2025.5.21
LLM(大規模言語モデル)を基盤とするAIは驚くべき進化を遂げ、もはやAI技術は私たちの生活の一部となりました。現在のAIの多くは、人間からの指示を受ける形でさまざまなタスクを実行していますが、今後はより自律的に情報を収集し、タスクを完遂する「AIエージェント」が普及していくと期待されています。そんな中、人間とAIはどのような関係を築いていくべきなのでしょうか。
今回は、「ドラえもんをつくる」を目標に、AIを研究する日本大学 文理学部 情報科学科 准教授・大澤正彦さんにお話を伺います。人と技術の理想的な関係を模索する大澤さんからの問いかけとは?
大澤 正彦
1993年生まれ。日本大学 文理学部 情報科学科准教授。次世代社会研究センター(RINGS)センター長。博士(工学)。東京工業大学附属高校、慶應義塾大学理工学部をいずれも首席で卒業。学部時代に設立した「全脳アーキテクチャ若手の会」が2,600人規模に成長し、日本最大級の人工知能コミュニティに発展。IEEE CIS-JP Young Researcher Award (最年少記録)をはじめ受賞歴多数。新聞、webを中心にメディア掲載多数。孫正義氏により選ばれた異能をもつ若手として孫正義育英財団会員に選抜。認知科学会にて認知科学若手の会を設立、2020年3月まで代表。著書に『ドラえもんを本気でつくる』『じぶんの話をしよう。―成功を引き寄せる自己紹介の教科書』(いずれもPHP研究所)
AIの進化によって、人は本当に幸せになっているのか?
――まずは、大澤さんの研究内容についてお聞かせください。
研究の最終的な目標は「ドラえもんをつくる」ことです。ドラえもんは国民的キャラクターですし、そのイメージは一様ではありません。「何ができたらドラえもん?」と聞けば、「便利な道具を出してくれたら」「未来から来たら」「友達になれたら」などいろいろな側面が語られるでしょう。ドラえもんをつくるというプロジェクトは、そういったあらゆるドラえもんの側面に真摯に向き合っています。そんな中で、プロジェクトのいちメンバーである私の担当を言語化するならば「目の前の人にとことん向き合い、その人を幸せにする」側面と言えるかと思います。
そのために、現在はAI、特にHuman-Agent Interaction(以下、HAI)という領域に関する研究を進めています。HAIを一言で言うと「人とAI(ロボット)を一体のシステムとして捉え、その全体を最適化する研究アプローチ」です。この領域のコア技術は、人工物に他者モデル、すなわち「心」を想定させることです。人がロボットなどの人工物に対して「心」を感じるような技術を開発し、人がロボットに、ロボットが人に寄り添いながら、ともにさまざまな課題を解決する社会を実現したいと思っています。
大澤さんが上梓した『ドラえもんを本気でつくる』(PHP新書)
――ドラえもんをつくる上で、現段階で課題になっているのはどのようなことなのでしょうか。
必要な要素はすでに揃ってきていますし、現段階での技術的な課題も今後の研究で解決できると思っています。そういった技術的な課題よりも重要なのは、私たち人間が、ドラえもんと幸せな出会い方ができるのかということ。僕は現在の技術と人の関係に危機感を持っています。AIは指数関数的な速度で進化を見せていますが、その進化のスピードは「技術はいかに人を幸せにするのか」という問いを置き去りにしてしまっているのではないかと思っています。
――なぜ、そのような危機感を持つに至ったのでしょうか。
これまでもずっと思ってきましたが、ChatGPTなどのLLMを活用した生成AIサービスが登場し、生活や仕事の中に浸透し始めたことは、危機感を強めた大きな要因です。現状の生成AIサービスの多くは、業務や作業の効率化を主目的としていますが、現時点で、生成AIによって創出された時間がなにに費やされているのかと言えば、「新たな仕事」になりがちではないでしょうか。「ChatGPTによって仕事が効率化され、これまで手が付けられていなかった仕事に取り組めるようになった」という人はたくさんいるでしょう。しかしその一方で、少なくとも僕は「ChatGPTのおかげで、人に向き合う時間が増えた」と言っている人と出会ったことがありません。
私は、効率化によって新たに生まれた時間を人と向き合うことに活用するのではなく、さらに多くの仕事に取り組むような近年の傾向が強まれば強まるほど、人が「人に寄り添うこと」をコストのように感じ、幸せな社会が実現しないのではないかと危惧しているのです。看護や保育、あるいは介護といった人に寄り添う仕事が、負担の大きい仕事のように思われている一因も、ここにあるのではないでしょうか。
