研究通信
2025.12.11
研究通信#11
高齢者のペダル操作能力の影響要因の多角的調査研究
今回の研究通信は、高齢者のペダル操作能力の影響要因を多角的に調査・分析した結果を報告します。前回の研究通信#6では、ドライビングシミュレータを用いたアクセルとブレーキの踏み替え実験で、ペダルの誤操作は認知機能だけでなく運動機能も影響することを報告しました。今回は、前回からペダル操作の測定項目を増やし、さらに認知機能、運動機能以外に、健康状態、運動習慣、生活機能の調査項目を追加し、高齢者のペダル操作能力の影響要因を明らかにしました。
1.車の運転に必要な機能とは
車の運転には、“認知”、“判断”、“操作”の3つの能力が必要と言われています(日本老年学会:高齢者の自動者運転に関する報告書、2024年)。運転中に周囲の状況を適切に“認知”し、認知した情報に基づいて適切な運転操作の内容を“判断”し、判断に基づいて適切に車を“操作”することで安全に車を運転することができます(図1)。
“認知”には、視機能や聴覚機能などの感覚機能、“判断”には、遂行機能、空間認知機能、“操作”には、ハンドル操作、ペダル操作を正確に、ときに素早く行うための腕や脚の筋力、姿勢を保持するためのバランス能力などの運動機能が必要です。

図1 運転行動に関与する心身機能
“認知”、“判断”、“操作”の能力が低下すると、事故につながる可能性が高くなります。今回の研究では、特に“操作”の能力に着目しました。前述のとおり、“操作”には筋力やバランス能力などの運動機能が必要ですが、加齢に伴い、これらの機能は低下していきます。一例として、図2に下腿三頭筋(ふくらはぎの筋肉)面積の加齢による低下を示します。筋肉の面積(筋肉量)は男性も女性も20歳代から徐々に減少し始めますが、60歳代から減少の速度が速くなります。下腿三頭筋はペダルの踏み込みに必要な筋肉の一つですので、筋肉量の減少はペダルの操作能力に何らかの影響が出てくる可能性があります。運動機能との因果関係は不明ですが、ペダルの踏み間違いによる死亡重傷事故件数は、年齢が高いほど多くなることが報告されています(図3)(ITARDA INFORMATION No.139。交通事故総合分析センター)。
図2 下腿三頭筋
(ふくらはぎの筋)面積の加齢変化

図3 ペダル踏み間違い事故の運転者年齢層分布(2018~2020年)
ペダル踏み間違いのような操作ミスに起因する事故を防ぐためには、高齢者の“操作”能力に着目した対策が重要と考えます。しかしながら、高齢者の操作能力への影響要因が十分わかっていないため、現時点では対策の方針が立てられません。そこで本研究では、高齢者のペダル操作能力に着目し、運動機能、認知機能、健康状態、運動習慣、生活機能との関係を明らかにすることにしました。
2.研究の参加者
今回の研究には、65歳以上の高齢者52名が参加しました。なお、直近の運転状況(運転経験)がペダル操作能力に影響しているのかどうかを検討するため、研究実施時点で運転をしていない、または免許を返納していた人でも過去に運転経験があれば参加してもらいました。一方で、これまでに運転免許を取得したことがなく、運転経験がない人は除外しました。
参加者の平均年齢は74.9歳(65~88歳)で、男性が20名、女性が32名でした。研究実施時点で運転をしていた人は33名で、19名の方は免許を返納または運転を辞めていました。歩くときに杖が常時必要な人や介護が必要な人はいませんでした。
3.ペダル操作能力の測定
ペダル操作能力の評価は、運転能力基礎トレーニングシステム(株式会社PRIDIST)を使用し、ペダルの踏み替え課題を行いました(図4右写真)。
参加者は椅子に座り、机に固定されたハンドルを握った状態で、前方のモニターを見ながら足元のアクセル、ブレーキのペダルを操作します。モニターには、ターゲットの円が表示され、円は上下左右にランダムに移動しながら、「青」、「赤」、「黄」、いずれかの色にランダムなタイミングで変化します。参加者は、ターゲットの円が「青」ならアクセル、「赤」ならブレーキ、「黄」ならペダルから足を離します(図4左)。色が変化したら、できるだけ速く踏み替えを行うように指示しました。練習して慣れた後、踏み替え課題を90秒間実施しました。
ペダル操作能力の指標は、①ペダル踏み替え反応時間:色が変わってから指示したペダルを踏む(またはペダルから足を離す)までの時間、②ペダル踏み間違い割合:指示したペダル操作とは異なる操作を行った割合、の2項目としました。

