クルマの未来は、ITによって変わっていく

上田 哲郎

PROFILE

1990年
九州大学総合理工学研究科情報システム学専攻修了
1990年
日産自動車株式会社 総合研究所入社
車とITに関わる研究に従事
1999年
筑波大学経営政策科学研究科企業科学専攻修了
博士(システムズ・マネジメント)
2008年-2011年
東京大学非常勤講師、筑波大学非常勤講師など

車の将来にどのように関わるか

  • loT
  • BigData
  • AI

クルマをリディファイニングする時代の幕開け

自動車が発明されてからこれまで、その姿かたちや操作方法はほとんど変化を見せていない。しかし人工知能(AI)が飛躍的な進歩を遂げてクルマに導入されたことによって、クルマの未来の姿は大きく変わろうとしている。インターネットに接続されているクルマ、いわゆるコネクテッドカーは「IT企業がスマートフォンを開発したことによって携帯電話の姿を一変させたように、これまでの人とクルマとの関わり方を一旦リセットし、全く新しい関係を構築させる」と上田哲郎は言う。「クルマのリディファイニング(再定義)は、もうすでに始まっているのです」

インターネットに接続されたクルマの機能として、最もイメージしやすいのはナビゲーションシステムだろう。道路は渋滞や事故、工事などで常に状況が変化している。インターネットに接続することで、最新の道路情報にアクセスして現状のカーナビ以上に詳細な情報が得られれば、運転でのストレスは格段に軽減されることになる。自動運転のクルマであれば、走行路を確定する上で、最新の地図や道路情報は欠かすことができない判断材料であることは想像に難くない。

コネクテッドカーがもたらすものはそれだけではない。ドライビングにこれまで以上に高次元の安全性や快適性がもたらされていく。例えば、交通インフラと連動することによって、クルマが赤信号にひっかかることなく目的地まで到達できたなら、どれだけ気持ち良いことだろう。また交差点での出会い頭の交通事故も減るに違いない。今よりもっと運転者にとってクルマがパートナーだという感覚により一層近づいていくのだろう。「誰もが自分の生活スタイルに合ったクルマとの関係を築くことができるようになると思います。クルマのリディファイニングは、パーソナライズ化に近いかもしれません。クルマ自体がドライバーの走り方の好みはもちろん、スケジュールまでも把握している、そんな時代になると思います」

ITを駆使して、世界中があっと驚くクルマをつくる

クルマの開発に高度なIT技術が求められるようになり、ITをどのようにクルマとクルマ社会に生かしていくのか、さまざまな未来が予測されている。IT業界がクルマや自動運転に積極的に関わろうとしている現状を、上田はどのように感じているのだろうか。

「入所した頃これほど急激にAIが進化するとは、思いもよらなかった」と笑う。上田は1990年、まだITという言葉が一般に知られていなかった時代に、情報システム学を修めて総合研究所に入所した。「自分が自動車メーカーで何ができるのかは全く見えていませんでしたが、機械系の人が多い当時の自動車メーカーであれば、情報システム系の人間はあまりいないはず。それなら自分にも活躍する場がきっとあると思いました。その予想は当たりましたね(笑)」

IT系エンジニアとして情報処理に携わる傍らで、オープンイノベーションのためのさまざまなアイデアを発想し、企画を提案し続けた。そして上田に、大きな転機が訪れる。横浜でIT専用のラボ、通称"浜ラボ"を立ち上げることとなったのだ。ITを活用することでクルマの未来はどう変わるのか、それを具体的に提示するという大きなミッションを与えられた。

クルマと人との新しい関係が始まっている中で、上田は自動車業界への進出を図るIT業界も視野に入れながら、世界が驚くような未来のクルマをつくるべく日々奮闘している。

「PCやスマートフォンなど、さまざまなプラットフォームを手に入れたIT企業にとって、クルマは残された『最後のフロンティア』。一方で、自動車業界もITを駆使することでこれまで叶えられなかったことを実現できるところまで来ていますから、私たちにとってもITは『最後のフロンティア』なのです。どちらがこれを制するのか。ITをどれだけ、クルマのため、人のため、そして社会のために使いこなせるのかにかかっていると思います」

「ゼロ・フェイタリティ」を実現させる、最後のピースがIT

自然環境に影響を及ぼす排出ガスをゼロにするために日産が出した答えが電気自動車(EV)であり、人間の操作ミスや判断ミスによる交通事故をなくす「ゼロ・フェイタリティ」のために進めているのが自動運転だ。「クルマでの交通事故死亡者や重傷者をゼロに近づけたい。長年エンジニアはそのためにさまざまな研究を続けてきました。そして目標の達成にあと一歩というところまで来ていると思います。目標到達への鍵、それがITなのだと思います」と上田は断言する。

これまでエアバッグをはじめとするさまざまな機能を導入することによって、日産では、1995年時点に比べて、日産車が関わった死亡・重傷者数を6割以上減らしてきた。「そしてさらにもう一歩、『ゼロ』へ限りなく近づくために得た必須アイテムがITなのです。2006年のAIのブレークスルーで、2010年頃から飛躍的にクルマのIT化が進みました。クルマが危険を察知してブレーキをかけたり、操作ミスが起きないようにハンドリングをサポートしたり、車間距離を保ったり、すべてにITが関わっています。人が気づくより、クルマの方が早く危険を検知してアクションを起こしてくれるのです。『ゼロ・フェイタリティ』が実現する期待感に、今、満ちあふれていると感じています」

ITが導く、クルマと人との現在〜未来

1950年代、三種の神器は「白黒テレビ、洗濯機、冷蔵庫」。平成になって現れた新三種の神器は「デジタルカメラ、DVDレコーダー、薄型大型テレビ」だった。これからの三種の神器は「ヴァーチャルリアリティ、EV、3Dプリンター」だと、上田は笑いながら予測する。電動化や知能化を推進する重要なプラットフォームであるEVを"生活に欠かせないもの"として選んでもらうために、EVのスマートさをわかりやすく提示することも、上田の仕事のひとつだ。

例えば「みんなの消費電力」は、日産リーフオーナーの走行データを統計処理してフィードバックしているもので、目的地への消費電力の履歴データを事前に検索することができる。「これからもデータの解析を通して、利用者にとって便利で使いやすい情報を提供していくなど、提案できることはたくさんあります」

このようなビッグデータを駆使する一方で、未来のクルマとの新しい生活も提案する。社内で話題を呼んだのが「エスプレッソカー」だ。「リムジンにバーが設置されたりしていますよね。あんなイメージで普通のクルマにエスプレッソマシンを内蔵させたらどうなるか、実際に市販されているマシンをクルマにくくりつけてみました。車内空間は、コーヒーのアロマが満ちて広がるのに最適な広さだということ、コーヒーの温度は市販のものよりぬるめが良いこと、いろいろわかりましたよ(笑)」

研究の目的が明確であれば、やりたいことにチャレンジできる環境を自らつくってきた。これまでの実績とアピール力があってこそだが、それだけではない。上田が仕事をする上で最も大切にしているもの、それは「人」だ。「ITはデータ相手の仕事が中心ですが、それを生かすのは、やはり人。データの意味を読み取り、活かせる優秀な人財がいれば、あらゆる時代、あらゆる方向性、ニーズに対応して、無限に成果を出し続けることができると思っています」

(※2015年11月取材)

INDEXへ

PAGE TOPへ