バイオエタノールを燃料とする電気自動車が人とクルマの新しいつながりをつくり出す

星野 真樹

PROFILE

1998年
北海道大学大学院 工学研究科 物質工学専攻 修士課程修了
1998年
日産自動車株式会社 総合研究所入所
燃料電池自動車および燃料改質エンジン用に燃料を改質して水素を得る触媒の開発に従事
2003年、2005年に育休取得
2013年
電動化拡大に向けた新規テーマを立上げ、研究中

カーボン ニュートラル サイクル

  • サトウキビ→バイオエタノール→
  • 100%エタノール エタノール混合水→
  • eBio Fuel-Cell→

世界初となるSOFC搭載のEV開発を遂行

2016年6月に日産から発表された「e-Bio Fuel-Cell」は、バイオエタノール(100%エタノールもしくはエタノール混合水)を燃料とする次世代の燃料電池システムだ。燃料のバイオエタノールを改質して水素を取り出し、空気中の酸素と反応させて得た電力を車載バッテリーに供給しモーターを駆動させる。固体酸化物型燃料電池(SOFC)を発電装置として電気自動車(EV)の車両に搭載するのは日産が世界で初めての試みとなる。バイオエタノールはブラジルや米国などすでに流通している国もあり入手しやすく、コストも安い。比較的安全性も高いので特別なインフラは不要となる。排気ガスもクリーンな上、ランニングコストもバッテリーEV並みに安価だ。さらに1回の燃料充填で600kmの走行が可能と航続距離は飛躍的に長くなるなど、良いことづくめだ。
「日産リーフ」を中心とするバッテリーEVに、今回発表した「e-Bio Fuel-Cell」と、エンジンを発電機として使って電動パワートレインを駆動する「e-Power」が加われば、EVの可能性は格段に広がる。
この画期的なシステムの核となる改質器の触媒開発を牽引してきたのが星野真樹だ。「研究所という場所にいるからには、世界で初めてとなる技術や世界一となるクルマの開発に携わりたいと思ってきました。その願いが現実となって、今とてもワクワクしています」と頬を緩める。

約20年にわたり、触媒研究の虜となって開発に従事

入社後すぐに、当時起ち上がったばかりだった燃料電池車の研究開発チームに所属。翌年にはメタノール改質式燃料電池自動車「ルネッサ」が発表され、研究の成果が公になる充実感を味わった。その後も時代の要請に合わせてガソリンやバイオエタノールから水素をつくるための触媒開発など、燃料電池車とガソリンエンジン車用の触媒開発に長らく従事してきた。触媒一筋の研究者と言えるが、「いまだに飽きることはない」と、その面白さに魅了され続けている。
「触媒は特定の分子を吸着したり結合させて化学反応を促しますが、同じ実験を行っても、触媒の中に入っている微量の不純物だったり、実験条件だったり、本当にとても些細なことで同じ反応が得られないことがあるのです。機械系の人に、数式で表せないところが面白いと言ってもなかなか理解してもらえませんが、予測や仮説と違う結果が出たときが、実はチャンスにつながることがあります。『セレンディピティ』という言葉がありますが、偶然の出来事が後でとても大きな発見や開発のきっかけになり得る。このような予測のつかない触媒の面白さに取り憑かれていると言えるかもしれません」

母としての視点の変化を研究者としての成長の糧に

2000年代になってバッテリーEVの開発が加速し、2010年に日産は量産型電気自動車「日産リーフ」を発売。その間、バッテリーEVが脚光を浴びる中でも、触媒技術を活用して液体燃料をうまく使っていきたいとの思いが変わることはなかった。「時間がかかっても目の前の課題を一つひとつ解いていけば、いつか実用化につながる」という確信があったからだ。液体燃料を使えば、現在のガソリン車並みの給油時間でエネルギー供給ができ、飛躍的に航続距離を伸ばせる。そういう電動車が必要になる時代が必ず来ると感じていた。
そしてこの時期、星野自身も結婚・出産を経験して、ライフスタイルがこれまでと大きく変わる。産休・育休を取得して、その後しばらくは仕事と育児の両立のために時短勤務を活用したのだ。星野以前にも制度を利用して働き続けた女性社員がいたので、仕事の継続は可能だと思っていたが、同時に不安も感じていた。

「それまでフルタイムで働き、残業を加えると10時間程度働いていたのが、復職直後は5時間勤務になりました。半分となった時間の中でどのように働けば成果を出せるのかを真剣に考えました」
周囲の人への遠慮もあったため、早めにフルタイムに戻そうかと考えていた矢先、上司に「君が今、無理して頑張ることが大切なんじゃない、働き続けることの方が大切なんだ」と言われて、頭を切り替えることができたという。同僚からも、子供を育てることがどれほど社会に貢献することかと励まされた。
「温かな周囲の環境のおかげで、子育てと仕事の両方を良いスパイラルにのせて乗り切ることができたように思います。母として、研究者として、ふたつの視点で仕事に向き合うことができるようになりました。無駄なことを極力排除して時間を有効活用できるようになったのもこの時期からかもしれません」

諦めずに続ければ、未来は必ず拓ける

子供が生まれたことで、未来に良い環境を残したいという思いが以前より強くなった。利用者にとっても開発者にとっても妥協点がない“ストレスフリーなクルマ”を生むためにはどうすれば良いのか、アイデア出しを繰り返し、その中で提案したのが「e-Bio Fuel-Cell」の開発だった。
ガソリン車並みの給油時間でエネルギー供給ができ、飛躍的に航続距離の長い「e-Bio Fuel-Cell」なら、その思いに合致するのではないかと考えた。一方で、サトウキビを原料にしたバイオエタノールを使用すれば、植物が育つ段階で吸収する二酸化炭素とクルマとして走行時に排出するCO2を相殺することでカーボンニュートラルなサイクルが実現する。しかもバイオエタノールは扱いやすい燃料なので、インフラへの大きな投資も必要ない。エタノール混合水は水55%、エタノール45%の割合で検討を進めているが、これは酒類のバランスに近い。取り扱いやすい燃料であることで、これまでにない、新たな燃料供給の可能性も広がってくる。

かつてバイオエタノールは食糧問題との兼ね合いで需要が広がらなかった経緯があるが、今はサトウキビの野生種に特別な酵母を用いることで、砂糖とエタノールの両方を従来以上に生産できる技術も提案されている。エネルギーが入手しにくい離島などで「e-Bio Fuel-Cell」が採用されれば、エネルギーの地産地消にも地域振興にも貢献できる可能性があるのだ。クルマと社会の新たなつながりが始まろうとしている。
「諦めないことは研究を実らせる上で、非常に重要なことだと思います。目標に対して妥協することなく答えを求め続けていれば、自ずと未来は拓けるものです」
これから「e-Bio Fuel-Cell」の進化を含め、新しいクルマとクルマ社会をつくるために母の目、女性の目、研究者の目を大切にしながら、星野は今日も研究開発に没頭していく。

(※2016年6月取材)

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