2011年6月29日

日産 震災復旧の軌跡(東北地方販売会社 その1)

日産プリンス宮城の小林正樹社長への震災直後の様子とその後の復旧に向けた取り組みについてのインタビュー

Q1. 地震が起こったとき、どこにいらっしゃいましたか?

A1.

地震が起きたときは、日産の横浜の本社でディーラーエグゼクティブミーティングに出ていて、全国の販売会社の社長さんやメーカーの方と揺れるホールの中にいました。皆さんが携帯のワンセグを使っている中で、現地に連絡を取ろうとしましたが、携帯はつながりませんでしたので、横浜駅の公衆電話に並びました。しかし結局電話はつながりませんでした。当然その日は帰宅することができず、横浜に泊まりました。現地にいない分、気になって仕方ありませんでしたので、その後、八方手を尽くしてチケットを手配して、2日後の日曜日に山形空港経由でレンタカーを使って、13日の夜に現地に入りました。

Q2. 今回の地震による御社の被害はどうでしたか?

A2.

今回の地震では内陸部と特に沿岸部の被害が津波でひどかったですね。簡単にいうと、地震だけならというぐらい海側がやられています。我々は新車店舗・中古車センターあわせて26の拠点がありますが、このうち新車で5店舗、中古車で2センターが津波で大きな被害を受けました。加えてこの本社のような内陸部でも地震で大きな被害を受けていますので、何もなかった店舗がほとんどなかったぐらいの状態でした。特に海沿いの新車5店舗・中古車2センターはある意味、壊滅的に、完全に津波につかりましたので被害は甚大でした。

ですから、ひとつはそこの復旧をどうするか、そして被害の少ない内陸部がどうするか、しかも実は同時にガソリンが逼迫しましたので、お客様も動けないし、我々のスタッフも動きが取れないという期間が2週間ぐらい続きました。ですから、そういった中でどうやって全体の意思を統一していくのかが非常に重要だったと思いますね。

Q3. 地震後、お客様に対してどのようなサポートをされてきましたか?

A3.

まず、津波の被害にあったお店は、完全にヘドロをかぶった状態ですから、まずは自分たちが動きが取れる、仮でもいいから営業が出来る状態をどうとるかというのがまずひとつありましたね。そういう意味ではまずはお客様に情報を発信する、つまり現場の復旧をしながら、社員一人ひとり、営業部員は携帯を持っていますので、とにかくお客様の安否確認をしようということと、店舗の復旧ですね、そういう意味では各店舗、内陸部の店舗のスタッフがだいぶ被災店舗に入って、一緒に泥をかき出すなんてことを一生懸命やってくれましたので、自分たちでかなりのペースで、早いところで1週間、遅くても半月ぐらいの中では曲りなりにも何らかお客様に来ていただける最低限の体制が取れたというのはありますよね。

最初にやったのはお客様の安否の確認、その次がクルマを使う上でお困りのこと、そして当然たくさんの方が車を流されていますので、一刻も早く足の確保ですね、やはりクルマがないと生活が成り立たない方がたくさんいらっしゃいますので、そういう意味でまずはお客様の状況を確認すること、1台でも提供するための車を集めてくるということで、そういう意味ではカンパニー(日産本体)を通して全国から支援を頂いたので、そういう一つ一つが大変大きな力になったと思っています。

Q4. 一緒にやってこられたスタッフに対して今、どういう思いをお持ちですか?

A4.

一緒にやって3年目ですが、非常に馬力のある、まじめで、粘り強い会社・社員だなと思っていましたけど、この2ヶ月、3ヶ月一緒にやっていくなかで、ほんと頭が下がるなと、本当に一生懸命動いてくれる、前向きだなと、この会社で一緒にやれてほんと良かったなとつくづく思いますね。こういう話をしていると本当に涙が出てきますけど、この会社だから頑張れるんだろうなと。

社員に言っているのは、とんでもない災禍に見舞われたわけですけど、これをいかに自分たちのプラスにつなげるかという発想でいこうと思っています。そういう意味ではとんでもない被害にあったお店も含めて、本来の姿にちゃんと戻ろう、そして戻るだけでなくて、もっといい会社になろうというのを合言葉に今、進めています。