大きさこそがイノベーションの真の尺度だと考えています。
「WoW = Value / Tech.」という公式で表される通り、テクノロジーのレベルが低くても、提供する価値が高ければ、WoWは無限大に近づきます。つまり、究極のイノベーションとは、ほとんど目に見えないほどのシンプルな技術で、人々の心を揺さぶる価値を生み出すことなのです。
二つのイノベーションの対比
「Value × Tech.」型イノベーションでは、バリューとテクノロジーの両方が高いレベルにあるほど、イノベーションの度合いが大きくなります。そのため一般的には、バリューもテクノロジーも低い領域は避けるべきだと考えられています。
一方、「Value / Tech.」型では、バリューが高く、テクノロジーが低いほど、イノベーションの度合いが大きくなります。バリューを最大化しつつ、テクノロジーをできる限りシンプルにすることで、WoWは無限大に発散していくのです。この領域を、上田は「シンギュラリティ(特異点)」と呼んでいます。
また興味深いことに、「Value / Tech.」における左下の象限と右上の象限は、どちらもWoWの値が1.0となります。つまり、ハイテク・ハイバリューとローテク・ローバリューは、WoWの観点からは同等なのです。私たちの日常生活に潜むイノベーションの可能性は、実は「Value / Tech.」型の方がより的確に表現できているのかもしれません。
そして注意すべきは、「Value / Tech.」における右下の象限、つまりローバリュー・ハイテクの領域です。生み出す価値が小さいにもかかわらず、高度な技術ばかりを追い求めてしまう。これは、技術自体が目的化した「オーバーテクノロジー」の状態と言えるでしょう。イノベーションを生み出すためには、このような状況に陥ることを避けなければなりません。
テクノロジーとバリューによるWoWの創出が「イノベーション」だとすれば、ローテクと大きなバリューによるWoWの創出は「アナザー・イノベーション」と呼べるでしょう。日産は、従来のイノベーション追求と並行して、この「アナザー・イノベーション」にも積極的にチャレンジしていく必要があると考えています。
プロトタイプセダン「CLV」は、まさにこの「アナザー・イノベーション」の具現化と言えます。キャンピングカーやSUVではなく、あえてセダンという制約の中で、「食べる」「寝る」「遊ぶ」という日常のシーンを豊かにする数々のアイデアを、シンプルな技術で実現しています。サンバイザーがテーブルに、サイドミラーがゴミ箱に、後部座席がベッドに早変わりといった形でです。AIというハイテクと融合させているため決してローテクではありませんが、あくまでも裏方に徹しながら、表舞台では新しいセダン体験が繰り広げられるのです。
SF的発想で描くブリコラージュの世界
今あるモノをよく観察し、新しい使い方や組み合わせを生み出していく。それが「ブリコラージュ」の本質です。ブリコラージュは、持続可能(サステナブル)な社会を実現するための有効なアプローチでもあります。
例えば、「大量生産・大量消費が加速する時代に、もし宇宙規模の大事件が起きてモノづくりができなくなったら?」といったSF的な設定を思い描いてみましょう。そんな極限の状況では、今あるクルマをいかに大切に使い続けるかが重要になります。そのためのヒントもまた、ブリコラージュの中に隠れているはずです。
日産は今後も、こうしたSF的な物語とそれを具現化したプロトタイプを通じて、持続可能な未来につながるイノベーションを提案し続けていきます。「アナザー・イノベーション」という新しい視点から、モビリティの可能性を広げていく。それが、日産の挑戦なのです。