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日産 童話と絵本のグランプリ
第27回(2010年度)入賞作品
第27回童話の部・優秀賞 (※掲載している作品は受賞時点のものです。出版作品とは異なる場合があります。)

シマシマ猫のメール便
作/すみ のり

 「行ってきま〜す。」庭で花だんの手入れをしているママに声をかけて、ボクは自転車にまたがった。「気をつけるのよ〜。」垣根ごしにママの声が聞こえる。
 野球の練習は、二時にグランド集合だ。「急がなきゃ。」思いっきりペダルを踏み込んで走り出したその時、目の前を何か大きなモノが横切った。ブレーキがキキッと音を立て、ボクは自転車ごところんで尻もちをついた。
 「イテテっ。何なんだよぉ。」それは、パサリパサリとしっぽをふり、ゴロゴロとのどを鳴らしながら、ボクの足にまとわりついてきた。見たことのない白と黒のシマもようの大きな猫。
 「急に飛び出しちゃ危ないじゃないか。」ボクは、お尻の痛みをこらえて立ち上がった。シマシマの猫に向かってお説教をしようとしたけど、野球の練習に遅れそうなのを思い出して、あわてて自転車に飛び乗った。
 「どうかしたの?」垣根から顔を出したママに答えたのはシマシマだった。「ニャ〜ン。」次の瞬間、「ギャ〜。」という叫び声があがった。
 そうそう、ママは大の猫嫌いだった。ボクはちょっとだけ肩をすくめて、そのまま自転車を走らせた。目の前には、澄んだ空が広がっていた。ボクとシマシマが出会ったこの日、春はもうすぐそこまで来ていた。

 夕方、泥だらけになって家に帰り着くと、また裏庭から叫び声がした。リビングから外を見ると、ママが「シッ、シッ。」と何かを追い払っていた。「ケンちゃん、助けて〜。」と泣きそうなママの顔。その手の先には、あの白黒のシマシマがすわっていた。
 「やあ、おまえ、また来たのかぁ。」庭におりて頭をなでてやると、シマシマは目を細めてのどを鳴らした。胸の方に手を回した時、首に巻かれたバンダナにポケットがついているのに気がついた。そのポケットが少しふくらんでいる。ボクは指をつっこんで小さな紙切れを引っぱり出した。
 『ワタシハ、ササキ・ハナ。アシガワルクテ、アルケマセン。ナカヨシコウエンノ“サクラ”ガサイタラ、オシエテクダサイ。』
 ピンクの紙に鉛筆で、一字一字ていねいに書かれていた。「ササキ・ハナちゃん。でもなんでカタカナなんだろう?」シマシマを見ると、何かを言いたそうな瞳が、ボクをまっすぐに見つめていた。「返事を書けっていうの?」シマシマはしっぽをふって「ニャア。」と鳴いた。
 急いで自分の部屋に行き、ランドセルからメモ帳を取り出すと、少し迷ってからカタカナで手紙を書いた。
 『ボクハ、イノウエ・ケンタ。ナカヨシコウエンノグランドデ、ヤキュウヲシテイマス。“サクラ”ノハナハ、マダサイテナイヨ。』
 いつの間にかママがそばに来ていて、「早くあの巨大猫を追い出して〜。」とボクの腕を引っぱった。ボクはあわてて手紙を折りたたんで、ズボンのポケットにしまった。
 シマシマは、庭のすみでじっと待っていた。ボクが手紙をバンダナのポケットに押し込むと、満足そうに「ニャ〜ン。」と鳴いて、垣根の隙間に消えて行った。
 夕ご飯を食べながら、ママはしきりにシマシマがわが家の庭にいつくのでないかと心配していた。「きっと“猫じじい”のとこの猫よ。次は、仲間を二、三匹連れてくるかも。ああ、イヤだ〜。ケンちゃん、ちゃんと追い払ってよね。」
 “猫じじい”は、同じ町内に住んでいる老人で、捨て猫を拾ってきて一緒に暮らしているらしい。それが今では二十匹を超えてしまって、近所迷惑になっているとママが言っていた。
 でもボクは、シマシマが“猫じじい”の猫じゃないことを知っている。シマシマの飼い主の名前はササキ・ハナ。ママには悪いけど、きっとシマシマはまたうちに来るだろう、ハナちゃんからの次の手紙を持って。

 二日後の夕方、ボクの期待どおりシマシマが庭に現れた。もちろん、バンダナのポケットには、ピンクの手紙。
 『ケンタクン、アリガトウ。“サクラ”ガサイタラ、オシエテクダサイ。ソレカラ、ケンタクンノコトモ、オシエテクダサイ。』
 ボクは小さくガッツポーズをした。シマシマを暗がりに待たせておいて、急いで返事を書くとキッチンに行った。ママにないしょで持ち出したニボシ三匹は、シマシマへのごほうびだ。
 それから毎日シマシマは家にやってきて、ボクに手紙を届け、ニボシをもらって、ボクの手紙をどこかへ運んで行った。
 ピンクの手紙は、クッキーの缶の中で少しずつ増えていった。ボクは、野球のこと、友達のこと、単身赴任しているパパのこと、おっちょこちょいのママのことも、カタカナで短く手紙に書いた。ハナちゃんは、シマシマ(ハナちゃんは「ミイ」と呼んでいた。)のことや、大好きな花のことなんかを書いてきたけど、ハナちゃんがどこの誰なのかはわからないままで、ボクの方も、何となくたずねることができなかった。

