研究通信
2026.04.06
研究通信#12
ちょっとした生活の改善で運転に必要な身体機能、認知機能がUPする!?
―生活活動改善メニューによる高齢者の機能回復効果の検証―
1.研究の背景と目的
近年、高齢ドライバーによる交通事故が社会問題となっています。運転は認知・予測・判断・操作の複合からなる複雑なタスクです。例えば、交差点で右折する際には、刻々変化する対向車や歩行者の状況を確認しながら、自分のクルマを適切に操作する必要があります。高齢ドライバーはブレーキやアクセルの踏み間違いによる死亡事故の比率が高くなる傾向にあり、踏み間違いには身体機能と認知機能の低下が関連することがわかってきました(研究通信#6)。多くの研究で身体機能や認知機能の向上には、運動が有効であると報告されています。しかし、運動が大事だと頭ではわかっていても、日常生活に運動を取り入れることはなかなか難しいものです。運動習慣のある人は男性で約3人に1人、女性で約4人に1人と言われています。また、運動を始めても6か月以内に約半数の人が中断してしまうことから、いかに継続するかがポイントと言えます。
そこで、本研究では多くの人が習慣的に行っている日常の生活活動の改善に着目しました。生活活動は運動よりも身近であるため、新たに取り組む場合でも心理的な負担は低いと考えられます。身体的な負担も運動に比べて小さいため、高齢者でも手軽に取り組むことができると考えられます。身体活動量が多い人は、少ない人に比べて身体機能や認知機能が高いと報告している研究は多いですが、個人の活動量の変化を追跡して検討した研究は少ないのが現状です。
本研究では、まず身体機能や認知機能の向上が期待される生活活動改善メニューを創案しました。次に、シニアのための講座に参加した高齢者を対象に2か月間の生活活動改善メニューを提供し、身体活動量の変化が身体機能および認知機能に与える影響を検証しました。
2.生活活動改善メニューの創案
(1)生活活動改善メニュー
日常生活に取り入れることができ、身体機能や認知機能の向上が期待される生活活動改善メニューを作成しました(表1)。本メニューは12項目で構成され、活動内容に応じてポイントを付与する仕組みになっています。各項目の基準時間やポイントは、厚生労働省の身体活動の強さを示すメッツ値や先行研究を参考に設定しました。全ての項目を実施すると1日80ポイントが付与されます。実際の実施項目に基づいて、1日の合計ポイントを算出し、所定期間における1日あたりの平均ポイントを個人の生活活動量としました。
表1 12項目の生活活動改善メニュー
| No. | 内容 |
|---|---|
| 1 | 30分以上の脳トレ散歩(10pt) |
| 2 | 15分以上の手洗い洗車(10pt) |
| 3 | 片足立ちテーブルふき(2pt) |
| 4 | 15分以上の調理や洗い物をしながらのつま先立ち(10pt) |
| 5 | 15分以上の窓ふき(5pt) |
| 6 | 15分以上のお風呂掃除(5pt) |
| 7 | 15分以上の部屋掃除(5pt) |
| 8 | 15分以上の洗濯(5pt) |
| 9 | 15分以上の草むしり(5pt) |
| 10 | 15分以上、子どもと遊ぶ(3pt) |
| 11 | 30分以上の買い物(10pt) |
| 12 | 15分以上の社会貢献に参加(10pt) |
| 合計(80pt) |
(2)スケートぴかぴか掃除の創案
作成した日常の生活活動改善メニューの中には掃除(テーブルふき、窓ふき、風呂掃除、部屋掃除)に関する項目がいくつかありますが、より身体機能を高めるために「スケートぴかぴか掃除」を創案しました(図1)。スケートぴかぴか掃除はスケートの動きを取り入れ、左右へ身体を動かしたり、片足立ちになって体重を乗せたりしながら掃除します。一般的な掃除よりも身体への負荷が高いため、身体活動量の増加が期待できます。項目によってレベル1~3までを設定しているため、ご自身の体力レベルやその日の体調に合わせた強度で実施することができます。

