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日産 童話と絵本のグランプリ
第33回(2016年度)入賞作品
第33回絵本の部・優秀賞

かげふみ
作・絵/岩田 三郎

 


老人は夢を見ている。

ひとり歩いている“少年”の夢だ。


“少年”は、いつも一人で歩いていた。

大阪に居る、
ここには居ない“家族”に会うために。

2才半からはじまった、祖母との疎開生活は
戦争が終わった今も続いていた。


木登りも、魚獲りもできなかった。
いつまでも田舎のくらしに馴染めずにいた。

だから

“少年”は、いつも一人で居た。


大阪から家族が来ることはなかった。
片方が短かめのズボン、底がうすくなったゴム草履は
夏だけのものでなかった。


夏休みの朝。
小学校の裏手にある、くぬぎの下。
強い日差しが濃い影をつくっていた。

おとなが胡坐をかいているように見える影。
“少年”は、ひざのあたりに座って樹を見上げた。

昨日あったことを、父親に話しているように。


人気ひとけのない午後の小さな公園で、“少年”は時を過ごした。
ギシギシと軋むシーソー。
母親は、いとも軽々と昇ってしまった。

「痩せてたなぁ。よう5人も産めたもんや。」
祖母にきいた、母親の印象だった。


学校の目の前にある書店には
ドリルを買ってもらう時だけ、祖母と入れた。
「少年画報」「冒険王」「少年」
ピカピカの表紙が見下ろしていた。

不思議なことに
本のことで、幼い日の記憶が残っている。
兄の机の上の金文字の背表紙を汚して叱られた時のことだ。


田舎の駅でも、午後5時ごろは
たくさんの列車が通りすぎる。
大阪へ向かうのにも、大阪から来たのにも
都会の匂いがした。

“少年”は、朝来た道を
すこしまわり道をして帰った。
祖母との無口な時間が待っている家へ。


“少年”が祖母と住まわせてもらっている小屋は
母の姉夫婦がいる母屋のはずれにあり、畑仕事に使う
トラクターが置かれている納屋の横にあった。

月明かりの下、“少年”は
トラクターに、姉と弟を乗せて遊んだ。

母屋からは、
明るい話し声と、元気な赤ちゃんの泣き声が聞こえた。
“少年”にも、妹が生まれたことを、祖母から教えられた。


老人はのろのろと目を覚ました。

この頃、なぜ同じ夢を見るのだろう。


小学4年生の2学期から、20才までを
“少年”は、大阪の家で家族と暮らした。
祖母は・・・“少年”がいくつの時に亡くなったのだろう。

大阪での日々。
ここでも、一人砂漠の中のシンキロウを
追いかけていた気がしている。


老人は、浅いまどろみの中にいる。

色とりどりのシルエットが重なりあっている。
元気な息づかいが伝わってくる。
「じぃ 遊ぼ!」
「早く!」


5才、2才、6才、8才、
楽しげに、鉢植えに水をやる影の主を追いかけてくる。
口々に話しかけてくる。

「次は、わたしにやらせて!」

「じぃの影踏んだ!」

「もっと水、強くしてよ!」

「じぃ 大丈夫?」
いちばん年上の男の子は
あの“少年”と同じ年だ。


突然、影がうずくまる。

呼びかける声を聞いた。


老人は、深い森の中にいた。

闇の重さを、心地よく感じていた。


岩田 三郎
76歳 イラストレーター 大阪府羽曳野市
<受賞のことば>
「絵本を描きたい」と、これまで何作かトライしてきましたが、今回、こんな名誉ある賞に出会えるなんて夢のようです。「かげふみ」は、自分のこどもの頃のできごとをベースに何度もバージョンアップを積み重ねてきた愛着のあるものです。悲しい時代の話ですが、今となっては、ひたむきに「家族」を求め続けたある少年のこころのファンタジーだと思っています。

短評
老人の夢の中にあらわれる、かつての少年。少年は、いつも一人で歩いています。孤独な少年が描かれるのに、その画面は、意外にもあざやかで、なつかしい。老人の現在が満ち足りたものだからでしょうか。
(宮川 健郎)


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