 3月なかばのある日、近所のスーパーに買物に行っていたママが、大声でボクを呼びながら、玄関に走り込んできた。そのママの姿を見て、ボクは息をのんだ。
 ママはエプロンをたくし上げ、おなかのあたりで、血だらけのシマシマを抱きかかえていたんだ。「そこの交差点で車にひかれたのよ。」ママは真っ青な顔をして、ハアハアと肩で息をしていた。
 動物病院でみてもらったら、奇跡的にどこの骨も折れていなかった。右腕を数針ぬったけれど、獣医さんは「すぐに元気になるよ。」と言ってくれた。「急に飛び出したらダメだって言っただろ。」ぐったりしたシマシマの大きなからだを抱えると、心臓がドク、ドク、ドクと音を立てているのが聞こえた。
 「よかったね。」と、ボク達を抱くようにかがみこんだママの目は、少しうるんでいた。「ケンちゃんの大切なメール屋さんだものね。」ボクは、びっくりしてママの顔を見つめた。
 ニボシが減るのを不思議に思ったママは、こっそりボクの行動を見ていたらしい。「手紙は読んでないわよ。」とママは言うけど、本当かなあ。でも、そんなことはどうでもいい。今度ばかりは、ボクもシマシマも、ママに感謝しなければ。

 ママの猫嫌いがなおったわけではなかったけれど、事故の日から、ママは恐る恐るシマシマにエサをやり、トイレの砂をかえてくれた。獣医さんが、傷口をなめないように首に巻いていた大きなカラーをはずしてくれた時、ママはボクに「そろそろハナちゃんを探しに行かなきゃね。」と言った。そして、「まずは、“猫じじい”に会いに行かなくちゃ。」と、決心したようにつぶやいた。

 “猫じじい”の家の門を入ると、庭ではたくさんの猫達がひなたぼっこをしていた。ママは足にすりよってくる猫に、小さな悲鳴をあげながら、玄関の引き戸を開けた。
 家の奥から出てきた“猫じじい”は、子猫を腕に抱いたやさしい顔をしたおじいさんだった。子猫にビクつきながらも、「この子の家を知りませんか?」と、ママはシマシマの写真を見せた。すると、“猫じじい”は写真をひったくって、「ミイじゃないか。そうか、無事だったか。ハナちゃん、ご飯も食べれんようになって、心配しとったよ。そうか、よかった、よかった。」と、うれしそうに何度も写真をなでた。

 翌日の日曜日、ボクとママは、“猫じじい”に教えられた建物の前に立っていた。そこは、なかよし公園の向こう側の隣町にある老人ホームだった。ボクが抱いていたシマシマに気づいて、若い女の人がかけよってきた。
 ボクが「ササキ・ハナさんはいますか?」と聞くと、女の人は「あなたは、ハナさんに手紙をくれたケンタクンね?ハナさん、よろこぶわぁ。」と言った。
 ボク達は、食堂に案内された。長い廊下を歩いているとき、ママが「いよいよ、ご対面ね。」と言ってニヤッと笑い、「かわいい女の子だと思ってなかった〜?」と、肘でボクの腰をつついた。ボクは、ムッとしてママの腰をつつき返したけど、心の底では「ハナちゃんじゃなくて、ハナさんだったのか…。」と思っていた。
 食堂のドアが開くと、窓辺でぼんやり外をながめている車椅子のおばあさんの姿が見えた。「ハナちゃん?」と思った瞬間、シマシマがボクの腕から飛び降りて車椅子にかけより、ヒラリとおばあさんの膝に飛び乗った。おばあさんは「おおぅ。」と声を上げ、それからシマシマを抱きしめて、「ミイ、ミイ、ミイ。」と何度も呼んで、涙をポロポロこぼした。
 ボクとママは食堂の入口に立って、シマシマとハナちゃんの様子をずっと見ていた。やがて、ハナちゃんはシマシマのバンダナに気づいて、ポケットからボクの手紙を取り出した。折り目を開き、目を細めて読んでいる。それから、ゆっくり顔を上げてボク達を見ると、輝くような笑顔で「うん、うん。」とうなずいた。そのとき、ボクの手紙は、まるで宝物のように、ハナちゃんの両手に包まれていた。
 『ハナチャン、ナカヨシコウエンノ“サクラ”ガサイタヨ。コレカラ、ボクタチト、オハナミニイコウヨ!』

すみ のり
49歳 公務員 大分県大分市
<受賞のことば>
 「選外だったんだ。」と、がっかりして年を越したところだったので入賞通知のお電話は、夢のようでした。
 希望がつながりました。感謝!

短評
 ストーリーが気持よく動いている作品ですね。いろいろな事が起こりながら、自然に展開していき、その意外な結末も実に爽やかでした。脇役のママ、猫じじい、そしてハナチャンの存在感が、この作品の力になっています。
(あまん きみこ)


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