図1 スケートぴかぴか掃除のレベル設定
(3)スケートぴかぴか掃除の効果
スケートぴかぴか掃除をしているときの体幹や下肢の筋肉の活動を調べるため、若年男性4名(20.8±0.5歳)を対象に、表面筋電計を用いて筋活動を計測しました。計測部位は、右側の腹直筋、脊柱起立筋、大臀筋、大腿直筋、大腿二頭筋、半腱様筋、前脛骨筋、腓腹筋の8か所としました。スケートぴかぴか掃除は、通常の掃除に比べて1.5~5.2倍の筋活動が行われ、レベルが上がるごとに体幹や下肢の筋活動量が増加することがわかりました(図2)。そこで、高齢者を対象とした生活活動改善メニューでも、この掃除を推奨しました。

図2 通常の掃除とスケートぴかぴか掃除の筋活動量の比較
3.高齢者への生活活動改善メニューの提供
(1)シニアのための講座
「シニアのための健康・安全運転講座」と題した2か月間の講座を企画し、65歳以上の高齢者25名に参加していただきました。講座は1回90分で1~2週間おきに全7回実施しました。初回は、身体機能や認知機能の測定を行い、生活活動改善メニューの説明と実施の協力をお願いしました。第2回~第5回は、毎回テーマを変えて講義や軽い体操を行いました(図3)。第6回は、生活活動改善後の身体機能や認知機能を把握するため、再び測定を行いました。第7回は、結果の振り返りを行いました。生活活動改善の協力者には、1日の終わりにご自身の生活を振り返ってもらい、実施できた項目をチェックシートに毎日記入してもらいました。初回と第6回の測定に参加し、期間中を通して生活活動の改善に取り組んだ12名(男性3名、女性9名:76.3±4.4歳)を評価の対象者としました。

図3 講座概要
(2)身体機能・認知機能の測定項目
①握力(筋力)
握力計を用いて左右の握力を2回ずつ測定しました。値の大きいほうを用いて左右の平均値を求め、握力の指標としました。
②椅子立ち上がりテスト(下肢機能)
両腕を胸の前で組み、椅子に座った状態から素早く立つ・座る動作を3回測定しました。専用の機器の上に両足を乗せて動作を行うことで、椅子から立ち上がる際の力の分布を測定でき、下肢筋力やバランス能力を調べることができます(図4)。筋力(立ち上がる際の力の大きさ)、素早さ(立ち上がる際の1秒あたりの力の大きさ)、安定性(立ち上がった際の身体の揺れ)の3つを評価指標としました。いずれの指標も値が高いほど、下肢機能が良好であることを示します。

図4 椅子立ち上がりテストの評価
③開眼片足立ち(静的バランス)
眼を開けて両手を腰に置いた状態で片足立ちし、持続時間を測定しました。120秒を上限として2回測定し、時間の長いほうを静的バランスの指標としました。
④Functional reach test(FRT)(動的バランス)
壁際に立ち、壁側の腕を前方に真っすぐ伸ばした状態から前方へ重心移動を行い、元の姿勢に戻るまでの移動距離を測定しました。2回測定し、値の大きいほうを動的バランスの指標としました。
⑤Timed up and go test(TUG)(歩行能力)
椅子に座った状態から立ち上がり、3m前方のコーンを回って再び椅子に座るまでの時間を測定しました。2回測定し、時間の短いほうを歩行能力の指標としました。
⑥2ステップテスト(移動能力)
両足のつま先を揃えて立った位置から、前方にできる限り大股で2歩歩き、両足を揃えた位置まで進んだ距離(最大二歩幅)を測定しました。2回測定し、値の大きいほうを採用しました。最大二歩幅を身長で割って正規化した値が2ステップ値で、これを移動能力の指標としました。
⑦Trail Making Test(TMT)(認知機能)
