ノイズハンター

ハンターといえば、どんなハンターを思い浮かべますか? パッと思いつくのは、イノシシや鹿を捕らえる猟師の姿? それとも……。

希少な植物を求めて世界を旅するプラントハンターや、銀河系を舞台に未発見惑星を見つけ出す惑星ハンターまで。世の中には、人類にとって未知なる何かを追い求める、いろんなハンターの存在がある。目的はそれぞれ違えど、獲物を手中に収める術や勘、学者や研究者と対等に渡り合えるほどの博学さなど、ハンターの素養は多岐に渡る。
さて、日産が誇るハンター・園部晃久が追い求めるのはいったいなんだろうか。それは「音」。走行中のクルマが発する音の中から「異音」だけを聞き分け、発生源を突き止める。また、突き止めた異音に対する解決策の提案もやってのけるという。人呼んで「ノイズハンター」。園部は日産から「匠」の称号を与えられている。

キャップに光るピンバッジは、日産が誇る匠であることの証。

品質向上を支える匠の活躍

匠とは、日産社内のトップ技術認定の称号。日産栃木工場には、音の匠以外にもクルマづくりの工程ごとに「塗装の匠」「車体の匠」といった匠が在籍。
低級音の匠の仕事は、栃木工場で作られるクルマの低級音の発生原因の特定、および解決コンサルである。「低級音」とは、お客様が車内で不快と感じられる異音のことで、例えば、ミラーを開閉する際やギアチェンジの際に発生しがちな「ギギギ」といった安っぽい音がそれ。発生源は、樹脂部品のあわせ目などから出るきしみ音、サスペンションのゴムから発生する音などさまざま。およそ3万点もの部品で構成されているクルマは、ほんの少しでも設計や組立作業にずれがあれば低級音が発生しやすい。そのため、低級音対策は、メーカーが注意を払い労力を費やす分野。日産は、長年クルマを使用してもこうした低級音が発生しない「音ゼロ」を追い求める。

低級音の匠は低級音の発生源を突き止めるため、車内のあらゆる場所で耳を澄ませる。まるで獲物を捕えようと待ち構えるハンターのように、トランク内に身を潜めるのも日常茶飯事。常に音と背中合わせの毎日を送っている。

低級音の発生源特定に加え、改善対策を施すのもまた匠の仕事。熱による接着剤の剥がれが低級音の原因と分かれば接着剤以外の方法で固定したり、発生箇所の素材と素材の間に不織布を入れたり、場合によっては違う素材の部品に変更することもある。

園部の得意技「グーチョキパー」。超速で低級音の発生源を特定し、解決策を導く匠の技。

匠の技の秘密に迫る

低級音の匠に欠かせない能力が、さまざまな音を聞き分ける能力。クルマの走行中に発生する低級音のみを正確に捉える「聴」能力である。曰く「走行中に聞こえるいろんな音の中から、低級音だけを聞き分けています。異音がすればすぐに気が付く」とのこと。さまざまな音の中から低級音だけを抽出する音のフィルタリング能力が、匠の武器なのだ。

低級音の匠の条件として、低級音にまつわるあらゆる仕事を「超速」でこなすことが挙げられる。園部は「時間をかけては意味がない」と言い切る。超速を実現するにあたり、園部が最も頼りにしているのが、感性。つまり音を聞き分ける聴覚と、長年の経験で培った解析力。つまり、音を探し出す技能だ。そして、低級音の原因を特定する際に使用するのが、自分の手だ。クルマのありとあらゆるパーツに手を触れ、時に叩くことで、音の発生源を突き止めるのだが「叩き方も、ただ、叩けばいいというものではない」と言う。そこで「グーチョキパー」と名付けた、自らの手を使う。グーは手を握って叩く、チョキは人差し指と中指でトントン、パーは指の腹や手のひらで押すこと。指のちょっとした使い方によって低級音の発生を再現し、必要に応じた解決策を施していく。園部が超速で低級音の発生源を突き止めフィードバックまでを行えるのは、クルマの構造への理解が大きい。

近年は、世界各国の路面条件を再現できる「環境加振機」を導入し、匠の超速にさらなる磨きがかかっている。同じヨーロッパの道でも、街中の石畳やドイツのアウトバーンでも、タイヤから伝わってくる振動が違えば低級音の発生要因も異なる。また、環境加振装置は、例えば、気温42℃、日射が115℃となるような灼熱の気候や逆に超極寒の環境も再現できる。日産の品質は、あらゆる環境で低級音がしないこと。車体を実際の走行中と同じ環境で動かしながら、より超速で遂行できるようになった」と園部も満足そうだ。こうした技を駆使することで、匠は社内から尊敬を集めている。他部署からのSOSにも身軽に対応。「耳障りな音がするから見てもらいたい」と、さまざまな部署のスタッフが低級音問題を抱えて園部の下を訪れる。そんな園部に、10年以上前に付いたあだ名が「Mr.低級音」。

技術の進化に伴い、現在のクルマは、昔のクルマよりも居室の遮音性が高くなっている。そのため、低級音がより際立つようになっているとか。
日産車の品質には、匠の存在が品質に大きく貢献している。匠の技は、園部が「手で叩いて耳で感じる」と表現する通り、人間の感覚や能力を超越した特別な能力なのかもしれない。

世界各国の路面状況や気温などの環境条件を瞬時に再現できる「環境加振機」の内部。