2025.5.21

自動車のコア技術にも社外技術をかけ合わせて革新を。専門性を活かしたチームがトポロジカル物質の社会実装を支える

基礎研究の成果を製品化・事業化して社会に価値を届けるプロセスをいかに短縮できるか。その課題に産学連携のアプローチで挑み、日本のものづくり産業に対して共創の可能性を提示しているのが、東京大学発の研究開発型スタートアップ TopoLogic株式会社です。

今回、お話をうかがったのは、最先端物理学で発見されたトポロジカル物質の社会実装に挑む、TopoLogicのCEO 佐藤太紀さん。物理学の研究者、知財の専門家、半導体のエンジニアといった異分野のプロフェッショナルたちを束ね、アカデミアの研究成果を事業化へと導く経営者からの“問いかけ”とは?

佐藤太紀さん

佐藤 太紀
TopoLogic株式会社 代表取締役CEO。東京大学大学院工学系研究科修了後、マッキンゼー・アンド・カンパニーにて6年間、製造業の顧客を中心にコンサルティングに従事。その後、産業用ドローンのスタートアップで事業開発を手がける。2021年11月、CEOとしてTopoLogicの経営に参画。トポロジカル物質の社会実装を目指し、磁気メモリと熱流束センサーの開発を推進している。現在までに約8億円の資金調達を実施。

トポロジカル物質の優位性を見極め2つの製品を開発中

――まずは、TopoLogicの設立経緯について伺えますか。

当社は2021年に設立された東京大学発のスタートアップです。設立のきっかけは、東京大学理学系研究科の中辻知教授の研究室で起きていた課題にありました。TopoLogicの設立前、中辻研究室では、企業との共同研究の機会が増えていたんです。しかし、理学部の研究室というのは本来、基礎研究を重視する傾向にあります。企業の要望に個別に対応していくことにリソースを割くのは現実的ではありません。

むしろ、研究者には研究に専念できる環境こそが必要で、社会実装は専門の組織が担うほうがよいということで、会社が設立されました。現在も中辻教授は、TopoLogicの技術顧問として研究開発やライセンス契約の締結などに携わっています。

TopoLogic

中辻教授が研究しているトポロジカル物質は、従来の金属や半導体、絶縁体の分類では説明できない、特異な性質を持つ物質です。中辻教授は、これまで電子軌道を制御しやすくするために低温・高圧の環境で研究が進められてきた分野において、常温・常圧でこうした性質を示すトポロジカル物質を発見しました。さらに、鉄やマンガンといった入手しやすい元素の組み合わせで、そうした性質を発現させられる点もポイントです。TopoLogicでは、こうしたトポロジカル物質を用いて2つの製品開発を進めています。

1つは「TL-RAM」という超低消費電力の磁気メモリです。AIの普及によってデータセンターの消費電力が急増している問題への対応をめざすとともに、プロセッサーやメモリ分野で、日本発の企業としてプレゼンスを確立することを狙っています。

もう1つは「TL-SENSING」という熱流束センサーです。従来比100倍以上の検知速度が特長で、特にEV用バッテリーやパワー半導体、インバータ電源の異常発熱検知などへの応用を進めています。現在、約10社の電子部品メーカーや製造装置メーカー、自動車関連メーカーなどとともに実証実験を進めているところです。

TopoLogic

――開発する製品をその2つに絞られた理由を教えていただけますか。

デバイス化の構想が描けるか、という観点で研究シーズを見たうえで、具体的なニーズと既存技術に対する優位性を検討して決めました。

たとえば、熱電変換による発電への応用は見送りました。太陽光パネルや小型二次電池など、既存の選択肢と比べてわざわざトポロジカル物質を選ぶ理由を現時点では見出せなかったためです。新しい技術で市場に参入するのであれば、付加価値で何万円もの差を付けられる領域を狙う必要があります。

――製品化までの見通しはいかがでしょうか。

TL-SENSINGについては、現在、半導体メーカーが持つ既存の製造工程で量産化の実現に取り組んでいます。一方、TL-RAMについては、2025年末にはお客さまに評価用チップを提供できる状態にすることをめざしています。そのうえで、2027〜29年頃には製品化に向けて量産体制を構築していく計画です。

東京大学 本郷キャンパス内本社の一角でプロトタイプの性能評価を行っている

東京大学 本郷キャンパス内本社の一角でプロトタイプの性能評価を行っている

経営、知財、技術――それぞれのプロに任せる組織を作った

――CEOとして、佐藤さんがTopoLogicに参画されたきっかけを教えてください。

TopoLogicには創業間もない2021年7月頃に声をかけていただきました。当時、中辻教授の創業を支援していたのが、私のマッキンゼー時代の先輩だったんです。その方としては「ビジネスがわかる人間を参加させなければならない」という考えがあったようです。

ご紹介いただいて中辻教授とお話しをするなかで、技術のポテンシャルと強い思いを感じました。事業としての成功に必要なパッション、技術の優位性、そして対象とするマーケットの大きさ。これらが揃っていると確信し、参画を決意しました。

佐藤太紀さん

――TopoLogicは経営陣の構成に特徴がありますよね。

そうですね。私がCEOとして経営全般を、COOが弁理士としての専門性を活かして知財戦略を、そして技術責任者が開発を統括するという形で、各分野のプロがマネジメントを担っています。特に当社はライセンシングがビジネスモデルの中心となるため、知財戦略は極めて重要です。

私が自分で特許を書くための学習に半年かけるより、プロに任せた方が効率的ですよね。逆に言えば、任せているからこそ、私は細かい権利や技術面の意思決定には敢えて関与せず、経営判断が必要な部分だけを判断するようにしています。

――日本の研究開発型スタートアップでは、研究者自らが起業し、CEOとして経営を担うケースが多いように思います。研究者と、経営や知財の経験が豊富な人材がチームを組むことの重要性について、どのように考えていますか?

