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日産 童話と絵本のグランプリ
第33回(2016年度)入賞作品
第33回童話の部・大賞

こめとぎゆうれいのよねこさん
作/えばた えり

 ぼくのうちに、こめとぎゆうれいのよねこさんがやってきた。
 ある夜、よねこさんは、台所の勝手口をトントンとノックしてから、スーッとドアを通りぬけて入ってきた。そして、小さな声でいった。
「明日のこめ、といだか?」
 よねこさんは、前かけをしたおばあちゃんのゆうれいだ。おはかでゆっくり休んでいればいいのに、おこめをとぐために、町中のあちこちの家にあらわれる。なんだか、ぼーっとしてねむそうだし、ゆうれいだから顔色がわるい。
 ぼくのうちに、よねこさんがやってきたのは、はじめてだった。ちっともこわそうなゆうれいではないのだけれど、ぼくの足はガタガタふるえていた。お父さんとお母さんの足もやっぱりふるえていた。
 お母さんが、かのなくような声をしぼりだして答えた。
「まだです」
 このとき、よねこさんに「もうおこめはとぎました」とか、「今夜はとがなくていいです」なんて答えては、ぜったいにダメだ。もしそんなことをいおうものなら、その家はよねこさんにたたられてしまうという。町の人ならだれでも知っていることだ。友だちのつよしくんがいうには、よねこさんのこめとぎをことわった人は、いまだだれひとりとしていないそうだ。
 シャッ、シャッ、シャッ。
 シャッ、シャッ、シャッ。
 よねこさんは手ぎわよくおこめをとぐと、だまってドアを通りぬけて帰っていった。
「あ、ありがとうございます」
 お母さんはよねこさんのせなかに向かって、おれいをいった。ゆうれいにしては、あっけないほどで、ぼくはひょうしぬけしてしまった。

よねこさんは、どうしたわけかうちが気に入ったらしい。それから毎晩かならずやってきて、おこめをといでから、なにごともなく帰っていった。
 そのうち、ぼくたち家族は、よねこさんがくることにすっかりなれてしまった。たいてい、晩ごはんを食べおわって、みんなでテレビをみてくつろいでいるころ、よねこさんはあらわれた。
「明日のこめ、といだか」
「まだです。お願いします」
 ぼくとお父さんとお母さんは、声をあわせて返事をした。よねこさんがおこめをとぎおえて勝手口のドアの向こうへ消えるときには、かならず三人でおれいをいって見送った。

 けれども、しばらくすると、ちょっとこまったことになった。
 よねこさんが、いつも、すいはんきのおかまいっぱいに、おこめをといでくれるものだから、ぼくたちは毎日ごはんをたくさん食べるはめになってしまったんだ。たまにはラーメンやスパゲッティも食べたかったけど、ぼくたちはがんばってごはんを食べつづけた。そして、ついには、おやつまで毎日でっかいおにぎりになってしまった。
 そのうち、ぼくもお父さんもお母さんもおなかが出てきた。おにぎりのようなまん丸顔になったお母さんは、よねこさんがといでくれたごはんをのこすわけにはいかないっていうんだ。
「よねこさんに、もうしわけないだろう」
 やっぱりまん丸顔になったお父さんもそういうけど、ほんとは二人ともよねこさんにたたられるのがこわいんだ。もちろん、ぼくだってこわいさ。しかたがないので、ぼくたちは毎日毎日いっしょうけんめいごはんを食べつづけた。

 ぼくは近所の教会の牧師さんに、よねこさんのことをそうだんに行った。
「さまよえるたましいならば、すぐにしずめてごらんにいれます」
 牧師さんは自信まんまんだった。けど、よねこさんは、たださまよっているわけではないよなあ。おこめをとぎにきてるんだ。
 お寺のお坊さんには、おふだを台所にはるようにすすめられた。よねこさんが入ってこられなくするためだそうだ。こうかはバツグンだっていうけど、そんなことしたら、よねこさんにわるいよ。
 神社の神主さんのところへ行ったら、おはらいをしてくれるっていうんだ。でも、そしたら、よねこさんはどうなるのかな。どこかへふきとばされてしまうのかなあ。そんなのあんまりだよ。よねこさんは、わざわざおはかからおこめをとぎにくる、はたらきもののゆうれいなのに。

