計算時間、日単位から秒単位へ
クルマの性能を測る指標は動力性能や環境性能等,多岐にわたるものがありますが,なかでも近年重要な指標の一つが「空力性能」です.これはすなわちクルマが空気を押しのけて進むことに起因する性能であり,「空力が良い」クルマは燃費が良かったり風切り騒音が小さかったりとメリットが大きいため,各社が競って取り組む課題です.とはいえ空力性能だけに特化したクルマを作るわけにはいかず,そのデザインや居住性,衝突安全性との兼ね合いでバランスをとる必要があり,日々試行錯誤が繰り広げられています.
現在,車両開発の初期段階における空力性能の評価手法は計算機シミュレーションが主流となっています.主にCFD(Computational Fluid Dynamic:数値流体力学)という手法が使われえており,強力な計算能力を持つコンピュータによる,運動方程式の繰り返し計算により,空気抵抗値,揚力値,圧力場,速度場と言った性能指標を予測,可視化しています.
しかし,この計算には強力な計算機をもってしても,数時間から数日という時間を要するため「ちょっとだけここを変えたらどうなるか,すぐに見たい」という要望に応えることが難しいのが現状です.
そこで我々研究所では,この課題に対しディープニューラルネットワークを適用することにチャレンジしています.教師データとしてこれまで蓄積してきた車体形状ごとのCFD結果を用い,モデル学習を行うことで,数秒で空力性能指標を弾き出すことに成功しました.今後は昨今注目されている物理法則を加味したモデル(Physics informed Neural Network)なども視野に入れながら,設計部門やデザイン部門がインタラクティブに,リアルタイムに空力性能の評価ができる仕組みの開発を目指します.日単位から秒単位へ,これが実現すると,仕事の仕方は今とは全く異なるものになることが予想されます.AIがもたらすゲームチェンジの一端がここにあります.
*1 Cd値: Coefficient of drag, 空気抵抗係数のこと. クルマの前後方向の動きに対して押し戻そうとする力であり,燃費に大きな影響を与える
*2 Cl値: Coefficient of lift , 揚力係数のこと.クルマを浮き上がらせようとする力であり,高速走行時の直進性に大きな影響を与える
*3 圧力場: 走行時の車体表面付近の空気の圧力変化の空間分布.
*4 速度場: 走行時の車体表面付近の空気の速度変化の空間分布.
【発表論文】
- 機械学習を用いた自動車空気抵抗係数のインタラクティブ予測ツール開発
赤坂 啓, 陳 放歌, 寺口 剛仁, 人工知能学会 第34回全国大会, 2O6-GS-13-02, 2020
- 機械学習を用いた自動車空力性能を予測するためのサロゲートモデル開発
赤坂 啓, 陳 放歌, 寺口 剛仁, 自動車技術会論文集,Vol.52, No.3, 20214248, 2021