2024.3.31

“自分ごと”と企業理念が合致すれば会社は動かせる。地域交通サービス「ノッカルあさひまち」の実装プロセス

人口減少が進む多くの地域では、生活の足の維持が難しくなっています。そんな地域のひとつである富山県朝日町ではじまったマイカー乗り合いサービス「ノッカルあさひまち」では、博報堂の社員が地方で暮らす生活者のニーズを掘り下げ、役場から住民まで巻き込んで新たな生活の足を組み上げています。事業として経済的価値を生み出しながら、生活の足を維持することは、どうすれば実現できるのでしょうか。

今回、お話をうかがったのは、「ノッカルあさひまち」をプロデュースした博報堂の畠山洋平さん。企業がもつリソースを活かしつつ、社会課題を解決するサービスを実装してきた畠山さんからの“問いかけ”とは?

畠山洋平さん

畠山 洋平
奈良県生駒市生まれ。小学校から大学まで野球に没頭。チームで協力してゴールをめざす醍醐味に魅せられる。同志社大学卒業後、2003年に株式会社博報堂入社。営業職で自動車会社などの広告業務に9年間携わったのち、従業員組合の委員長を1年間務める。“チーム博報堂”として部署間の垣根を超えて同じ体験をすることが大切と考え「運動会」を開催した。その後、営業職に復帰。2016年、人事局に異動し、人事制度設計などを担当。2019年より部長として再び営業職に。富山県朝日町で「ノッカルあさひまち」のプロジェクトをスタートさせる。現在、マーケットデザインコンサルティング局 局長代理。

「おばあちゃん、乗ってくか?」の助け合いを仕組み化

――高齢化が進み運転免許の返納が増える一方で、民間バス路線の経営難による廃止が相次ぎ、多くの地域で住民の生活の足を維持することが難しくなっています。同様の課題を抱える富山県朝日町で博報堂が提案し、スタートした「ノッカルあさひまち」は、どのようなサービスなのでしょうか。

自治体、地域の生活者、交通事業者、そして私たち外部企業が連携して築いた、マイカーを活用する共助・共創型の新しい生活の足です。実は、日本における“事業者(朝日町ではタクシー会社)協力型 自家用有償旅客運送”の第一号が「ノッカルあさひまち」なのです。日本では現在(2023年12月)、自家用ドライバーと相乗り希望者をマッチングさせる有償ライドシェア解禁・導入の是非が議論されていますよね。ただ、交通空白地や福祉のための輸送など、特定の条件下ではすでに有償ライドシェアが認められているんです。

運行主体は朝日町役場、ドライバー・車両提供は町民、運行管理・予約受付は地元のタクシー事業者である黒東自動車商会、サービス・システム設計は博報堂が担っています。ライドシェアときくと一見、地元の交通事業者と対立するように思われるかもしれませんが、地域の交通を支えてきた事業者は、いわば住民の生活の足についての生き字引。協力いただかない手はありません。

運用の仕組みは、ドライバーの予定を運行管理システムに登録して利用者とマッチングさせるというものです。利用者はLINEか電話で予約し、利用料は1回600円。1年強の実証実験を経て、2021年10月からコミュニティバスと並ぶ朝日町の正式な公共交通サービスになりました。

公共交通サービス

公共交通サービス「ノッカルあさひまち」の概要

――サービス設計の肝となった発想は、どういったものなんでしょうか。

「おばあちゃん、乗ってくか?」といった、元からある住民同士の助け合いを仕組み化できないか、と考えたのです。実装にあたっては、ライドシェアを管轄する国土交通省に何度も通い、地域交通に対する国の考え方や制度と、「ノッカルあさひまち」の仕組みをすり合わせて、公共のサービスとして全体を編集し直していきました。

外からソリューションを持ち込み地域に馴染ませるのではなく、交通事業者から住民の気持ちまで、地元のリソースを最大限に活用して編集することによって、イニシャルコストもランニングコストも低減し、将来にわたり持続可能な生活の足を作る、というのが私たちの発想です。

