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日産 童話と絵本のグランプリ
第33回(2016年度)入賞作品
第33回童話の部・優秀賞

ひょうくりと踊る夏
作/疋田 中

 あっちゃんのじいちゃんがいない夏は、たいくつだ。
 あっちゃんのじいちゃんは泳ぐのが得意で、梅雨が終わると誰よりも早く川に入って遊んでた。いろんな川遊びを教えてもらったけど、中でも俺が気に入っているのが、飛び込みだ。
 うちの地区を流れる川はそんなに深くないけれど、一か所だけカーブして深くなっているふちがある。
「ふちは急に深くなっとるから危ないが、そこにふちがあると知って、危ない場所と知ってれば、そんなに怖いとこじゃない」
 そう言って川岸から飛び込んで、水しぶきをあげるんだ。気持ち良さそうに。
 この飛び込みは、うちの地区の小学生にとって大切な儀式だ。怖がって飛べないまま高学年になってしまうと、すごくばかにされる。
 だけど家の二階くらいの高さの川岸に立って、暗くて底の見えないふちを覗き込むのはかなり怖い。しかも、今から自分がそこに飛び込むのだと思うと、足がすくんで動けなくなる。
 そうして動けなくなった小さな俺のとなりで、あっちゃんのじいちゃんは飛べるまで一緒にいてくれた。ガサガサして熱い手を俺の背中にあてて、何にも言わずにじいっと待っていてくれた。
 はじめは怖くてたまらなかったけど、背中の手から勇気が送られてきてるようで、なんだか飛べるような気がしてきた。そして、あっちゃんのじいちゃんが俺の背中をぽんぽんって軽く叩いたとき、俺は思い切ってジャンプした。
 そこからはほんの一瞬で、気がついたら水の中。ざぼっと川から顔を出したら、あっちゃんのじいちゃんがにっかり笑って見ていてくれた。それから飛び込みは、俺の一番好きな遊びになった。
 だけど、そのじいちゃんは春に死んじゃって、もういない。だから、今年の夏はたいくつなんだ。
 それでもいつの間にか時間は経っていて、もうすぐお盆になる。だから俺のたいくつの上にゆううつが積み重なって、すっごく嫌な気分。
 お盆の何が嫌かって言うと、盆踊りがあることだ。
 踊るのはまあ嫌いじゃないし、暗くなってから友だちと会えるのはなんだか特別な感じがするから、盆踊りの練習は嫌じゃない。
 だけど、俺はうちの地区の盆踊りが嫌いだ。
 だって『ひょうくり』が出るから。
 『ひょうくり』って言うのは、うちの地区の盆踊りに付き物のお化けの仮装をした踊り手のことで、踊りの上手な地区のおっちゃんら五人くらいがやる役だ。
 仮装して踊るくらい怖くねえよ、ってクラスのやつは言うけど、本物を見たらそんなこと言えないと思う。
 だって、ぼろぼろの着物を着たおかめとかひょっとこが、くねくね踊りながら暗闇から出てくるんだ。やたら陽気に動きまわるし馴れ馴れしく人に近寄るくせに、ひとこともしゃべらないのが不気味なんだ。
 そんなのと一緒に踊らなきゃいけないから、俺は盆踊りが嫌い。だけど、仮装が怖くて盆踊りに行かないなんてかっこ悪いから、仕方なく参加する。
 夕方、早めにごはんを食べて、近所の友だちと一緒に公民館に行く。いつもは何もない公民館の広場には木でやぐらが組まれていて、周りにぐるっと巻かれた赤と白の幕がお祭りって感じだ。
 やぐらの上の方には提灯がつけられているけど、夏の夕方はまだまだ明るいから電気はついていない。
 それでもだんだん空が暗くなり、一番星を見つけた。二番星はどれだ、あれは三番いやあっちが三番、と騒いでいるとやぐらの提灯がぽんと明るくなった。
 広場の四隅につけられたライトもスイッチが入って一気に明るくなると、マイクがピーガガガっと鳴った。
 やぐらに登った区長さんがマイクを持ってもごもごあいさつしてるけど、何を言ってるかよくわからない。誰も静かに聞いたりしないから、ざわめきにかき消されてよけいに聞き取れない。それでも一応はじまったことになるみたいで、気の早いおっちゃんたちは「かんぱーい!」とビールを飲み始めている。
 区長さんがいなくなるとやぐらの上に三人の人が登る。三味線を弾くばあちゃん、歌を歌うソウ兄、太鼓を叩く俺の父ちゃんだ。父ちゃんは別に上手くはないけど、にぎやかしぐらいにはなってると思う。
 しばらく三人がばらばらに弾いたり歌ったり叩いたりしてから、ソウ兄が「えー、じゃあはじめます」って言って横に置いたラジカセのスイッチを入れた。
 いよいよ本当に盆踊りがはじまった。
 最初の曲は、問題ない。はじめはまだ『ひょうくり』が出てこないから、安心して踊れる。
 その次もまだ、大丈夫。一番踊りのうまいじいちゃんが公民館でお酒を飲んでるから。
 それから二曲、扇子の踊りが続く。扇子踊りは難しいから、俺たちは踊らずに公民館のまわりで遊んでる。
