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日産 童話と絵本のグランプリ
第27回(2010年度)入賞作品
第27回童話の部・優秀賞 (※掲載している作品は受賞時点のものです。出版作品とは異なる場合があります。)

かみなり町のバス
作/秋野 竜胆

 かみなり町は、かみなり雲の中にあります。そのかみなり町の交通安全局の局長さんが、大山さんの家を訪ねてきたのでした。
 大山さんはバスのベテラン運転手でしたが、この三月に定年退職したばかりです。
 頭に二本の角を生やした局長さんは、できる限りのほほえみとねこなで声でいいました。
「第二の人生を、かみなり町のバスの運転手として就職するなんて、いかがでしょう」
「かみなり町なんて、聞いたことないなあ」
「空の上でぴかっと光って、ごろごろと鳴りますでしょう。あそこがそうなのです」
 雲をつくような大男ですが、人のよさそうな話し方に大山さんはすっかり安心しました。
「ああ、いなずまとかかみなりとかだね」
「それを作るのが、かみなり製造局です。わたしたち交通安全局は、その製造局の人を安全にバスで送迎するのが役目なのです。ですから、ベテランの運転手が必要なのです」
 大山さんが返事に困っていると、奥さんが玄関に出てきて、局長さんに語りかけました。
「雲の上だったら、見晴らしもよさそうねえ」
「もちろん景観抜群です。しかも、あちこちに観光旅行だってできるんですよ」
「おもしろそうだわ。行きましょうよ」
 ということで、大山さんは、雲の上のかみなり町で働くことになったのでした。
 かみなり町は、思ったより小さな町でした。それでも、雲の上からのながめは、ほーっと息をのむほどのすばらしさでした。奥さんは、もう有頂天になってはしゃいでいます。
「あそこが、わたしたちの住んでた町よ」
 町が、山が、湖が、海が、航空写真よりもあざやかに、手にとるように見えるのです。
 かみなり製造局の横にバス小屋があり、その中におんぼろの大型バスが一台止まっていました。ペンキがあちこちはがれて、サビだらけです。車体にはあまり上手でない字で、「かみなり町営バス」と書かれてあります。そのバスは、この春、大山さんの会社で廃棄されたバスに、あまりにも似ているのでした。
 大山さんが声も出ずにあきれていますと、局長さんが弁解するようにいいました。
「ここは正式には、かみなり国かみなり県第七かみなり町といいまして、この春できたばかりなんです。予算の都合上、こんな古いバスしかありません。申し訳ありません」
 大山さんの気持ちなんかおかまいなしに、奥さんが喜々としてたずねました。
「わたしもバスに乗っていいんでしょう?」
「もちろん、バスガイドとして重宝します」
「えっ、バスガイド?」
「はい。わたしの町の担当は、ちょうどここから三十キロ四方でしてね。かみなり製造局からは人間の地名で運行表がくるのですよ」
「だったらわたし、大丈夫よ!この付近の地名なんて、すみずみまで知ってるんだから」
 とびあがって喜んでいる奥さんをしり目に、局長さんが申し訳なさそうにいいました。
「雲の道は風まかせ。今日はここかと思えば明日はあそこ。てな具合で、その日によって、まったく違うんですよ」
 大山さんは、目をぱちくりさせました。
 その時、きゅうに風が強くなってきました。すると、見る間にかみなりの町がずんずんと大きくなっていくではありませんか。
「天気が悪くなって、雲が広がってきたのですよ。さあ、いそがしくなりますよ」
 局長さんは、そわそわしだしました。
 とたんに、かみなり製造局ががやがやと騒がしくなりました。そして、どっと人が出てきたのです。いちばん最初に出てきた製造局の係の人が、奥さんに運行表を渡しました。
 みんな頭に二本の角があり、上半身はだかで、黄色と黒のしま模様のパンツをはいています。背中に大きなたいこをせおい、重たそうなじょうろを持ち、石を二個ずつパンツのポケットに入れています。そして、口々に、
「ぼくはすみれ湖へ」
「わしはくぬぎ山じゃ」
「わたしはカエデ町です」
 などと、それぞれに地名をいうと、われさきにバスに乗ろうとするのでした。
「静かにしなさい!」
 奥さんがぴしゃりというと、とたんにシーンとなりました。奥さんはコホンとせき払いすると、きっぱりといいました。
「近い人は前に、遠い人は後ろに乗ってもらいます。順に行き先をいってください」
 ひとりずつ地名をいうと、奥さんは運行表を見ながら、てきぱきと指図しました。
「あなたは前から三列目。あなたはいちばん後ろ。あなたはまん中の十列目……」
 あっという間に、みんなのりおえたのでした。局長さんは、感嘆の声をあげました。
「すばらしい。有能なバスガイドですなあ」
 じつは、大山さんもひそかに舌を巻いて、心の中でこうつぶやいたのでした。
(わしひとりじゃ、どうにもならんかった)
「それでは出発進行!」
 奥さんの合図で、バスが走り出しました。
 ガタピシ、プスン。ガタピシ、プスン。
 おんぼろバスは、今にもエンストしそうな音をたてながらも、がんばって走ります。
「ここは海鳴町です。お降りの方はどうぞ」
