カモメが教えてくれたこと

1990年代初頭の話だ。長旅を終えた日産車はヨーロッパの港に陸揚げされ、最終的な仕向地に輸送されるのを待っていた。突き抜けるような青い空。カモメの群れが日産車の上陸を祝福していた…。

そして事件は起こった。クルマのボディカラーが見る見るうちに変わり、あっという間に真っ白になってしまったのだ。原因は上空を飛んでいたカモメたちの糞。随分と余計なプレゼントをしてくれたものである。しかし、事態は思いの外、深刻だった。

特に魚を主食とする鳥の糞は油分を多く含んでいるためクルマの塗装と馴染みやすく、長時間付着した状態が続くと塗装が溶けて柔らかくなりがちだ。その状態で天日にさらされると、今度は一気に乾燥して収縮し、オリジナルの滑らかな塗装に致命的ダメージを与えてしまう。そう、今回のケースが正にこれ。ピカピカの新車が台無しにされてしまったのである。

もちろん、日産は1990年以前から虫の体液、樹液、花粉、酸性雨など、クルマの塗装に害をもたらすであろう、あらゆる物質の研究に取り組んでいた。しかし、この事件が開発者の研究意欲に拍車を掛けたのは言うまでもない。彼らは世界中に生息する、ありとあらゆる鳥の糞を採取して、その成分を徹底的に分析したのだ。

鳥の糞や樹液に冒された塗装。クルマの塗装は、常に危険にさらされている。

彼らは世界中に生息する、ありとあらゆる鳥の糞を採取して、その成分を徹底的に分析したのだ。

研究過程において、開発陣は地域によっても塗装に求められる性能が違うことを突き止めた。北米は前方の走行車が跳ね上げた小石による塗装の剥がれ(チッピング)や、酸性雨によるアタックが激しい。ヨーロッパはキズに強い塗装が必要…といった具合である。実はあまり知られていないが、そんな地域特性に対応するため、日産車の塗装は仕向地によって微妙に変えられている場合がある。このキメの細かさは、日産車ならではだ。

このような開発陣のたゆまない努力により、日産車の塗装は往時よりも格段にタフなモノへと生まれ変わった。さらに日産の塗装開発は一歩先へと進み、塗装表面にキズが付きにくく、ある程度の擦りキズが付いた場合も、時間の経過とともに元の状態までほぼ復元するという魔法のような塗装技術、「スクラッチシールド」さえも生み出したのだ。

日産の塗装開発における姿勢。それは技術ありきではなく、常にお客様にとって魅力的な塗装とは何かを問い続けることにある。開発キーワードは「WAO!」。お客様が日産車を見た瞬間、思わず「WAO!」と言いたくなるような塗装を作り上げるべく、開発陣は日夜研究に取り組んでいる。まったくケアをしなくても光沢を失わない塗装…。そんな究極の塗装が日産車に採用される日も、そう遠くないかもしれない。

*スクラッチシールドの採用は、国によって異なります。

日産では塗装の耐久性を高めるため、さまざまな試験を行っている。写真はチッピング試験を行ったパネルの数々。