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日産 童話と絵本のグランプリ
第35回(2018年度)入賞作品
第35回童話の部・大賞 (※掲載している作品は受賞時点のものです。出版作品とは異なる場合があります。)

くじらすくい
作/水凪 紅美子

 夏まつりのその日は、夕方になっても暑くて、アイスクリームの屋台には、行列ができていた。おれは、ならんでまで食べたくないから、ほか行ってるよ、と母さんと妹のアカリに言った。
「気をつけてね。あまり遠くへは行かないで」
 そう母さんに言われてちぇ、と思った。おれ、もう五年生なのに。

 まつりの開かれている場所は、このへんでは一番大きな神社だ。長い参道の両がわには、たくさんの店が出ていた。アイスを売っているところは、どこもこんでいる。ほかには、お好み焼きや、やきそば。ホットドッグなんかもある。神社の鳥居をくぐると、水風船とか、お面とかのおもちゃを売っている屋台もあった。おれはぶらぶらと歩いているうち、一番おくまで来てしまった。提灯にてらされて参道が明るいから、神社の後ろの林は、よけいくっきり、暗く見える。と、そこに、ぽつん、とはなれて小さなテントがあった。
 テントに入ってみたのは、なんだかその場所だけ、ぼおっと、青く光って見えたのと、
「クジラ、クジラ!」
 と、小さい子のはしゃぐ声が聞こえたから。

 中に入ると電球は暗くて、地べたにおかれた大きな水そうの水も、くらい青色に見えた。
 その青くゆれる水の中に小さな魚が泳いでいるのを見て、なんだ、金魚すくいか、と思った。でも、もう一度よく見て、おれは思わずあっ、とさけんでしまった。
 ゆったりと泳いでいる小さな魚は、クジラのかたちをしていたんだ。
 黒っぽい灰色のからだは、電灯にてらされて、ときに銀色に光る。潮をふきあげているのも、何匹か、いや、クジラは何頭、って数えるんだったかな、とにかく、いる。
「どうだい、すくってみるかい。一回三百円」
 この暑いのに、フード付きの長そでのジャンバーを着たおじさんが、あたりまえのように言った。
 声はおじいさんのようにしゃがれていたが、顔はあんがい、若い。おれはごくり、とつばを飲み込んだだけで答えなかったけど、すいこまれるように水そうの前に、すわっていた。
 小さなテントの中には十人以上の子がいて、たいていはおれより小っちゃかったけど、よく見ると同じクラスのミノルもいた。
 むこうもおれに気づいて、ニヤリとした。
「トオル、おまえもやる?」
 ミノルは勉強も運動もできて、しかもけっこうイケメンで女子に人気がある。でも、ちょっとずるいところがあるので、好きじゃなかった。けど、おれがすぐに、やる、と言わなかったのはそのせいじゃない。
 母さんにもらったお金は五百円。チャンスは一度きりだ。だったら、まずほかの子のやるのを見て、作戦をねろう、と思ったんだ。
 店のおじさんがみんなにわたしたのは、金魚をすくうのと同じ、紙をはったポイだった。
 クジラは動きはゆっくりだけれど、体が重いらしく、すぐにポイはやぶれてしまう。
 成功する子はひとりもいなくて、がっかりした声があちこちからあがったときだった。
 ふいに、テントの入り口をはね上げて、大人の男の人がひとり、入ってきた。ポイをにぎりしめて水そうにはりついてる、ちびっ子の一人のうでをつかんで、怒った声で言った。
「こらっ、どこへ行ったかと思ったら、こんなところにいたのか! さあ、おいで」
 するとその子は、泣きそうになって言った。
「まって! クジラ、つかまえるの」
 その子のお父さんらしいその人は、それを聞いて、眉をしかめた。
「クジラ? なに、言ってるんだ。ただのきたない金魚じゃないか」
 いっしゅん、青黒い水がゆらり、とゆれたようにみえた。そして本当に、泳いでいるのは灰色の、地味な金魚に見えた。
 そう見えたのは、おれだけじゃなかったらしい。何人かの子が、はっと息をのんだ。
 まばたきを何度かすると、おれにはまた、それはクジラに見えた。けど、お父さんにつれていかれたその子のほかにも、何人かは、
「なーんだ」
 とつぶやいて、テントを出ていった。

 テントにのこった子たちも、ちょっと白けた感じになってた。こんなのじゃすくえないよ、と何人かの子がもんくを言った。でもおじさんはすました顔で、にっこりして言った。
「そんなことないよ。見ててごらん」
 おじさんがすくうと、おもしろいようにクジラはポイに入った。針金のわくに重い体をのっけるようにするのが、コツらしい。
 でももうひとつのコツに、おれは気づいた。おじさんは低く、口笛をふいていたんだ。
 聞いたことのないメロディ。それもごく低く、なにげなくふいているので、最初はただのくせなのかな、と思った。でもよく見ると、おじさんが口笛をふくと、小さなクジラの群れは、じしゃくに引きよせられるみたいに、ポイのほうへすうっと、動くのだ。
「おれも、やっていいですか?」
 三百円はらって、おれはポイを手にとった。おじさんの口笛のメロディをまねて、ふいてみる。すると、一頭のクジラが、よってきた。すかさずポイをさしこむと、わくにのった。
 いまだ、と、水を切るようにしてポイをあげると、ぽちゃん、と器にクジラは落ちた。 「やった!」
 そうさけぶと、他の子もわっと声をあげた。