図4 ペダル操作能力の評価
4.運動機能、認知機能の測定
(1)運動機能の測定
運動機能の測定項目は、①握力(利き手)、②膝関節伸展筋力、③歩行速度(普段の速度)、④歩行速度(早歩きでの速度)、⑤アップ&ゴーテスト、⑥椅子立ち上がりテスト、としました。②の膝関節伸展筋力は専用の機械を使って大腿四頭筋という膝を伸ばす筋肉の力を計測します。⑤のアップ&ゴーテストは歩行能力やバランス能力を評価するテストで、椅子から立ち上がって3m歩行して方向転換し、また元の椅子に座るまでの時間を計測します。⑥の椅子立ち上がりテストは脚全体の筋力(脚力)を評価するテストで、腕組みした状態で椅子からできるだけ速く立ったり座ったりを繰り返すテストです(図5)。

図5 椅子立ち上がりテストの測定方法
(2)認知機能の測定
認知機能の測定項目は、トレイルメイキングテスト・パートA(TMT-A)、パートB(TMT-B)としました(図6)。このテストは、注意機能(注意の配分、切り替え、ワーキングメモリ、空間的探索などの情報処理能力)と遂行機能(処理速度)を総合的に評価できます。TMT-Aはランダムに並んだ数字を順番に線でつなぐテスト、TMT-Bはランダムに並んだ数字と平仮名を交互に線でつなぐテストで、難易度はTMT-Bのほうが高くなります。どちらも運転との関連性があると言われています。

図6 トレイルメイキングテスト
5.健康状態、運動習慣、生活機能の調査
ペダル操作に影響すると考えられる健康状態や運動習慣についても調査しました。健康状態は、①身体の痛み(有無と部位)、②過去1年間の転倒の有無(転んだことがあるか)、③併存疾患の数(持病の数)、④服薬している薬の種類数を調査しました。運動習慣は、⑥ウォーキングの有無、⑦ラジオ体操などの軽い運動の有無、⑧テニスやダンスなどの中程度の激しい運動の有無、⑨登山やジョギングなどの激しい運動の有無、⑩筋力トレーニングの有無を調査しました。さらに、介護を必要とせず自立して生活を送るために必要な“生活機能”を、老研式活動能力指標という調査票を使って調査しました(表1)。この調査票は“生活機能”を0~13点で評価するものですが、点数が低いほど自立して日常生活を送ることが難しいことを表します。
表1 老研式活動能力指標の質問項目
| ① バスや電車を使って1人で外出できますか |
|---|
| ② 日用品の買い物ができますか |
| ③ 自分で食事の用意ができますか |
| ④ 請求書の支払いができますか |
| ⑤ 銀行預金・郵便貯金の出し入れが自分でできますか |
| ⑥ 年金などの書類が書けますか |
| ⑦ 新聞を読んでいますか |
| ⑧ 本や雑誌を読んでいますか |
| ⑨ 健康についての記事や番組に関心がありますか |
| ⑩ 友だちの家を訪ねることがありますか |
| ⑪ 家族や友だちの相談にのることがありますか |
| ⑫ 病人を見舞うことができますか |
| ⑬ 若い人に自分から話し掛けることがありますか |
※①~⑬の質問に、「はい」か「いいえ」で回答する。「はい」を1点、「いいえ」を0点として、0~13点で採点する。
6.結果:ペダル操作能力の影響要因
(1)ペダル踏み替え反応時間に影響する要因
ペダル踏み替え反応時間の全参加者の平均値は、0.89秒(最小0.69秒、最大2.12秒)でした。仮に30km/hで走行中、危険を認知してからブレーキペダルを踏むまでの反応時間が0.89秒だと、車は7.4m走行します。反応時間が2.12秒の人は17.7m走行することになり、平均的な人より10mも長く走行するのでこの差は大きいと言えます。ペダル踏み替え反応時間には個人差があり、特に高齢者は個人差が大きいことが知られていますが、本研究でも同様の結果となりました。
次に、ペダル踏み替え反応時間にどのような要因が影響しているのかを統計学的に分析しました。①年齢、②調査時点での運転の有無(直近の運転経験)、③服薬の種類数、④足部の痛みの有無、⑤運動習慣(筋力トレーニング)の有無、⑥椅子立ち上がりテスト、⑦アップ&ゴーテスト、⑧膝関節伸展筋力、⑨TMT-A、⑩TMT-B、⑪老研式活動能力指標の点数が関連していることがわかりました。しかし、これら要因が全て同じように反応時間に影響しているわけではありません。そこで、ステップワイズ法重回帰分析と、決定木分析の一つである回帰木分析という統計手法を使って、反応時間に強く影響を与えている要因とその影響の大きさを分析しました。
結果を図7に示します。反応時間への影響が大きかった要因は、TMT-Aが75.4秒以上(認知機能低下)、老研式活動能力指標11点以下(生活機能低下)、椅子立ち上がりテスト7.05秒以上(運動機能低下)、免許返納または中止(調査時の運転経験なし)の4つの要因でした。興味深いのは、免許の返納や運転の中止による反応時間の延長量は、認知機能、運動機能、生活機能の低下による反応時間の延長量と比べて小さいことでした。つまり、運転を辞めることよりもこれらの機能が低下することのほうがペダル操作能力への影響が大きいということになります。認知機能、運動機能、生活機能の全てが低下している場合、計算上は反応時間が0.6秒延長し、30km/hで5m長く走行し、60km/hで10m長く走行することになります。認知機能の低下はなくても、運動機能、生活機能の2つが低下していると、反応時間は0.36秒延長し、 30km/hで3m、60km/hで6m長く走行します。つまり、認知機能、運動機能、生活機能を維持することが、ペダル操作能力において重要であると言えそうです。

