NASAでの宇宙研究― 次は地球上で新しいモビリティ社会を切り拓く

マーティン・シーアハウス

PROFILE

1989年
オランダから米国に渡りIBMに勤務。
1998年
アメリカ航空宇宙局(NASA)エイムズ研究所にて宇宙関連の研究に従事。
2010年
パロアルト研究所(PARC)のダイレクターに就任。
2013年
日産総合研究所シリコンバレーオフィスのダイレクターに就任。自動運転研究、コネクテッドカー研究、ヒューマン・マシン・インタラクション&インターフェース(HMI2)研究など、複数の研究チームを率いている。

研究の始まりは宇宙から

「NASAエイムズ研究所での宇宙研究が、自身の礎になっています」これまでの足跡を振り返るシーアハウス。彼が現在の日産での業務に結びつく研究を行っていたのはNASAでの研究員時代だという。NASAで最初に手掛けたのは、火星でのミッションをシミュレーションするためのコンピュータ言語開発だ。ミッションは、火星上の宇宙飛行士と自律探査ロボットと地球上の管制スタッフという三者が協働することで初めて成し遂げられる。ところが、異なる役割を持った複数の自律個体(マルチ・エージェント)が、火星と地球という遠く離れた地で協働しながらミッションを成し遂げるプロセスをシミュレーションできる技術は、当時は存在しなかった。シーアハウスが開発したコンピュータ言語はそのシミュレーションを可能にするもので、画期的なものであった。

「開発した言語は、エージェント間の対話や状況共有を行うシステムを構築するためのプログラミング言語としても使えるように研究を重ねました。この言語を用いて自律探査ロボット、地球上の管制室、火星居住基地のエージェントを構築。これにより、宇宙飛行士は地球上の管制室はもとより、自律探査ロボットや火星居住基地も含めたマルチ・エージェントと“対話”しながらミッションを遂行できるようになったのです」
この時開発した言語は、国際宇宙ステーション(ISS)の運用管制官の業務を自動化した自動管制システムにも使われているそうだ。

この宇宙を舞台にしたマルチ・エージェント研究が、地球上を走るクルマの研究へと広がりをみせていく。

宇宙から地球へ―日産の自動運転技術へ応用

「NASAに在職中は、人と自律ロボットが火星で協働して作業を行うための研究に取り組んできました。その地球版ともいえる自動運転研究をリードしてほしいという日産からオファーは、断りようがないほど魅力的なものでした。自動運転の分野において、人と自律ロボットが協働して作業をするというマルチ・エージェントの概念を生かせるわけですからね」

自動運転の世界とはどんなものなのだろう。
「自律ロボット同士が時速130kmで道路を並んで走るようなものです。火星にはまだ人はいませんが、地球には大勢の人がいますので、自動運転車は、歩行者、自転車、バイク、他のクルマなどに配慮しながら安全に走行しなければなりません。そのためには、自動運転車が周りの人やクルマの動きを把握したうえで、どう行動し、周囲とどう距離を取ればいいのかをクルマ自身が判断する必要があるのです」
これが周囲の人やクルマなどと“対話”をしながら安全に走るマルチ・エージェントの概念であり、自動運転技術のカギとなるものだ。

「自動運転車は従来のクルマとは異なった存在になります。単なる道具から自律的に道路を走行する、ドライバーにとってパートナーのような存在に変貌するでしょう。自動運転車と“対話”するということになりますので、その点でもマルチ・エージェントの概念が欠かせないと考えます」

もう一つ、宇宙開発の世界から自動車業界への転身を後押ししたことがある。それは、日産の研究者たちが同じ志を持っていると知ったことだった。「人間と自律システムがどう協働していくのかということに関して、私は自分なりの考えを持っていましたが、それは日産の研究者たちと同じでした。“モビリティは社会のためにある”というのが日産の姿勢です。だから私は日産で働くことを決意したのです」

なぜシリコンバレーで自動運転研究なのか?

自動運転車には、ソフトウエアと人工知能(AI)が欠かせない。それらの研究を行うのにシリコンバレーほどふさわしい場所はないとシーアハウスは言う。「NASAエイムズ研究所は、初めてロボットに自律システムを組み込んだ研究機関の1つです。また、2000年代の初めに世界中のAIの研究者がシリコンバレーに集結したこともあり、自動運転車にかかわる技術の多くが、シリコンバレーにある大学や企業で研究開発されています」

日産総合研究所シリコンバレーオフィスは、スタンフォード大学やカリフォルニア大学バークレー校との関係が深く、これらの大学と盛んに人財交流している。「日産のシリコンバレーオフィスからほど近いNASAとは、共同研究のパートナーシップを締結しています。さらに、シリコンバレーにあるさまざまな企業との共同研究の機会も豊富です。シリコンバレーに研究拠点を構えるということは、世界最先端の英知を結集して自動運転の研究を進めるうえで非常に重要な意味を持っているのです」

単にクルマを変えるのではなく、見据えているのは将来のモビリティ社会

「自動運転研究は、単にクルマを変えるだけでなく、モビリティ社会を一変させる無限のポテンシャルを持っていると考えます」
シーアハウスはオランダの北ホラント州で実施した研究プロジェクトの話を続けた。
「北ホラント州は、最先端の交通信号管制システムを持っていて、すべての信号が他の信号と情報をやり取りしながら、道路の混雑状況に応じて変わるタイミングを自ら調整します。我々は、このシステムのデータを利用して、信号の変わるタイミングを予測するという機械学習アルゴリズムをつくりました」
このアルゴリズムを活用することで信号を予測できれば、自動運転車は赤信号を避け、青信号のルートだけを選んで効率的に走行できるようになるのだ。

「さらに交通流を最適化するために、交通信号管制システムも自動運転車からの情報を受け取って信号を制御するのです。自動運転車が交通信号管制システムと連動すれば、渋滞に悩まされることも減るでしょう」と新しいモビリティ社会の探求に向けて話は尽きない。

いつでもどんな場面でもモビリティを利用できる社会を想像すると心が躍ると言う。「会社帰りに子供を学校へ迎えに行くようなとき、電車と予約したシェアカーがうまく接続し、職場から学校、学校から家へとスムーズに移動できるといった具合です。さまざまな公共交通機関や自動運転車や自転車などが切れ目なくつながったモビリティサービスは、大きな可能性を秘めており、これからの研究課題です。効率がよくスムーズでスマートなモビリティ社会が実現できれば、街は美しく整い、人が暮らしやすい未来空間になるでしょう」

終始明るい声で語るシーアハウス。その表情は将来のモビリティ社会を描く研究の楽しさと自信を示しているようだ。

(※2016年9月取材)

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