研究コラム

2024.08.21

研究コラム#1

高齢者が運転免許の返納を決める要因は?

高齢者と運転免許の自主返納制度について

 運転免許の自主返納制度は、高齢ドライバーの自動車事故に対する対策の一つとして、道路交通法の改正により1998年から導入されました。この制度は、あくまでも運転免許保有者が“自主的に免許を返納する”という制度ですが、免許を返納された高齢者はどのような要因を決め手に免許の返納に至っているのでしょうか?
 今回、高齢者の運転免許の自主返納に関連する要因に関して、身体機能、心理機能、認知機能、社会的機能、居住地域の近隣環境、個人属性(年齢、性別、等)、の幅広い視点から検証を行う試行的な調査を実施しましたので、その結果についてご説明します。

北里大学で行った調査

 今回の調査では、 運転免許を保持している、または保持していたが自主返納をした65歳以上の高齢者231名(平均年齢74.0±5.0歳、男性84名、女性147名)にご協力いただきました。調査内容は、運転免許の自主返納に関連する要因として、加齢によって一般的に起こりうる問題に着目し、身体機能、心理機能、認知機能、社会的機能、居住地域の近隣環境、その他の個人属性に関して、全54項目の調査をしました。概要は以下の通りです。

調査領域 項目数 調査内容(概要)
身体機能 12 歩行能力、バランス能力、握力、脚力、骨格筋量、
口腔・嚥下機能(食事摂取に関する機能)
心理機能 3 抑うつ症状、主観的健康観、自己肯定感
認知機能 3 トレイルメイキングテスト・パートA/パートB、自覚的認知機能低下
社会的機能 8 他者との交流状況、地域や他者への信頼度、社会参加(地域活動やボランティア活動などへの参加)
居住地域の近隣環境 10 近所におけるスーパー等の有無、バス停や駅の有無、交通量や歩道の整備状況、近隣のレク施設の有無、治安や景観、等
その他の個人属性 18 年齢、性別、疾患、服薬、身体の痛み、転倒歴、栄養摂取状況、体格、生活習慣、等

 調査にご協力いただいた方のうち、運転免許を保持していた方が197名(平均年齢73.3±4.7歳、男性77名、女性120名)、免許を自主返納された方が34名(平均年齢78.2±4.7歳、男性7名、女性27名)でした。
 今回の調査では、ランダムフォレストという機械学習*の一手法を使って、調査を行った全54項目における免許の自主返納に対する重要度を計算しました。この重要度という指標(数値)が大きい調査項目ほど、免許の自主返納に対する影響が大きい調査項目であると考えられます。
 結果は、下記のグラフの通りです。

運転免許自主返納に対する調査項目の重要度

 重要度の値から、免許の自主返納への影響が上位の調査項目に注目すると、年齢の重要度が突出して大きくなっていることがわかりました。つまり、身体機能、心理機能、認知機能、社会的機能、生活環境などの要因よりも、年齢が免許の自主返納に対する決め手として強く影響している可能性が示されました。
 そして、免許の自主返納と年齢との関連を細かく分析してみると、76歳を区切りにして返納者の割合が多くなっていました(75歳以下の返納者6%、76歳以上の返納者31%)。これは、75歳以上の運転者における運転免許の更新制度が影響している可能性が考えられます。例えば、2017年の道路交通法の改正では75歳以上の免許更新時には認知機能検査が実施されることとなり、2022年には一定の違反歴がある場合には運転技能検査が実施されることになっています。つまり、75歳以上になったときの運転免許更新をきっかけに、免許の更新をせずに自主返納をするという選択をされているケースが多いように推察されます。この際、必ずしも、自動車の実際の運転能力に影響する、運動能力や認知機能といった心身機能の衰えが免許返納の決め手とはなっていないようです。年齢を基準に、家族などの周囲からの勧めで返納に至っているケースが多いのかもしれません。

運転免許の自主返納について考える

 調査結果から、運転免許の自主返納のあり方について考えてみます。
 運動能力や認知機能といった心身機能は、年齢とともに低下しやすいことは確かです。しかし、その低下の仕方は個人差が極めて大きいのも事実であり、年齢だけで運動能力や認知機能を判断することはできません。早くから運転に危険な兆候が出る人もいれば、76歳以上でもその兆候が少ない人もいるでしょう。また、実際の運転に関しては、運動能力や認知機能だけで事故リスクが説明できるわけではなく、速度を出さない、夜間や悪天候の運転を控えるなどの運転行動により、事故リスクは変わってくる可能性があります。さらには、公共交通機関が十分ではない地方部の方にとっては、通院や生活用品の買物もいけなくなるとなれば、この判断はより深刻なものになります。これらのことが、免許返納の判断を難しくしていると言えそうです。

 このような研究結果の考察から、高齢ドライバーの自動車事故を減らすためには、第一に運転能力に影響を与える心身機能が何かを明らかにしたうえで、それらの評価結果に基づいて客観的な基準で免許返納を行う仕組みや社会的コンセンサスづくりが求められるのではないでしょうか。交通安全未来創造ラボにおいて、この観点からの研究を深めていきたいと思います。

*機械学習…コンピューターにデータ内のパターンを学習させ、未知のデータの判断ルールを獲得するデータ解析アルゴリズム。


コラム制作:
上出 直人 特別研究員(北里大学 医療衛生学部、同大学院医学系研究科 准教授)
サポート:
安藤 雅峻(北里大学 医療衛生学部 助教)
櫻井 歩夢(北里大学 医療衛生学部 学生)