畠山洋平さん

――どんなきっかけで朝日町と出会って、「ノッカルあさひまち」の実装に取り組むことになったのですか。

博報堂のフィロソフィーのひとつに、人を「生活者」として全方位的に捉え、深く洞察することから新しい価値を創造していこうという「生活者発想」の考え方があります。これに準じ、どうしたら地域の生活者が豊かになるのか、それが持続可能な仕組みとして地域に根付くにはどうすればいいのか。中期経営計画が発表されたタイミングで自分にできることを探ろうと、北から南まで多くの自治体を多種多様なツテを辿りながらまわって朝日町に辿り着いたのです。

日本にある約1,700の地方自治体のうち人口5万人未満の割合が約70%。人口約1.1万人の朝日町は、2014年に民間の研究組織である日本創生会議が発表したレポートで「消滅可能性都市」にあげられました。しかし、消えてたまるか、と町をあげて持続的に発展するための取り組みを行なっています。それも自分たちが良くなるだけでなく、富山から日本の未来に貢献できる、5万人未満の自治体のお手本になるような町にしたい、と。

そうした町の姿勢が私たちの理念と相通じていたことが、プロジェクトが形になった要因として一番大きいですね。今では博報堂の統合報告書にも「ノッカルあさひまち」が掲載されています。

誰も否定できない「フィロソフィーに則った行動」で大企業のリソースを動かす

――博報堂のフィロソフィーと合致していて、部長としてある程度の決裁権はあったとはいえ、大きな売上がすぐに見込める事業ではないですよね。こうしたプロジェクトを進める時に、立ちはだかる壁はありませんでしたか。

企業の中にいてなぜできたのですか、とよく聞かれるのですが、二つあると思っていて。ひとつには、最初から「どうせウチはあの上司が……」と諦めてしまう人が多いこと。とにかく一回やってみて、本当にやりたいと思ったのなら、粘り強く、やりきる。「ノッカルあさひまち」も本格実装されたあとに、地域社会の評価を伴ってきました。そこが社内で受け入れられるかどうかの分岐点です。すでに世間で必要とされているのであれば、経営陣や上司も否定しようがありません。

もうひとつは、博報堂のフィロソフィーに則った行動をしているだけだからです。私自身の成し遂げたいことが「一人ひとりが住みたい場所に住み続けられる日本にする」で、それは「生活者発想」とリンクしています。つまり、“自分ごと”とフィロソフィーが合致したことをやっているだけなのです。だから、やはり否定される理由がないのですね。

畠山洋平さん

――企業だからこそできたこともありますか。

大いにあります。「ノッカルあさひまち」は私ひとりで取り組んだ事業ではありません。私がプロデューサーのトップなら、企画立案を担うプランナーのトップもいます。彼はクライアントのマーケティング上の課題解決をずっと考えてきた人です。生活者が抱える課題の把握に始まり、地域交通の市場構造や経済の流れ、海外事例のリサーチ、その日本への適合性など、さまざまなことをディスカッションしながら、ずっと一緒に取り組んできたバディですね。

彼と私とでプロジェクトチームをつくり、どんどん活動が広がっています。小さい所帯だとリソースに限りがあり、外部の手を借りると、それがコストになってしまう。他方、大きな組織では、「やりたい」という思いを吐露すると、「それだったらこうしたほうがいいんじゃないの?」と知恵を授けてくれる人たちのネットワークが社内にできあがっていくのが強みです。人材が豊富なので、企業理念に則ってそのリソースを活かせば、収益を度外視した社会貢献を超え、社会的価値と経済的価値を両立させることは可能だと思います。