 けっきょく、成功したのはおれと、ミノルだけだった。もっとも、ミノルがポイを放るとき、親指でクジラのしっぽをおさえたように見えたけど、それはだまっていた。
 おじさんはぼくらにふたつのビンをわたした。青い水が入ったのと、三ミリくらいのピンク色の小さな粒がつまったビンだ。
「この水を毎日、水そうに一てきたらす。粒のほうはエサだよ。これも一日、一粒でいい。一年もつから、来年の夏まつりまで、まにあうだろう。そして、これが一番大事なんだが、毎晩、この曲を聞かせてやってくれないか」
 そう言っておじさんが口笛で吹いたのは、あのメロディだった。

 「どこに行っていたのよ!」
 もどると、母さんは怒った。でも、おれが、
「クジラすくいしてた」
 と言うと、母さんも、アカリも、ぽかん、とした。
 でも、おれがビニール袋に入ったそれを見せると、アカリは目をみはった。
「すごい! クジラだ! アカリもほしい!」
 母さんは最初、眉をしかめて言った。
「えー? ただの地味な金魚じゃない?」
 でも見ているうち、母さんのほおはほんのり赤くなり、面白そうな目つきになった。
「うん、そうかもね。クジラ、といえば、クジラだねぇ。かわいい」

 家に帰って、古い水そうをさがしだした。言われたとおり、たっぷりはった水に、青い液体をぽとりと落とした。いっしゅん、水がぼおっと、青く光った気がした。ビニール袋から、しんちょうにクジラをとりだして、そっと水に放す。すいっ、と、泳ぎだした。エサをやると、うれしそうに食べた。
「アカリも、クジラ、ほしかった……」
「来年の夏まつりにまた、来るってさ。お兄ちゃんが、すくってやるから」
「自分ですくう。来年は一年生だもん」
 アカリはぷっとふくれた。でも、おれが口笛をふきだすと、とたんに、怒るのをやめて、聞いてきた。
「お兄ちゃん、なんで、口笛ふくの?」
「クジラすくいの店のおじちゃんが、クジラに聞かせてやってくれ、って言ったんだよ。たぶんこれって、クジラの歌だと思う」
 おれはそう言って、もういちど、口笛をふいた。すると、次に起こったことに、おれもアカリも驚いた。
 おれの口笛にこたえて、クジラが歌ったんだ。低い、風のような音。長くはなかった。でも、耳のなかにすうっと入ってくる、ちょっと悲しいメロディだった。

 次の日、クジラはどう、って聞いたら、ミノルはむっとしたような顔で、言った。
「ああ、いなくなっちまったよ」
「えっ! そりゃまた、なんで」
「昨日帰って、水そうにクジラを入れたらさ、親が、何、そのきたない金魚? って言うわけ。そうしたらホントに、黒っぽいただの金魚に見えたんだ。インチキじゃん、って腹が立って。エサと水はいちおうやったけど、口笛なんかふかなかった。そしたら、朝、水そうは空になってた。おまえのも、そうだろ?」
「おれのクジラは、ちゃんと家にいるけど」
 ミノルは息をのんだ。
「マジかよ……。口笛、吹かなかったせいかな。それともおれ、ズルしたからかな」
「ああ、やっぱりか。そうかもな」
 ミノルは目をまるくした。
「気づいてたのか? おれがズルしたこと」
「はっきりとは、わからなかったけど。でも、クジラのしっぽを指でおさえたように見えた」
「なんで、オッサンに言わなかったんだ?」
「べつに、言うことでもないでしょ」
 ミノルは少しのあいだ、だまってた。それから、おれをまっすぐ見て、言った。
「おれ、来年はズルしないでやるよ」
「うん、いっしょにやろうよ」
「もう一頭、すくう気か? よくばりだな」
 ミノルがニヤリとしたので、おれも笑った。
「おれは、知りたいんだ。二頭のクジラはどんな歌を、歌うのかって」

水凪 紅美子
52歳 パート・アルバイト 群馬県前橋市
<受賞のことば>
受賞のお知らせをいただいた時は、何だか信じられなくて、しばらくしてから「あれ? 妄想?」と思ったほどです。このような大きな賞をいただけて、本当に光栄です。このささやかな物語を読んでくださった方が、「自分も小さなクジラがほしい!」と思っていただけたら嬉しいです。

短評
冒頭の数行で物語の背景をたくみに説明しきってあるのがおみごと。「金魚すくい」ならぬ「くじらすくい」の発想がおもしろく、意外な展開にも惹きつけられました。ミノルのキャラクターも効果的でしたね。
(吉橋 通夫)


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