「その先」にある未来のタネを見つける

ルチアン・ギョルゲ

PROFILE

ルーマニア生まれ。バングラデシュ、米国、イスラエルなどに住み、
 
1998年に来日
 
2005年
神戸大学大学院 自然科学研究科 情報知能学専攻修了
2005年
日産自動車株式会社 総合研究所入所
以降、運転時の視界やドライバーアシストシステムの研究に従事
運転負荷計測のひとつとして、脳波を使った負荷測定に取り組む
2011年
EPFL(スイス連邦工科大学ローザンヌ校)にSTAとして赴任
同校にてBrain Machine Interfaceについて研究に取り組む
2014年
帰国後、脳計測から見たクルマづくりに貢献するチームを立ち上げる
2015年
総合研究所 SIRとなる
2016年
EPFL博士課程修了(理学博士)
※STA(Short Term Assignment)制度:アサインされたプロジェクトに応じ、限定した期間で海外へ駐在し、プロジェクトの達成に向けた職務に従事する海外派遣プログラム
※SIR(Senior Innovation Researcher)制度:社内外から研究者を広く集め、開発力強化や新技術の研究につなげることを目的とする日産独自の雇用制度。3年間の嘱託契約社員として社内外の優秀な人財を雇用する

クルマに新しい付加価値をもたらす新機軸を探して

基幹産業として日本の高度成長に貢献し、人々に豊かな暮らしや楽しみをもたらしてきた自動車産業は、今、大きな変革期を迎えている。高速道路の単一レーンでの自動運転技術を搭載した「セレナ」が、2016年に日本で発売となった。今後、市街地での自動運転技術の実現も視野に入っている。電気自動車に対する需要もさらに高まることが予想され、コネクテッドカーの技術開発も加速度を増している。
この十数年で急激に進化を遂げたクルマが次々と世に送り出されている中で、ルチアン・ギョルゲはさらにその先の未来を見つめ、手を伸ばしている。「私たちSIR(Senior Innovation Researcher)の役割は未来のクルマにどのような付加価値を提供できるのかを見出し、まだ誰も想像すらできないものを具現化することが使命なのです」

総合研究所に入社後、ドライビングプレジャーとセーフティドライブを両立させるための適応脳科学の研究に従事してきたギョルゲ。研究を前に推し進めるために社内の海外派遣プログラムを利用して、スイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)にSTA(Short Term Assignment)として赴任。帰国後すぐにSIRとなった。
SIRは成果を上げれば高額な成功報酬をもらえる一方で、成果を出せなければ契約を打ち切られる可能性もある。「研究にはいくつかのステップがあり、5年後にクルマに搭載される技術の研究や、10年先を見据えて商品化に向けた道筋をたてる研究などがあります。私の領域はその先。世の中にあふれている情報の中から本質をとらえ、それを柔軟にほかの情報と組み合わせながら、さまざまな結果を連想することで、課題を解決するためのアイデアを生み出していきます。ハイリスクハイリターンのSIRは、これまで誰も解けない課題に取り組み、未来のコミットメントターゲットを見出すことを求められます」

脳波から探り出す、クルマと人の“超”快適な関係

研究を通して目指している価値は変わらない。自身が18歳の時に初めて運転したフェアレディZで体感したドライビングプレジャーを、あらゆるドライバーに感じてもらうために未来のクルマをつくることだ。「クルマを運転することは楽しいのに、いま、その楽しみを知らない若者が多くなっていることに危機感を覚えています。ではドライビングプレジャーと安全・安心の確保を両立させるには、運転者をどのようにサポートすれば良いのか。そのひとつの答えが脳の働きを研究することでした。解決の道が見えた課題に対してはすぐに興味をなくしてしまう私ですが、ドライビングプレジャーの追求だけは長い間かかわっても飽きることがありません」と笑う。

「より良い運転環境を提供するためには、リアルタイムの脳の状態がわかれば良い」と考えたギョルゲ。「例えば車線変更をするとしましょう。ステアリング操作をして車線変更する前に、脳では状況判断、意思決定、操作準備などが行われているはずです。こうした各段階で関連する脳活動を特定、検出すれば、操作を行う前から適切にドライバーをサポートしてくれるようなシステムの構築が可能であると考えています。」

脳波の研究をさらに進めることで「自分でも自覚していないような快適さを探りあげ、『クルマと人の"超"快適な関係』も実現できるかもしれない」と、誰もまだ見えていない未来のクルマと人との新しい関係について「さまざまな可能性を見据えている」と話す。

世界中から人財を集めてチームを結成

「私はCatalyst(触媒)」。自分の研究者としての役割のひとつをギョルゲはこう表現する。外部の研究者に自ら声をかけて研究に巻き込み、内部のエンジニアを刺激しながら、最適な研究チームを構築してスピーディーな研究環境をつくるからだ。
必要とあれば、自分で海外に飛び、研究者や研究機関にコンタクトをとってチームに加わってもらっています。それがSIRとなった利点の一つ。通常は上司からいくつもの承認を得なければ話を進められないケースでも、副社長直轄のSIRは社外の人とも素早くタッグを組むことができます。見えないものを引き寄せて可視化できるところまでもってくるには、コンピテンシーのある人財が必要です。それを世界中から探せることは、研究にとってとても大きなプラス材料ですし、日産のネットワークを広げることにもなっていると思います」
アメリカ、カナダ、ドイツ、スペイン、イギリス、スイス、ギョルゲのチームは世界を股にかけて組織されている。外部の研究者ともチームメンバーのように同等の関係を保っている。そうすることで研究への思いや速度感を共有することができるからだ。「『この課題は解けるはずだ』と私が感じたチャレンジングなアイデアに共感して、響いて、動いてくれる仲間を集めています」

頭に浮かぶ未来と現実とを結ぶ技術を研究し続ける

「私が求めているのは、現状にプラスアルファした程度のイノベーションではありません。自動運転の先の時代を切り開くディスラプティブテクノロジーであり、新しい技術の転換点となりうるものです。将来的に実現する可能性を秘めているけれど、まだ現状の技術が追いついていないので、ひとまずフラッグを立てておくようなものもあります。ですからSIRテーマとしての研究成果を端的に言うとしたら、『脳科学を使って、将来の新しいクルマのカタチに資することができる一連の研究領域を特定できた』ということ。ここから先はさらに具体化するための研究チームに引き継ぐことになります。そして私は、未来に向けた研究にまた着手します」こう語り、遠い先を見るギョルゲの目が輝く。「私は未来のクルマをつくるためのアイデアが尽きることなく次々と頭に浮かんでいます。研究が実を結んで、新機軸のクルマや、これまでなかった付加価値を持ったクルマが生まれるのは遠い先のことになりますが、未来のそのまた未来を探るような研究からの知見が新技術の開発にもつながっていると感じています」

(※2017年5月取材)

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