――技術と人の関係が「効率化のためだけの道具と、効率化だけを追い求める主体」で固定されてしまうと、技術をもってしても効率化できない「人に寄り添うこと」から目を背けるようになってしまう、と。
もし、ドラえもんがのび太に寄り添うことなく、ただただ四次元ポケットから作業的に道具を取り出すだけの存在だったなら、のび太があれだけさまざまな人たちと関わり、幸せな学校生活を送ることはなかったかもしれません。幸せの定義はさまざまでしょうが、僕は人が幸せに生きるには他者の存在が不可欠だと考えていますし、他者と信頼関係を構築するには、互いに寄り添う必要があるとも思っています。そのためにも、技術が人にとっての「道具」でしかないという認識を変えたいのです。
人に意図を伝えられるロボットは、道具ではなく、他者になる
――人間のようにふるまうAIエージェントが一般化していく中で、私たちは科学技術とどのような関係を築くべきなのでしょうか。
HAIの大前提は、「相互適応」です。つまり、AIを人に適応させるだけではなく、人もAIに適応しなければならない。従来、科学技術と人は「縦の関係」にありました。人という存在、あるいはその生活を「上」におき、その「下」にある科学技術を、生活に適応可能なレベルにまで「引き上げ」ようとする考え方が一般的だったわけです。
しかし、HAIでは科学技術と人を「横の関係」で捉え、お互いに歩み寄ることを重視します。HAIにおける科学技術と人の理想的な関係を体現しているのが、「弱いロボット」研究で知られる、豊橋技術科学大学の岡田美智男先生が開発した、「ゴミ箱ロボット」です。ゴミ箱にUSBカメラや赤外線センサー、小さな車輪などを取り付けたこのロボットは、ゴミを見つけたらその近くまでは自分の力で行くのですが、“腕”がないためにゴミを拾うことはできません。すると、それに気付いた人がゴミを拾い、ゴミ箱ロボットのカゴに入れてくれるわけです。
豊橋技術科学大学 ICD-LAB YOUTUBEチャンネルより
つまり、このゴミ箱ロボットは、人と関係することによって初めて「ゴミを拾う」という目的を達成する存在なんです。ここで重要なのは、このロボットが人の「手助けしたい」という気持ちを喚起することで、関係性をつくり出していること。このとき、人はこのロボットを「道具」としてではなく、手を貸してあげなければならない「他者」として認識していると言えます。人は「道具」に手を貸そうとは思いませんから。
このように、人と科学技術が歩み寄り、互いが互いの存在を認め合う関係性をつくっていくことによって、人だけでも、また科学技術だけでも、解決できない課題を解決しようとするのが、HAIのアプローチです。
――「ゴミ箱ロボットなのに、ゴミが拾えない」といった“不完全さ”を実装する必要があるということでしょうか。
いえ、重要なのは“不完全さ”ではなく、「意図」が伝わるデザインをすることだと私は考えています。ゴミ箱ロボットを例に取れば、人との関係性を構築する中で重要な働きをしているのは、「ゴミを拾えない」という”不完全さ”ではなく、ゴミを拾いたいという意図が周囲の人に伝わることだと僕は思っています。
人に意図が伝わることの重要性を理解していただくために、人が人工物を認識する際に用いている3つのスタンス、「物理スタンス」「設計スタンス」「意図スタンス」について、説明しますね。
スマートフォンを例にしましょう。スマートフォンを手から離せば地面に落ちることは、考えずとも理解できますよね。これは、スマートフォンという人工物を「物理スタンス」で認識しているということです。
しかし、「手を離せば落下する」という単純な現象であればまだしも、すべての動作や現象を物理法則に適用して考えることはしません。スマートフォンで言えば「スマートフォンをスワイプしたらロックが解除される」「アイコンをタップすれば、アプリが開く」といったように、ルール・設計に則って動いていると考えるでしょう。このとき、僕たちは「設計スタンス」で人工物を認識していることになります。設計スタンスで人工物を認識しているということは、それを「道具」として捉えているということでもあります。
――3つ目の「意図スタンス」についても教えてください。
まずは具体的なシーンを思い浮かべてもらいましょう。深夜に友人から自分のスマートフォンに電話がかかってきたとき、なんて思うでしょうか。
――「こんな時間に電話なんて、なにかあったのかな?」でしょうか。
そうですよね。そのとき、スマートフォンを「意図スタンス」で捉えていることになります。「基地局からの電磁波をデバイス内のアンテナで受信、その電磁波が電気信号に変換され……」と着信によるあらゆる現象を物理法則のみで解釈する「物理スタンス」でも、「通信が入ったから、バイブレーションモーターが起動している」と、スマートフォンの機能や設計から解釈する「設計スタンス」でもなく、スマートフォンから意図を予測、解釈しているわけです。
