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日産 童話と絵本のグランプリ
第34回(2017年度)入賞作品
第34回 日産 童話と絵本のグランプリ 童話の部 大賞

ぶぅぶぅママ
作/小路 智子

 クマゼミがシャーシャーないている。もうすぐ夏休み。じゃあなと手を振り、友だちと別れて家に帰ると、ブタがいた。
 ママのTシャツを着て、ママみたいに玄関まで出迎えてくれたけど、ブタだ。少し首をかしげて照れ笑いしているみたいだけど、イラストみたいな可愛い感じじゃなくて、薄汚れたピンクのリアルなブタ。二本足で立っているのがすごく変な感じ。
「ママ?」
と聞くと、ちょっと困ったように体をくねらせてから、
「ぶぅ。」
とうなずく。やれやれ。
「ぼくの日記読んだんでしょう。」
「ぶひぃ?」
 ぶぅぶぅママは両手をぶんぶん振って短い首も頑張って回しているけど、ぼくには分かっているんだ。ぼくがランドセルをおろして、手を洗って着替えている間も、ぶぅぶぅママは何か言いながらずっとぼくについてきた。どういうこと?なんで分かるの?そんなところかな。
 そのうち後ろ足で立っているのは疲れたのか、四本足で歩きはじめた。ぼくはテーブルの前に座ってから、キッチンに行ったぶぅぶぅママに説明した。
「ぼく、図書館で読んだ本に書いてあった通りに魔法をかけたんだ。ぼくの日記を勝手に読んだ人はブタになっちゃうようにってね。トカゲのシッポなんてなかったからシシャモのシッポを使ったり、冷蔵庫のお肉を使ったりしたんだけど、魔法って本当にかかるんだね。」
 ぶぅぶぅママは、ぶぅぶぅあいづちをうったり、ぶへぇと驚いたりしながら、キッチンまで椅子を運んで踏み台にしてのぼった。そしてコップを倒したりガチャガチャいわせたりしながらも、ぼくに冷たいお茶をいれて手作りのプリンを出してくれた。氷のカランという音が気持ちいい。バニラのいい香りがするとろんとしたプリンはぼくの大好物だ。
 プリンを食べながら、
「あっ!」
ぼくは思い出した。
「明日、調理実習なんだ。エプロンと卵、持っていかなくちゃ。ぼく卵の係。十個ある?」
「ぶひ~?」
 なんでもっと早く言っとかないの、と言われている気がする。すっかり忘れていた。
 ぶぅぶぅママは、ぼくが食べ終わるのを待ってから、お財布を出してスタスタと玄関に向かった。やっぱりママだ。

 玄関につくと、ママは靴がはけないことに困っていた。
「いいじゃない、ブタなんだから。」
 ぶぅぶぅママはちゃんとTシャツを着て短いズボンをはいていた。パパのパンツも腰からちらっと見えている。どうやら、ママのパンツははけなかったらしい。
 でも服を着ておいてくれてよかった。実は、日記を読んだことを反省したら、人間に戻るように魔法をかけてあるんだ。外で人間に戻ってママがはだかんぼうになっちゃったら、ぼくだって恥ずかしい。
 しばらくして、何足か試してようやくあきらめたのか、ママは素足のまま鍵を持って出かけようとした。でも鍵があけられない。かわりにぼくが鍵とドアをあけて、ドアと鍵をしめた。
 ドアを閉めているとき、ママが一瞬ママに戻った。でもすぐにブタに戻っちゃった。ママは気がつかなかったみたいだから、ぼくもだまっておいた。きっと何か少し反省したんだな。
 いつもはママについて行くのに、今日はぼくがママを連れて歩いている。変な感じ。ぼくが買ってこようか、って言ってみたけど、ぶぅぶぅママは短い首を横に振った。ブタって首を縦にふれないんだろうか。

 スーパーまでの道のりが遠い。会う人会う人、じろじろ見てくるんだもの。ぼくは暑さと恥ずかしさで汗びしょになった。
 ぶぅぶぅママは首をシャンと伸ばしてスタスタ歩き、なでようとする子どもをよせつけなかった。
 少し歩くと郵便ポストのところで、りこちゃんのママに会った。ぼくは少し緊張しながら挨拶した。
「こんにちは。」
「あら、ともくん。こんにちは。大きいおしゃれなブタさん連れているのね。飼うの?」
 ぼくはなるべくシャキッと見えるように気をつけながら言った。
「半日だけ預かっているんです。母が散歩させてきてって言うので出てきました。」
「えらいわね。またりこと遊んでやってね。」
「また遊びに来てください。母も待っています。さようなら。」
「さようなら。」
 りこちゃんのママと別れると、ぶぅぶぅママは変な顔をしながらぼくの顔をのぞきこんできた。だから日記を読まれたくなかったんだ。日記にはりこちゃんがどんなに可愛くて素敵な子か書いてある。ふん、そんな顔をしていたら、ママに戻れないんだからね。