 家に帰ると、ちょうどいなかのおばあちゃんから、でんわがかかってきた。ぼくはおばあちゃんに、よねこさんのことを話した。
「そうさな。よねこさんは、家族のごはんのことをいつも心配していたんだね。むかしは大家族だったから、おこめもたくさんとがなくちゃならなかったんだよ。そりゃあ、大仕事さ。寒い時期には水が冷たくてね。手がこごえたもんだよ。おばあちゃんにもおぼえがあるよ。よねこさんは、家族みんなにおなかいっぱい食べさせてあげたくて、いっしょうけんめいおこめをといでいたんだねえ。朝からいそがしくて、ゆっくり朝ごはんを食べるひまなんて、なかったのかもしれないね」
 おばあちゃんはでんわ口のむこうで、しばらく考えこんでいた。
「よねこさんを朝ごはんにさそったらどう?おなかいっぱい、ゆっくり朝ごはんをたべてもらったら」
 そうだ。そうしよう。さすが、ぼくのおばあちゃんだ。さっそくぼくはお父さんとお母さんにそうだんして、よねこさんを朝ごはんにさそうことにした。
 その夜、ぼくはおこめをといでいるよねこさんへ声をかけた。
「よねこさん、よかったら明日いっしょに朝ごはんをたべませんか」

 ゆうれいのよねこさんが、朝あらわれることができるのか、ぼくは気になって、なかなかねつけなかったけど、次の朝、よねこさんはちゃんとやってきた。そして、ごはんをペロッと食べたんだ。およそゆうれいらしくない食べっぷりだった。
「よねこさん、おかわりしてください」
 お母さんが、両手をさし出した。
「よねこさんにといでもらったおこめなんだから、たくさん食べてくださいね」
 お父さんもおかわりをすすめた。
「みなさんのごはん、たりるかしら?」
 よねこさんは、ぼくたちの食べる分を気にしていた。
「いっぱいあるからだいじょうぶだよ」
 ぼくがそういうと、よねこさんは少しはずかしそうに、おちゃわんをさし出した。
 けっきょく、よねこさんはごはんを三ばいおかわりした。
「こんなにゆっくり朝ごはんをいただいたのは、初めてよ。もうおなかいっぱい。ありがとう」
 よねこさんがよろこんでくれて、ぼくたちはうれしかった。
 その夜から、ピタッと、よねこさんはおこめをとぎにこなくなった。
 しばらくして、ぼくもお父さんもお母さんもおなかがへっこんだ。

あれから、よねこさんは、町のどこの家にもあらわれなくなった。こめとぎの心配なんかせずに、おはかでゆっくり休んでいるといいなあ。ぼくはそう思うんだけど、つよしくんはちがうんだ。
 つよしくんにはお兄ちゃんが二人いて、つよしくんをふくめて三人ともすもう部に入っている。すもう三兄弟だ。だから、つよしくんちは、ごはんをうーんと食べるんだ。よねこさんがおこめをとぎにきてくれて、大助かりだったそうだ。またきてもらえるように、こんど、みんなでよねこさんのおはかまいりに行くんだって。
「こめとぎは、よねこさんの生きがいだからね」
 つよしくんのいうことはぜったいにへんだ。ゆうれいに生きがいって、ひつようないだろ。
 ぼくはあきれたけど、だまっていた。
 そうだ。よねこさんがうちへきたら、またいっしょに朝ごはんを食べよう。
 おにぎりのおやつもたまにはいいかな。

えばた えり
45歳 主婦 秋田県由利本荘市
<受賞のことば>
アイディアが浮かんでからほぼニ三日でこのお話の骨格ができあがりました。物語がひとりでに動き出しどんどん広がっていくようでした。それを必死に追いかけてことばにしていく作業は、とても快感で幸せなものでした。応援してくれた家族に感謝します。すばらしい賞をありがとうございました。今後とも精進していきたいと思います。

短評
はじめの数行で惹きこまれました。「ぼく」の思いを重ねながら、両親、祖母、そして幽霊のよねこさんまで、その言葉や行動が短い表現であたたかく無駄なく、とらえられて見事です。友人の存在も、なかなかいいですね。
(あまん きみこ)


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