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日産 童話と絵本のグランプリ
第32回(2015年度)入賞作品
第33回絵本の部・優秀賞

きのうみたゆめ
作・絵/細川 かおり


 ある日、絵の中のネコが、絵の外に出てきた。ネコはしばらく絵をながめていたが、それっきり、ネコは絵の中に帰ることはなかった。


 その様子を見ていた家のあるじは、
「やあ、絵の中のネコくん。きみはすっかり家の中のネコになりましたね。それではわたしも出るとしよう。ネコくん、留守番をたのみます」

 とっ とこ とこ

 あるじは、日課のさんぽを楽しんだ。


「はい、ダンさん。おかえりやす」
「おや、ネコくん。ちょっと見ないまに、ずいぶんまんまるくなりましたね」
「へぇ、ダンさん。わたし、これでも絵の中のネコですよって、ダンさんのごはん、いただかしませんよ」


「するとなんですか。きみはもう、絵の中へは帰れない、そういうことですか」
「そうでんねん、ダンさん。わたし、今までぺっちゃんこのとこにいたせいか、絵の外に出たとたんからだがぶう、ふくれまして、絵の中にはもう、入らしませんねん」


「なんてお気の毒なネコくん。それではきみが絵の中へ帰れるように、今のきみをわたしが絵に描いてあげよう」

 さら さら さら


 ネコは今日も家の中で、留守番をした。

  とっ とこ とこ

 あるじは、日課のさんぽを楽しんだ。


「はい、ダンさん。おかえりやす」
「おや、ネコくん。ちょっと見ないまに、ずいぶんまんまるくなりましたね」


「するとなんですか。きみはもう、自分のいるところに帰りたい、そういうことですか」
「そうでんねん、ダンさん。わたし、ここにおりましてもからだがぶう、ふくれるばかりで」
「その、きみのいう自分のいるところとは、あの絵ですか」
「へぇ、それがようわかりませんねん。わたし、それを確かめよう思て、あの絵を見るためあの絵の中から出てきたんですけど」
「それで、ネコくん。気に入っていただけました?あの絵はわたしが描きました」


「ダンさん、ダンさんには前々からいうたらなあかんとは思てました。いっつもなんちゅう絵、描かはりますねん。
 ダンさんて、わたしの知ってるミケちゃん、ハナちゃん、クロくんにミー坊、それにあのトラは、みなちがうネコやけど、ネコいうたらそれなりに、どれも似たようなもんですわ。
このわたしがネコなら、そのわたしを描いた絵も当然ネコやと、そない思いますね。
 ところが、ダンさんの描く絵はそうはいかん。あの絵のどこさがしても、ネコの子一匹おりません。
 そうこうするうちにぶう、からだはふくれる、もう、どないもこないもでけへんようになりました」


「ネコくん。きみはことばを読まないからわからないだろうが、あの絵には『ネコくん』と、きちんとことばで書いてある。ことばでそう書いてある以上、描かれた絵は『ネコくん』になる。
 ことばは実にうまくできていてね、ものを動かすチカラがある。たとえば、あの絵に『イヌ』と書いたなら、絵はイヌになるし、『トリ』と書いたなら、トリにもなるんだよ。
 あの絵の中にきみはいる。だから、安心してお帰りなさい」


 へぇ、知らんかった。知らんかった。わたし、今まで自分はネコやとばかり思ってた。その実、イヌでもトリでもあったんや。どおりでわたしを描いた絵に、わたしがいないはず。
 そんならわたし、こないなろ。今度あのトラにおうたとき、わたし、トラよりも先にトラになってやろ。日頃のしかえし、ぎゃふんと先制、ざまあみろ!
「そやけどダンさん。トラを描いた絵に、もし『ネコくん』と書いたら、トラが『ネコくん』になるんでしょ。そしたらわたしのごはん、トラがいただきますの?そんな殺生な。
 そういうたら、むかえのタマちゃん、あんたとこのダンさん、トラんとこのお嬢さんにちょっかい出してるいう話やで。ほんでちょいちょいトラにごはんやってるって、町内のもっぱらの噂やでぇ、いうとりました。



 ダンさんて、いうときますけどトラんとこは、うちとちごてお金持ちだっせ。トラは毎日ダンさんのごはんよりええもん食うとります。ただでさえつましい食卓に不平も並べず、空腹を友とするけなげな飼いネコほっといて、ダンさんも、なんでよその満腹にごはんやりますねんな。



 ダンさんこないだわたしの背中なでながら、ああ、顔というものに、識別以上のものを見るのは不道徳とかなんとかいうて、えらい泣いたはりましたやんか。
 ダンさん、わたしと何年いっしょにおりますねんな。なんぼトラを描いた絵に『ネコくん』と書いてあっても、わたしとトラの区別もつきませんのんか。
ああ、わたしのごはんは、わたしが食べたい。ああ、あのトラに、ごはんをやるダンさんが、だんだんトラに見えてくる!」

  ぎゃふん!!



「おはよう、ネコくん。よく眠れました?
夕べはごめん。ゴタゴタして、きみのごはんすっかり忘れてたーーはい、ごはん。
 おや、ネコくん。その顔どうしました?
またあのトラですか。今回ずいぶんハデにやられましたね。
 おや、ネコくん。どちらへ? ごはんは?ネコくん、ごはん。ネコくーん、ごはーん」



  とっ とこ とこ

 遠くの方で、顔を涙ではらしたあるじがわめいている。
「ダンさん、今回かなりの深手やで。大丈夫かいな。次から顔んとこに『美男子』と、きちんとことばで書いとかな。ほんま、しゃあないなあ」と、ネコは思う。



細川 かおり
52歳 訪問介護 大阪府大東市
<受賞のことば>
文字通り「きのうみたゆめ」を作品の形にし、苦難と至福とを堪能しました。それほど好きではないネコに導かれて、今ではすっかりネコ好きになりました。実際に飼いたいところですが、私は私の知らないうちに既にネコを、心の中に飼っているのでしょうね。この度は賞を賜り、何よりこの現実が夢のようです。

短評
卓越した技術に支えられた繊細な絵に評価が集まりました。しかし絵本として考えると、これは誰に読ませたい物語なのだろうと首を傾げてしまいます。物語の世界が、絵の魅力ほどの輝きを放っていないことが残念です。
(富安 陽子)


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