図7 反応時間に影響する要因とその影響度
(2)ペダル踏み間違いに影響する要因
ペダル踏み間違い割合の全参加者の平均値は、29.8%(最小11.1%、最大62.2%)でした。ペダル操作課題はやや高めの難易度(若年者でも踏み間違い割合が0%になる人は少ない)で実施したため、高齢者で踏み間違い割合が0%の人はいませんでした。一方で、踏み替え反応時間と同様に踏み間違い割合も個人差が大きい結果となりました。
次に、ペダル踏み間違い割合にどのような要因が影響しているのかを統計学的に分析したところ、認知機能の指標であるTMT-Bのみが関連し、TMT-Bの時間が延長するほど、ペダル踏み間違いの割合が増加することがわかりました(図8左)。また、グラフをよく見ると、TMT-Bの時間が100秒以下の人は全員踏み間違いの割合が40%以下であるのに対し、TMT-Bが100秒を超えると踏み間違いの割合が50%を超える人が多くなっています(図8左、赤矢印)。そこで、踏み間違いの割合に差が生じるTMT-Bの時間を統計学的に推定してみると、107秒を境に踏み間違いの割合が大きく変化することがわかりました(図8右)。TMT-Bは難易度の高いテストであるため、この時間が107秒以上であっても認知症であるとは言えませんが、認知機能がある一定のレベルを下回るとペダル踏み間違いの危険性が高くなる可能性がある、とは言えそうです。

図8 踏み間違いの割合と認知機能との関連
7.研究のまとめ
今回の研究は、ペダル踏み替え課題と各種機能の測定により、高齢者のペダル操作能力に影響する要因を明らかにしました。ペダル踏み替え反応時間を延長させる要因は、認知機能、運動機能、生活機能の低下、免許返納や運転の中止、であることがわかりました。また、踏み間違い割合を増加させる要因は、認知機能が一定のレベルを下回ること、であることがわかりました。
認知機能に関しては、TMT-AやTMT-Bがペダルの操作能力への影響が大きかったことから、注意機能(注意の配分、切り替えなどの情報処理能力)や遂行機能(物事を計画して実行する能力)がペダル操作において重要であると考えられます。また、踏み間違いの割合には、TMT-Aより難易度が高いTMT-Bが影響していました。運転は複合タスクなので高い情報処理能力、遂行能力を必要としますが、この能力があるレベルを下回ると操作を間違えるようになる可能性があると考えられます。スケジュールを立てて計画的に行動をしたり、洗濯をしながら料理をするといった複数の作業を同時に行ったりすることが苦手になってきている場合には、運転操作のミスに注意が必要と言えるかもしれません。
運動機能に関しては、椅子立ち上がりテストがペダル踏み替え反応時間に関連したことから、筋力(脚力)の影響が大きいと言えそうです。椅子の立ち上がりには、股関節、膝関節、足関節にある脚全体の筋肉が使われています。椅子から素早く立ち上がることが苦手になってきた、階段の昇り降りに手すりを使うようになってきた、という場合には、脚力の低下が疑われ、ペダルの踏み替えも時間がかかっているかもしれません。
最後に、介護を必要とせずに自立して生活をするための“生活機能”もペダル操作能力と関連することがわかりました。食事の準備や金銭の管理、年金などの書類の作成、他者との会話や交流、など生活に必要な活動が独力でできることが、運転操作と関連していたことは非常に興味深いです。生活機能を保つためには、前提として認知機能や運動機能が保たれていることが必要です。認知機能や運動機能をある程度高い状態で維持し、自立して生活できる機能を保つ(健康寿命を保つ)ことが、運転能力の維持に繋がると言えそうです。
交通安全未来創造ラボから
ドライバーの皆さんへのメッセージ
高齢者のペダル操作能力には、
認知機能、脚力、自立して生活できる機能、運転の継続が影響することがわかりました。
認知機能、脚力、生活機能は個人差が大きく、気づかないうちに低下している可能性があります。
運転できているから大丈夫だと過信せずに、
ご自身やご家族の認知機能・脚力・生活機能に注意を払っていただくことが重要と思います。
例えば、新しいことに挑戦すること、人と話すことは認知機能の維持・改善に有効と
言われています。スクワットや階段の昇り降りは脚力、運動機能の維持・改善につながります。
認知機能や運動機能が保たれていることは生活機能の維持にもつながります。
健康であることが車の運転操作には重要です。
健康寿命は運転寿命につながる、という意識が大切です。
- レポート制作:
- 上出 直人 特別研究員(北里大学 医療衛生学部 同大学院医療系研究科 准教授)
- サポート:
- 安藤 雅峻(北里大学 医療衛生学部 同大学院医療系研究科 助教)
