日産技報 No.89 (2023)
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*モビリティ&AI研究所  **カスタマーパフォーマンス&実験技術革新部  ***AD/ADAS&シャシー制御開発部抄録  車両運動による乗員身体の受動運動は乗車の快適性に影響する。そこで、運転タスク実行下でより良い身体挙動はどうあるべきかを探索する手法を検討した。車両に乗員身体を組込んだモデルで、身体挙動を評価関数設定した最適制御計算により乗員運動を設計する。レーンチェンジを題材にして、快適性に影響すると考えられる要因を最適化した車両運動波形を導き、実車およびモーションシミュレータにて評価を行なうという方法を提示した。本方法構築により、車両運動の乗員運動知覚影響を探ることが可能となった。本論文の目的は、車両運動が非運転乗員に与える影響を、快適性の観点から解析するための手法構築である。乗車時の快適性としては、路面垂直方向の車両運動影響である乗り心地が想起される。これに加えて、自動運転普及を見据えると、操作が人から離れることから、路面平面方向の車両運動も移動する快適空間創出には重要な研究課題となる。乗員身体は、車両運動に伴う加速度に対応する慣性力によって動かされるので、乗員は何らかの身体運動不快感を受ける。ドライバは自らの操作に対する応答として、自身の身体慣性力付加に積極的な意義を感じる場合もあるが、非運転乗員にとって通常は乗車の快適性を損なうものである。もちろん緊急回避などで高加速度運動が必要なときには、シートや拘束装置で身体の動きをホールドしなければいけない。しかしながら、通常の運転領域では、車両運動を工夫することで乗員への慣性影響を低減して、快適性向上へ振り向けたい。では、乗員の快適性を向上させるためには、車両運動をどのようにとらえればよいのだろうか。車両加速度の主たる発生要因は<経路>と<速度>によるので、まずは適切な経路を走行させることで、乗員への慣性負荷を穏やかにできるはずである。走行経路の設定は、自動運転技術の発展に伴って車両運動制御で重要となっている。ドライバの運動知覚を考慮した経路生成の研究(1) や、乗員では、快適性を損なう車酔いを低減できる経路設定(2) についての研究などが行われている。SAE International Journal of Advances and Current Practices in Mobility - VCターボエンジンに対応した日産技報 No.89 (2023)乗員挙動にフォーカスした研究アプローチとしては、乗員の身体挙動のモデルを用いることが考えられる。車両運動を既知とした場合において、乗員の挙動を解析する手法(3) や、走行経路による影響評価の研究(4) などの提案がある。価値創出研究として、身体への慣性力負荷の時間タイミングによる乗員の自律的姿勢制御の影響の探索(5) や、乗員の運動知覚を刺激して車両運動への気づきを与えることで、身構え姿勢を取りやすい車両運動加速度創出の提案(6) がある。車酔い低減も含めて、感覚や身体運動メカニズムを用いたアプローチは、人間理解の進展に伴い、有用性を増している。以上のような先行研究を踏まえると、想定した走行シーンにおいて、乗員の身体挙動やそれに伴う運動知覚量を抑える車両挙動を探索する手法の構築は、期待される研究方策であろう。そこで本論文では、筆者らが研究を進めてきた——最適制御を適用して設定した評価量を最適化する車両運動を求める——を逆車両運動解析(7) の一つとして位置付け、乗員まで含めて拡張することでこれに応えようと考えた。最適制御を用いると、『所望の車両運動とその実現のための操作量を、評価関数を最小化させることに置き換えて求める』ことができる。言い換えれば、『快適性に影響すると思われる諸量を評価関数に用いることで、快適性を向上できる車両運動の特徴を抽出できる』ということになる。本論文では、次章で最適制御を用いた場合の逆車両運動解析について述べ、乗員挙動の解析に適用させる場合には解法上の制約があることを示す。続いて、その制約を超えるための技術的解決策を示す。最後に、過渡運動を題材に、計算661受賞:第71回 自動車技術会賞 論文賞(2021年)牧田 光弘*  松下 晃洋**  草柳 佳紀***  三浦 雅博***-逆車両運動解析による乗員受動運動設計の試み-受賞1. 緒 言乗員の快適性を向上させる車両運動の探求

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