 スーパーにつくと、ぶぅぶぅママはいきなりりんごを見つめている。やっぱりママだ。
「ママ、買うのは卵だけ。お菓子も買ってくれるなら、他のものも買っていいよ。」
 ぶぅぶぅママは首をすくめてしぶしぶりんごを離した。
 あれ?今度はいつも素通りする試食コーナーに、ぶぅぶぅママが近づいて行っている。変だなぁ。4本足で歩いちゃってるぞ。もしかしてママ、ブタに近づいてきちゃってる!? ぼくはあわてて止めに走った。
 ぶぅぶぅママは販売員さんにも止められて、とうとうぼくらは売り場から出るように言われてしまった。ぼくはママがこのまま本物のブタになっちゃったらどうしよう、と思って急に不安になってきた。どうしよう、どうしよう。
「ママ、ママ、もとのママに戻って。お願い!黙って日記読むなんてひどいよ。」
 ぶぅぶぅママはぼくをそっと抱きしめると、申し訳なさそうに小さな声で
「ぶぅぅ。」
と言った。そうしたらポンってママに戻った。ぼくは、今度は急いで
「ママ、ママに戻ってるよ。」
って教えてあげた。ママは顔をあげて、目尻をさっと拭い、手足を確認して、
「本当だ。」
と言ってへなへなと座り込んだ。

「あのさ、実は、反省すれば人間に戻るように魔法をかけてたんだよ。」
 帰り道、ママはスーパーで買ったサンダルをはいて、片手で卵の入った袋を持って、反対の手でぼくと手をつないで歩いていた。ぼくは教えてあげた。
「ママ、玄関出た時も一瞬ママに戻ったんだよ。あのとき少し反省したの?」
「うん。そうだね。ともくんは優しいいい子なのに、何を心配したのかなって。あと、ずっと助けてもらうのはつらいな、とかね。」
「どうして一緒に買い物にきたの?」
「家にいても人間に戻れなかったもの。ともくんが帰ってくるまでにいろいろ試したのよ。くるくる回ったり、体をこすったり、医学書で調べたりね。」
 ぼくは想像してくすっと笑ってしまった。
「どうして、日記読んだでしょって言った時、首を横に振ったの?」
 ママは眉毛を下げてぼくの顔を見て、言った。
「やましかったから。日記読んでごめんね。」
「もういいよ。反省してるから。」
ぼくはいつもママがいうように言った。ママは前を見て、よかった、と言って笑った。

 次の日、朝起きるといいにおい。今日はママ、ゴマのパンを焼いてくれたんだ。今日のおやつはきっとゴマパンを油で揚げて、きな粉砂糖をまぶした揚げパンだ。あぁママに戻ってくれてよかったぁ。
「おはよう。」
 テーブルについて挨拶すると、ママのおはようという声と一緒に
「ぶぅ。」
と返事があった。驚いて声のした方を見ると、新聞の向こうにブタがいた。黒いブタだ。
 ぼくはため息をついた。やれやれ。
「パパ。ぼくの日記読んだんでしょう!」
 眼鏡をかけたぶぅぶぅパパは、新聞をおろして、手と短い首をぶんぶん振った。

小路 智子
38歳 主婦 兵庫県神戸市
<受賞のことば>
こどものころ教科書で読んだ童話を書かれた先生や、娘の大好きな本を描かれた先生に評価していただけたのかと思うと本当に光栄です。そして、出版という素敵なプレゼントを実現してくださる皆様にも心から感謝します。私の書いた童話を読んでくださった方が、おいしいものをたべたときのように、にっこり笑顔になってくれたら幸せです。

短評
「ぼくの日記を読むと豚になる」「反省すれば人にもどる」という魔法が現実になり展開する—この奇抜な内容を混乱なく書きあげた力に大きな拍手です。作品の根に家族愛が流れているので黒い豚は、もう大丈夫ですね。
(あまん きみこ)


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