用紙にランダムに配置された数字やひらがなを、順番にできるだけ早く線で結び、結び終わるまでの時間を測定しました。この課題は注意機能や遂行機能を反映し、運転との関連性が多くの研究で報告されています。TMT-PartA(TMT-A)は数字のみ(1~25)を線で結び、TMT-PartB(TMT-B)は数字(1~13)とひらがな(あ~し)を交互に線で結ぶため、後者のほうが難易度の高い課題です。TMT-A、TMT-Bの所要時間を認知機能の指標としました。
4.生活活動改善メニューの提供効果
(1)生活活動改善メニューの実施状況
生活活動の改善に取り組んだ高齢者12名の生活活動ポイントの合計は、1日あたり平均29.2ポイントでした。1日80ポイントが最大なので、平均実施率は36.5%となりました。活動別のポイントは表2に示すとおりで、実施率に大きな差がありました。最も実施率が高かった活動は30分以上の脳トレ散歩で平均63%、最も実施率が低かった活動は手洗い洗車で平均2%でした。生活習慣として取り組みやすいメニューもあれば、取り組みにくいメニューもあったことがわかりました。
平均実施率を上回ったメニューのうち、散歩や掃除、洗濯、買い物は普段から行っている人が多く、「片足立ちテーブルふき」や「調理や洗い物をしながらのつま先立ち」は普段の活動に新たな動きを取り入れたと思われます。バランスを高める効果が期待される片足立ちやつま先立ちは手軽に行えるメニューであったと言えます。
表2 各メニューの生活活動ポイントと実施率
| No. | 内容 | ポイント/日 Mean±SD |
実施率(%) |
|---|---|---|---|
| 1 | 30分以上の脳トレ散歩(10pt) | 6.3±3.0 | 63.0 |
| 2 | 15分以上の手洗い洗車(10pt) | 0.2±0.6 | 2.0 |
| 3 | 片足立ちテーブルふき(2pt) | 0.9±1.1 | 45.0 |
| 4 | 15分以上の調理や洗い物をしながらのつま先立ち(10pt) | 6.2±2.5 | 62.0 |
| 5 | 15分以上の窓ふき(5pt) | 0.3±0.6 | 6.0 |
| 6 | 15分以上のお風呂掃除(5pt) | 1.3±1.4 | 26.0 |
| 7 | 15分以上の部屋掃除(5pt) | 1.9±1.6 | 38.0 |
| 8 | 15分以上の洗濯(5pt) | 2.5±1.3 | 50.0 |
| 9 | 15分以上の草むしり(5pt) | 0.7±0.8 | 14.0 |
| 10 | 15分以上、子どもと遊ぶ(3pt) | 0.2±0.5 | 6.7 |
| 11 | 30分以上の買い物(10pt) | 5.8±3.2 | 58.0 |
| 12 | 15分以上の社会貢献に参加(10pt) | 2.8±3.3 | 28.0 |
| 合計(80pt) | 29.2±6.4 | 36.5 |
Mean±SD:平均値±標準偏差
(2)生活活動改善の前後の身体機能と認知機能の変化
生活活動改善の前後の身体機能と認知機能の変化を、表3に示しました。オレンジ色で示した握力、椅子立ち上がりテストの安定性、2ステップ値、TMT-A、TMT-Bは、生活活動の改善によって機能が向上した項目ですが、統計的に差はありませんでした。対象者の中には生活活動の改善が多い人と少ない人が混在していたため、次節では生活活動の改善の程度を考慮して分析を行いました。
表3 生活活動の改善前後の身体機能と認知機能の比較
| 項目 | 生活活動改善前 Mean±SD |
生活活動改善後 Mean±SD |
P値 |
|---|---|---|---|
| 握力(kg) | 25.4±8.2 | 26.7±9.2 | 0.851 |
| 筋力(kgf/BW) | 1.26±0.08 | 1.26±0.11 | 0.789 |