 二つ目の扇子踊りが終わると、子どもたちがぞろぞろ集まってくる。俺も一緒に広場で輪になって、踊りに使う手ぬぐいをポケットから出したとき、ハッと気がついた。
 踊りのうまいじいちゃんがいない。気をつけてよく見てみると、はじめからずっと踊ってたおっちゃんもいないし、他にも何人かいない気がする。
 そのことに気がついたとたんに心臓がどきどきして怖くなってきたけど、もう曲が始まってしまったから逃げられない。
 いつ来るだろう。もう後ろにいたりして。
 踊りながら振り向いてみたり、公民館の明かりが届かない暗がりをちらちら見てみるけれど、何もいない。
 振り向くたびに何もいなくてほっとするけど、いつ出てくるのかわからないからどきどきもして、変な気持ち。それでもだんだん踊りが楽しくなって、暗がりが気にならなくなってきた。
 周りもみんな楽しそうに盛り上がっていて、もう今日は来ないんじゃないかな、と思ったとき。広場の端がざわざわして、小さい子がぎゃーっと泣き出した。
 出た。『ひょうくり』だ。
 広場を照らす明かりがうっすら届く道路の向こう。コンクリートの塀と古い家の間の暗がりから、ぬうっと現れたのはひょっとこのお面だ。頭に巻いた手ぬぐいをゆらゆらさせて、ぼろぼろの着物を着て猫背で歩いてくる。
 その後に出てきたのは、戦隊モノのヒーローのお面をかぶって女物の洋服を着た男。いかつい体でぴょんぴょん飛び跳ねて、小さい子を泣かせている。
 それからお腹の大きいおたふくのお面。詰め物でぱんぱんになった浴衣のお腹を突き出してよたよた歩き、目に付いた人にお腹をすりつけては悲鳴をあげさせている。浴衣は女物なのに、はだけた足元にはなぜかふんどしが見えている。
 他にも元の体型がわからないくらい着ぶくれて頭にズタボロの布をかぶった人や、河童の着ぐるみを着て顔だけ真っ黒に塗りつぶした人も出てきて、ゆらゆら踊ったり大げさな動きで人に絡んだりしている。
 そんな『ひょうくり』たちが踊りの輪に加わったから、小さい子たちはぎゃーぎゃー泣いて大騒ぎだ。
 運良く俺の近くには来なかったから、ほっとひと安心して踊り続けた。ときどき近くを踊り過ぎていく『ひょうくり』にどきどきしながら、なんとか絡まれることなく踊っていた。
 あと少し。もう少しで曲が終わるぞ、と思ったそのとき。ぽん、と背中に手が置かれる。
 とうとう来た、と体が固まった。全身を撫で回されるのか、手をつないで無茶苦茶に踊らされるのか、今年はなにをされるんだ、と身構えていると、背中の手がぽんぽん、と優しく動いて、そして離れていった。
 そんな優しい『ひょうくり』は知らないからびっくりして振り向けば、俺の横をひらりと通り過ぎていく白い影。にっこり笑った翁のお面をつけた人影が、暗がりに消えていく。
 その後ろ姿にハッとして呼び止めようとあげた手を誰かがそっとつかむ。振り向くと、あっちゃんのお父さんが首を横に振っている。
「『ひょうくり』が誰だかわかっても、声をかけちゃいけないよ。仮装を見破ってしまうと、帰ってきてる人たちがいなくなってしまうからね」
 いつの間にか曲が終わって、ぞろぞろと暗がりに帰っていく『ひょうくり』たちを見ながらあっちゃんのお父さんが言った。
「……来年も、来てくれるかな」
 俺が聞くと、あっちゃんのお父さんはうーん、とうなる。
「どうかな。楽しいことが好きな人だったからね。楽しそうにしてたら、来てくれるかもね」
 そうだといいな、とあっちゃんのお父さんは眉を下げて笑う。
「だったら」
 優しく叩かれた背中が、熱かった。
「だったら、俺、来年はすっげえ練習頑張る。『ひょうくり』になれるくらい練習して楽しい盆踊りにするから。そしたら、また一緒に踊れる、かなあ」
 背中の熱が移ったのか、目元にじわっと広がる熱を手ぬぐいでぬぐって俺が言うと、あっちゃんのお父さんはまた、そうだといいなあ、と返事した。

疋田 中
29歳 主婦 福井県福井市
<受賞のことば>
振り返ってみれば、賞をいただくのは中学生のとき以来です。それもそのはず、このところ何かに真剣になることも無かったのだから、当然でした。今回、思い切って書いた話でこのような賞をいただけたことを励みにして、中学生に返った気持ちで、いろいろなことに挑戦していきたいと思います。このたびは本当に、ありがとうございました。

短評
お盆の夜、お面を被り、お化けの仮装で踊るひょうくりたち。そこにスルリと紛れ込む、あの世からの客。設定や筋立にまだ課題は残るものの、夏の夜の切なく深い闇の気配が伝わってくる、味わい深い一編でした。
(富安 陽子)


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