――今後、事業としてどのように持続可能なビジネスモデルにしていくのでしょうか。

企業では、すぐに単年度収益と横展開という話になりがちですが、そこは長期的な取り組みであることを経営陣に説明して、根気良く見守ってもらっています。本当の価値を生まない限り横展開も何もありません。私たちの目標は、朝日町という壮大なフィールドで、すべての公共サービスを人口減少社会にフィットする形に再構築することです。それができれば、結果として、良いものは真似したくなるに決まっています。なので、拙速に横へ広げるのではなく、縦をじっくり掘り下げ、本当にあるべきモデルを創りたいのです。

畠山洋平さん

最大のエンジン「地域のコミュニティ」の信頼を得る胆力が必要

――「ノッカルあさひまち」が導入されたことで、地域の人々の生活にどんな影響があったのでしょう。具体的なデータからわかったことはありますか。

現在、「ノッカルあさひまち」が与える社会的インパクトを見える化しようと取り組んでいるところです。まず、事実として2023年12月時点で登録ドライバー数が30人程で、利用者数とともに伸び続けています。どのような方が利用されているのか、質的な調査結果を見てみると、交通手段がないので本来は人工透析のために入院しなければならなかった人が自宅から通えるようになったなど、目に見える成果が表れていました。

調査からは他にも興味深いことがわかっています。当初は病院やスーパーなどの行き先を想定していましたが、蓋を開けてみると、現在もっとも利用者が多い行き先は「らくち〜の」という温浴施設なんです。生活のためにどうしても必要な場所へは何らかの手段で皆さんが行くのですが、楽しむために温浴施設へ行くことを誰かに頼んだりはできなかったのでしょう。モビリティによって、いわゆる「ウェルビーイング」————幸福度を向上できる可能性が高いとわかりました。

――車をもたない人が気兼ねなく他者を頼れるようになったのかもしれませんね。

ドライバー側でも興味深い現象が起こっています。ドライバーが急に行けなくなった時、アプリの「行けません」ボタンを押すと全員に通知が届くのですが、必ず誰かしらが代わりを買って出て3〜5分で代行者が決まるんです。人が困っている時こそ助けたい、と代行専門でドライバーやっている方もいます。「ノッカルあさひまち」という住民同士の共助が容易なシステムが作られたことで、より積極的な助け合いが生まれているのではないでしょうか。

――地域でプロジェクトを展開するには何がポイントになりますか。

地域においては、首長や役場職員、商工会長、自治会長などとコンタクトをとっているだけではうまくいきません。各地区のコミュニティに入り込み、ひたすら生活者の話を聞いて課題を抽出し、地元のリソースで編集する。プロジェクトを進捗させる最大のエンジンは地域コミュニティにあります。

もちろん最初から歓迎されるわけはありません。粘り強く、地域社会で大切なクチコミによって信頼を得られるまで続けるのです。その胆力を持たない限り、地域の社会課題に関わるサービスは絶対に成功しないと思います。胆力がないなら、取り組まないほうがいいです。

実は、私は朝日町に家を買い、東京の家と行き来しながら生活しています。まさか自分が二拠点生活をはじめるとは思っていなかったのですが、やはり、地域の人たちの生活に企業が入り込んで公共サービスの仕組みを変えておきながら、「学びがありました」と引っ込むのは、少なくとも弊社の「生活者発想」に照らし合わせるなら違うな、と。豊かな自然環境のある朝日町には、私たちを必要としてくれる人、ありがたいと言ってくれる人がいて、自分自身も「住み続けたい場所」だと思うほど町を好きになりました。

子どもたちも、月に一度は必ず朝日町に行っています。次女は誕生日にテーマパークではなく「らくち〜の」に行きたい、というのです。そんなふうに子どもが町を好きになってくれれば、そこで仕事をしている父親も、子どもからすれば誇らしいわけじゃないですか。そのあたりも、良い意味で公私混同というか……。“自分ごと”だけなら、それを仕事にする必要はないのですが、“自分ごと”と企業理念が重なり、粘り強い胆力があれば、社会課題を解決する事業はきっと長続きするはずです。

〈畠山洋平さんからの問いかけ〉
「あなたが成し遂げたい“自分ごと”と、所属する会社の理念はどう合致しますか?」