| 素早さ(kgf/s) | 9.7±1.4 | 9.7±1.5 | 0.579 |
| 安定性 | 51.3±6.7 | 51.8±4.9 | 0.876 |
| 開眼片脚立ち(s) | 77.5±41.9 | 73.0±43.1 | 0.977 |
| FRT(cm) | 42.1±6.9 | 36.9±7.5 | 0.055 |
| TUG(s) | 6.1±0.7 | 6.1±0.9 | 0.888 |
| 2ステップ値 | 1.18±0.22 | 1.25±0.18 | 0.423 |
| TMT-A(s) | 55.9±20.8 | 44.3±14.7 | 0.131 |
| TMT-B(s) | 91.8±28.3 | 69.5±14.5 | 0.082 |
Mean±SD:平均値±標準偏差
平均値が向上した項目はオレンジ色、低下した項目は青色、変化がなかった項目は白色で表示
P値は0.05未満の場合、統計的に有意な差があることを示す
(3)生活活動改善の大小による身体機能と認知機能の比較
生活活動ポイントの平均値である29.2ポイントを基準に、生活活動の改善が多かった人6名(以下、改善大群)と少なかった人6名(以下、改善小群)の2群に分けて、生活活動の改善前後での身体機能と認知機能の変化量を比較しました(図5)。その結果、改善大群は握力、椅子立ち上がりテストの素早さと安定性、開眼片脚立ち、TUG、2ステップ値で機能の向上がみられました。人数は少ないながらも、生活活動を改善すれば、身体機能が回復することがわかりました。

図5 生活活動改善の前後における改善大群と改善小群の変化率の比較
5.研究のまとめ
本研究では、身体機能や認知機能の向上が期待される生活活動改善メニューを作成し、講座を通じて高齢者に提供しました。2か月間、生活活動の改善を行ってもらい、その前後で身体機能や認知機能にどのような変化があったのかを調べました。その結果、生活活動の改善が多かった人は少なかった人と比べて、上肢や下肢の筋力、静的バランス、瞬発力などの機能が向上することがわかりました。これらの身体機能は運転と関連することが先行研究で報告されています。身近な生活活動の改善により身体機能が向上し、運転によい影響を及ぼす効果が期待されます。一方、2か月間の取り組みの中で生活活動の改善を負担に感じる参加者もいました。改善が必要な人に、継続して取り組んでもらえるようにすることが課題と言えます。必要性を理解してもらうこと、無理なく自然に身体活動量を増やす仕組みを作ることが鍵となりそうです。今後も「生活活動の改善」に着目して、高齢ドライバーや高齢歩行者の事故削減に寄与するような交通安全推進プログラムの開発と普及啓発に取り組んでいきますので、どうぞご期待ください。
交通安全未来創造ラボから
ドライバーの皆さんへのメッセージ
身近な生活活動を改善することで運転に必要な下肢の筋力や瞬発力、
バランスなどの身体機能が向上することがわかりました。
今回考案した生活活動改善メニューには多様な動きや全身を使った動きが含まれていたため、
複合作用で身体機能が改善された可能性があります。
運動やスポーツといった負荷が高い活動でなくても、
誰もが日常的に行っている家事などの活動にちょっとした工夫を加えることで
身体機能の向上が期待できそうです。「運動をする時間が取れない」、
「運動はハードで続けられない」と思っている方は“スキマ時間”や“ながら時間”を
活用して、「片足やつま先で立つ、多めに動く、大きく動く」を
心がけてみてはいかがでしょうか?
日常の身体活動量を増やすことが安全運転につながるかもしれません。
- レポート制作:
- 尾山 裕介 特別研究員(桐蔭横浜大学スポーツ科学部 准教授)
- サポート:
- 堀越 実 研究員、大村 佳子 研究員、平松 真知子 研究員