深夜に友人から自分のスマートフォンに電話がかかってきた際の、それぞれのスタンスでの解釈の違い
――なるほど。ゴミ箱ロボットは、その動きや音声によってゴミを拾いたいという「意図」を人に伝えられていたからこそ、周囲の人の行動を喚起できたということですね。
そのとおりです。この3つのスタンスはゴミ箱ロボットやスマートフォンのような電子機器だけに適用されるものではありません。たとえば、ぬいぐるみと話す人がいたら、周囲の人は少し驚くかもしれませんが、その人は意図スタンスでぬいぐるみを捉えているから会話できると言えます。
現在のLLMは人間の意図を読み取ることが苦手だとされていますが、僕たちは昨年、人が人の意図を読み取る際の認知モデルとLLMを統合する技術の開発に成功しました。これを活用することで、LLMが人の発言をそのまま受け取るのではなく、皮肉や冗談といった、発言の裏にある意図まで読み取ることが可能になると考えています。
この技術をまとめた論文はHAIシンポジウムという日本の学会で優秀論文賞を受賞、英語化したものはHAI領域の国際的な学会「International Conference on Human-Agent Interaction 2024」でも採択されるなど高い評価を得ており、今後は社会実装を進めていく予定です。
ドラえもんを現実にするための第一歩はモビリティ×AIエージェントからはじまる
――社会実装という観点で言えば、ここ数年でAIアシスタント機能を搭載するモビリティが増えてきました。そういった動きをどのように捉えていますか。
モビリティは、ほかのデバイスに先駆けて、AIエージェントと人の理想的な関係を形にしやすいと思います。モビリティは人とAIエージェントで共通の目的を設定しやすく、人が座る場所も比較的固定されていますし、カーナビのように情報を交換するためのデバイスも定着している。AIエージェントを取り入れるための素地がすでに整っているといえるでしょう。ドラえもんを現実のものにするための一歩目はモビリティから始まるのではないかと考えていますし、僕自身もさらにコミットしていきたいです。
――将来的にモビリティに搭載されるAIエージェントはどういったものになるのでしょう。具体的なイメージはありますか。
実は、モビリティの勉強もかねて、昨年2回ほど車の試乗に行きました。それぞれの試乗に付き添ってくれた方のタイプが正反対だったのですが、そのことがとてもその後の研究の参考になったんです。
1人目の方は、見た目からして折り目正しいベテランの方でした。車の機能を一つひとつ丁寧に解説してくれて、その車のことがよく理解できましたし、とてもありがたかったのですが、個人的に印象に残ったのは2人目の方でした。
1人目の方に比べると、機能の説明は少なかったのですが、僕が運転中に迷っていたり、不安を感じたりしたとき、安心するような言葉を掛けてくれて、気持ちに寄り添ってくれたのです。その人が隣にいることで不安が和らいで、運転が「楽しく」感じたんですよね。
運転に慣れているベテランドライバーなら、1人目の方がしてくれたように「こういう状況なので、この機能を使ってみましょう」と提案してくれるAIエージェントで十分でしょうし、僕のような運転に不慣れな人にとっては、2人目の方のように、運転する自分の気持ちに寄り添ってくれるAIエージェントがあったらいいなと思いました。
――運転者の熟達度や意図を読み取って、そのときどきの状況に応じてサポートの形を変える「仲間」のような存在がいれば、運転がさらに楽しくなりそうですね。
そうですね。僕たちは、何の意図も感じられない、あるいは意図を読み取ろうと思わないものに対しては、道具以上の関係をつくることができません。逆に言えば、先述のゴミ箱ロボットに象徴される「弱いロボット」のように必死に意図を伝えようとしている存在との間には、道具以上の関係性が生じる可能性があります。
AIエージェントについても、同じです。意図が感じられず、指示に則りタスクをこなすだけのものであれば、それは「道具AI」といえるでしょう。しかし、人に何かの意図を伝えたり、人の意図を読み取りながら、その心に寄り添ったりするAIエージェントを開発できれば、そのAIエージェントは「仲間AI」と呼ぶことができます。
どのような形になるのかはまだわかりませんが、モビリティ業界がAIエージェント領域を引っ張っていってほしいですし、それができると思っています。人と技術の理想的な関係を模索しながら、ともに世界を変え、人々に幸せをもたらすようなゲームチェンジを起こしていきましょう。
〈大澤正彦さんからの問いかけ〉
「人がロボットに、ロボットが人に寄り添うような、人と技術の関わり方を一緒に考えてみませんか?」