 かみなり雲の道は広くて、とても走りやすいのでした。乗客の局員さんが、次々に降りてゆきます。途中に大きな羽をはやしたカーブミラーがひとつ、ぽつんと立っていました。
「つぎは終点、カエデ町でーす。ここで十時間の停車でーす」
「十時間も、ここで待つのかい?」
 大山さんが、びっくりして聞きました。
「運行表によると、そうなっていますよ」
 大山さんは、仕方ないなあという顔をしてから、奥さんと一緒にバスを降りました。そして、前を歩く局員さんに声をかけました。
「かみなりが鳴るところを見てもいいかい?」
「どうぞ。わたしは、鬼山といいます」
 人なつこい顔で、鬼山さんが答えました。
 雲の切れ間からカエデ町が見えます。鬼山さんが、雲の上にジョーロで水をまきました。
「雨水の元が入っているんですよ」
と、いったとたんに、ざーっと雨が降りはじめました。まけばまくほど雨は激しくなります。ついに暴風雨になってしまいました。
「どうか、それ以上はまかないでください。土砂くずれが起きて、大変なことになります」
 おろおろしながら大山さんがお願いすると、
「大丈夫です。雨水の元はもうおしまいです」
と、ジョーロをひっくり返してみせました。
 つぎに、鬼山さんはおもむろに火打ち石を取りだして、カチカチッとこすりあわせました。すると、パチッと火花が出て、ピカッといなづまが走ったのでした。最後は、たいこです。けれども、鬼山さんが手にするより早く、奥さんがばちを両手に持っていたのです。
「これでたたくんでしょ。わたしにさせて」
「仕方ありません。いいですよ」
 鬼山さんがしぶしぶ承知すると、奥さんはあらん限りの力でたいこをたたきました。
 ドオオオーーーン……
 空いっぱいに音が響いて、雲がゆれました。
「たたきすぎですよ。地上では、ものすごいかみなりが落ちちゃいましたよ」
 そうです。雲の下では背の高い杉の木にかみなりが落ちて、パチパチと燃えていました。
「あれまあーー」
 奥さんは、舌をぺろり。鬼山さんは奥さんをギロリとにらむと、バチをとりあげました。
 ドロドロドロ、ドーン。
「やっぱり、年季のはいった人は違うねえ」
 ふたりは、あきもせずながめていました。
 やっとのことで、帰る時間になりました。鬼山さんがバスに乗りこむと、かみなりもやんで、雨もしだいにおさまってきたのでした。
 バスの中で、鬼山さんが心配そうな顔で、
「運転手さん、帰りは気をつけてくださいね」
といいました。大山さんは笑いとばしました。
「なに。こんな広い道、目をつぶってたって行けますわい」
「帰りは、そうもいかないんですよ」
 そうなのです。しだいに晴れ間が広がると同時に、雲の道が細く小さくなったのです。
「気をつけてくださいよ。地上に落っこちたら、たまったもんじゃありませんからね」
 大山さんがあちらこちらと道をさがしていると、今度は奥さんがぴしゃりといいました。
「でたらめな方向に走ってはいけません。きちんと運行表にしたがって進んでくださいね」
「そんなこと、いったって……」
「こんなときだからこそ、ベテラン運転手のあなたの腕の見せどころじゃありませんか」
「そりゃそうだ。よし、急がなくっちゃ。みなさん、シートベルトをしめてください」
 大山さんがギャンといわせてギヤを入れ替えると、バスは悲鳴をあげながら、猛スピードで走りだしたのでした。雲の道が切れないうちに、なんとか海鳴町まできました。あとは、かみなり町のバス停に帰るだけです。
 ところが、すっかり晴れて雲の道が見えなくなってしまったのです。大山さんが必死で道をさがしていますと、空の上からカーブミラーがやってきました。大きな羽をばたばたいわせて、空を飛びながらさけんでいます。
「右にハンドルを切ってください」
 大山さんが言われたとおりにすると、そこには新しい雲の道ができていたのでした。
「つぎは左です。そのまままっすぐ進んで!」
 細い危なっかしい道を通りながら、バスは無事にかみなり町のバス小屋に着きました。
 大山さんがほっとしていると、カーブミラーがおりてきて、あいさつをするのでした。
「わしは、空飛ぶカーブミラーじいさんですじゃ。かみなり町でバスの安全を守るために、交通安全局で働いていますんじゃ」
 さて、それから大山さんは、奥さんとカーブミラーじいさんの助けをかりて、かみなり製造局の人たちを安全に送迎するため、今日もおんぼろバスで雲の道を走っているのです。

秋野 竜胆(あきの りんどう)
54歳 公務員 鹿児島県西之表市
<受賞のことば>
 月に一度、自分で作った童話を子どもたちに紹介しています。反応はさまざま。迷ったり反省したり……。それでも、自分で楽しんでいます。このようなすばらしい賞を授けてくれたカラスに、感謝しています。

短評
 雨が降り、雷が鳴り、稲妻が走るとき、雲の上でこんなことが起こっているのじゃないかしら、と空想するだけでたのしいですね。情景、人物(特に大山夫人)がうまく描写されていて、空想に現実味を与えています。
(松岡 享子)


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