2026年6月、日本市場に投入された日産の新型「キックス」。デザインの責任者であるプログラム・デザイン・ダイレクターの楠 鉄平は、どのようなプロセスを経て新型キックスの大胆なデザインへとたどり着いたのか。その舞台裏に迫ります。
楠が一貫して追求する “シンプルさと強さ”
「キックス」のデザインに込めたシンプルさと強さ。その原点は、大型車のデザインを担当していたアメリカ赴任時代に遡ります。
当時暮らしていたのはカリフォルニア。照り付ける日差しの下では細かな造形が見えにくくなるため、現地では車両の力強さや大きさを前面に押し出すデザインが主流でした。楠はそこで学んだ表現手法を自分のデザインへと取り入れていきました。
楠が過去にエクステリアデザインを担当したモデル。左から「タイタン」「パトロール」
「時代や車種によって表現は変わるものの、シンプルさと強さは自分の軸として残っています」と話す楠。この考えのもとに、新型「キックス」のデザイン開発を行いました。
アメフトのヘルメットに見出した “シンプルさと強さ”
「キックス」のフロントフェイスのデザインは、アメリカンフットボールのヘルメットから着想を得ています。楠が惹かれたのは、シンプルでありながら、強さを感じさせるデザインです。その発想をフロントだけでなく、ボディ全体へと広げました。面に余計な「折れ」をつくらず、なめらかな造形の中にクルマとしての力強さを表現しています。
シンプルな造形ゆえに直面した鉄板成形での課題
クルマのボディは、ドアやフェンダーなど、複数部品で構成されるため、その合わせの精度が質感を大きく左右します。「キックス」はシンプルな造形だからこそ、わずかなズレも目立ちやすく、鉄板の成形では苦労の連続でした。特に課題となったのが、丸めた紙が時間とともに開いていくように、成形後の鉄板が元の形へ戻ろうとする「スプリングバック」でした。そこで、生産チームとともに、どの程度元の形に戻るかを、0.5mm以下の精度で予測し、型の調整をすることで、パーツ同士で面にずれが生じないように試作を重ねました。そのために、試作工場や、ときには部品工場にまで、何度も足を運び、理想となる一体感を実現していきました。
デザインは人の心を映す
デザインには作り手の気持ちが表れると楠は考えます。前向きな気持ちで取り組めば、その魅力はクルマにも反映される。今回初めてプログラム・デザイン・ダイレクターを務めた「キックス」でも、楠が最も大切にしたのはチームの雰囲気づくりでした。
デザインチームにはもともと遊び心にあふれるメンバーが集まっていました。しかし、クルマ1台をつくりあげるには、研究開発、生産試作、品質保証など、多くの関係者との連携が欠かせません。それぞれの立場で高い品質を追求するからこそ、デザインチームに厳しい意見が寄せられることもありました。
そうした課題に直面しても、チームが立ち返ったのは、新しいクルマをお客さまに届ける使命と、デザインする楽しさでした。妥協はしない。しかし、楽しむことも忘れない。この積み重ねが、「遊び心を、KICKSる。」というコンセプトを体現するデザインにつながったのです。
X、X+、Xシンプルパッケージに採用されたディンプルデザイン。スニーカーソールを模した「遊び心」が詰まっている
“型にはまらないこと” こそが日産らしさ
楠にとっての日産車らしさとは、“型にはまらないこと"だといいます。「キックスも、『これまでの日産車とは少し毛色が違いますね』と言われることがあります。どのクルマにも個性があって、同じ顔つきに揃っていなくても、ちゃんと日産車だとわかる。それが日産らしさなのです」
型にはまらない発想で、人の心を動かすクルマをつくる。その情熱が、今も楠を突き動かしています。