技術を磨けば事業として成功するのであれば技術者だけの会社を作ればよいのですが、顧客ニーズを取り込んで技術をマーケットフィットさせ、事業提携をしてサプライチェーンを作るとなれば、その道のプロが必要だと考えています。

通常の企業でも、科学者・技術者だけの会社はほとんどありませんよね。技術開発からマーケティング、営業、知財戦略まで、さまざまな専門性を持つ人材がチームとして機能しているはずです。同じように、研究開発型のスタートアップや新規事業でも、異なる専門性を組み合わせてはじめて大きな相乗効果が生まれます。

佐藤太紀さん

――事業を担う組織の体制についても教えていただけますか。

経営陣の構成と同じく、社内の体制作りでも「各役割にプロを当てるべき」という考えを徹底しています。そのため、私たちは研究と開発を明確に分けています。約20名の社員のうち半数ほどがエンジニアですが、実はメンバーのほとんどが中辻研究室出身者ではないんです。物理学の研究者は材料の基礎研究や理論構築が得意ですが、製品化するためには「この物質をどう加工し、どのメーカーと擦り合わせて試作品を作るか」といった異なる知見が必要です。そのため、当社には大手半導体メーカー出身のエンジニアが多数所属しています。

――コミュニケーションにおいて、難しさを感じることはありませんか?

専門分野が異なるメンバー間では、どうしても理解度の差による意思疎通の難しさが生じることがあります。技術的な議論では、専門用語で煙に巻こうと思えば簡単です。でも、それが会社にとってどれだけメリットを生むのか、という視点を常に持つことが重要です。お互いが「専門家ではない人に話している」という意識でコミュニケーションを取ることを心がけています。

特許に関しては、エンジニアに発明の本質を語ってもらい、それを特許の専門家が聞き取って権利化していくという分業を徹底しています。また、開発チームには経験豊富なエンジニアを採用し、特許を数十件書いたことのある人材を配置。その人たちが若手エンジニアと特許の専門家のあいだを繋ぐ役割も果たしています。このように、組織全体でコミュニケーションの架け橋を作ることを意識しています。

佐藤太紀さん

真の差別化は自動車のコア技術と社外技術のかけ合わせで実現できる?

――TopoLogicにとって、自動車メーカーはユーザーのひとつに位置づけられていると思います。自動車産業について、どのような印象をお持ちですか。

自動車産業は150年以上、製品価値を維持し続けてきた稀有な存在です。50年前のテレビと今のテレビを比べると、性能は何倍も上がって価格は数分の1になっています。一方で自動車は、付加価値を増やしながら価格を維持できている。それだけ新しい技術や価値の創出に長けた産業だと思っています。

当社の製品は将来的に自動車産業でも使用されることを想定しています。熱センサーの市場は産業ごとに得意なメーカーが異なり、自動車だけでもエンジンルーム用、車室空間用、ブレーキディスク用など使用環境がまったく異なりますよね。そうしたなかから、さらに当社のセンサーでなければいけない使用環境を見つけるとなると、そのニーズは点在している状態にあるといえます。私たちはここに着目し、ピンポイントの用途開拓を重視しています。

たとえば、熱流束センサーに関しては先述の通り、約10社と実証実験を進めていますが、それぞれのニーズに合わせてカスタマイズ開発を行っています。私たちのビジネスモデルは基本的にライセンシング型です。試作から評価、カスタマイズまでを一緒に進め、お客さまに合った形で技術を提供していく。最初は数億円規模の小さな市場でも、そこで「このセンサーでなければ解決できない課題」を見つけ、圧倒的な実績を作ることで、徐々に応用範囲を広げていきたいと考えています。

熱流束センサー「TL-SENSING」

熱流束センサー「TL-SENSING」

――自動車の研究開発に携わるエンジニアに提案してみたいことはありますか。

自動車産業では、コネクティビティやインフォテインメントシステムについては、すでにスタートアップとの連携が活発に行われています。今後は、パワートレインなどコア技術の領域でも、社内で研究されてきた技術と社外の新しい技術をかけ合わせることで、他社と差別化できる付加価値創出の可能性が広がるのではないでしょうか。

前提として、自動車産業は他の産業と比べても、非常に高度なサプライチェーンと研究開発体制が確立されており、特にパワートレインなどのコア技術について、長年の技術の蓄積と厳格な品質基準があることは理解しています。一方で、半導体製造装置業界などでは、品質基準を満たすことを前提に、社外の新しい技術をかけ合わせることについてより柔軟な姿勢で臨むケースが増えてきているんです。

私たちのような新しい技術を持つスタートアップ企業としても、自動車産業の品質基準や要求水準をしっかりと理解したうえで、共に価値を作っていければと考えています。

〈佐藤太紀さんからの問いかけ〉
「どうすれば自社のコア技術と社外技術をかけ合わせて、真の差別化を実現できそうですか?」