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日産 童話と絵本のグランプリ
第33回(2016年度)入賞作品
第33回童話の部・優秀賞

ピョンタとあっくん
作/なつの ひるね

『これは、大変なことになったぞ。』
 ピョンタは、長い耳の付け根をみんなに見つからないようにさわりました。こまった時、つい耳をさわってしまうのは、ピョンタの悪いくせです。誰にもばれないように、こっそりさわって、気持ちをおちつかせるのです。
 ピョンタはうさぎのぬいぐるみです。あっくんが生まれたその日にパパがデパートからこの家につれてきてくれました。ピョンタという名前も、その時にパパがつけてくれたものです。名付けられた時は、ちょっと簡単すぎるじゃないかと腹がたちましたが、あっくんがその名前を呼んでくれるようになってからは、わりと気に入っています。
 ピョンタとあっくんはいつも一緒でした。あっくんがまだ赤ちゃんの時は、ずっと隣にいました。ご飯をすわって食べるようになると、あっくんのいすにも一緒にすわりました。おまるにすわるときも、あっくんはピョンタをはなしませんでした。あっくんがいつもつかむからピョンタの耳はすっかりぼろぼろでちぎれそうです。そんな耳がまだちゃんとついているかどうか気になって、ピョンタもついついさわってしまうのでした。
 あっくんが四才になって二階の子ども部屋でねるようなってからも、いっしょにねむるのはピョンタの大切なお仕事でした。こわがりやのあっくんは、ピョンタをまいばんぎゅっとだきしめないとねむれないのです。ねぞうのわるいあっくんは、眠っている間はピョンタの上にのってきたり、けっとばしたり…。耳をつかまれて放り投げられたこともありました。ピョンタの目の前でおならをされた時は、さすがにもうやめたいと思いました。
 でも、すやすやとねむるあっくんの顔をみていると、ピョンタはやっぱりとてもうれしい気持ちになるのでした。
 『大変なこと』が起こったのは、さっきの朝ごはんの時でした。あっくんが「今日からはピョンタなしで、一人でねる」とパパに宣言したのです。
『そんなことできるわけないよ!』
 ピョンタはさけびましたが、その声は届きません。ママがいたら、きっと反対してくれるのに…とピョンタは思いました。でも三日前からママは家を留守にしています。こんな時に限っていないんだから!とピョンタは泣きそうになりました。パパはピョンタなんて簡単な名前をつけるくらいだから、何も考えていません。あっくんも大きくなったねとか何とか言うだけでした。ピョンタはパパをにらみましたが、もちろん気づいてもらえません。あっくんは鼻の穴を大きくふくらませて、トーストをかじっています。ピョンタは耳をポリポリさわるのをやめられませんでした。
 その夜のことです。
「おやすみなさい。」
 あっくんが二階に上がっていくと、ピョンタは心配で心配で、いてもたってもいられない気持ちになりました。夜一人で目が覚めてしまい、怖くなってわんわん泣いていた去年のあっくんの姿が思い出されてなりません。
 ピョンタは一人でずっと耳の付け根をポリポリポリ…ポリポリ…ポリポリ…ポリポリポリ…三十回ほどポリポリして、決心しました。
『あっくんのベッドに行こう。きっと一人で泣いちゃっているよ。』
 パパは、まだリビングで誰かと電話をしています。こちらには気づいていません。
『よいしょ。』
 ピョンタは、生まれて初めて自分の足で立ち上がりました。おっとっと。なかなかうまく立っていられません。
『うわあああ。』
 テーブルからすてんと落ちて、床にどすんとしりもちをついてしまいました。
『あいたたた。ほねがあったらおれているところだよ。』
 それからピョンタはそーっと歩きだしました。音をたてないようにぬき足、さし足、忍び足。でも途中で、そんなことしなくてもぬいぐるみの足は足音なんか鳴らないと気付きました。ぬいぐるみの足もなかなか便利です。
 ろうかに出ると、二階へ上がる階段はすぐ目の前です。ピョンタは階段をのぼりはじめました。いつもはあっくんが二階に連れていってくれるのに、今日は一人きりです。小さいピョンタには階段の一段、一段が自分の背たけくらいあります。一段ずつ、背伸びして前足をかけて、鉄棒をするようによいしょっと飛び上がります。それから、なんとか後ろ足を上の段にひきずりあげます。一段上がるたびに大きく深呼吸して、ちょっと一休み。
 九段ほど上がったところで、何気なく下を見下ろして、ピョンタはふるえあがりました。まるでがけのようです。それから、上を見て、今度は泣きそうになりました。二階はまだまだ先です。それでも、ピョンタはあっくんの部屋に行かなければならないのです。
 どれくらいの時間がたったのでしょう。最後の一段に前足をかけた時、ピョンタの体はすっかり汚れてしまっていました。階段にたまったほこりやごみがピョンタのあちこちにくっついてしまっています。何度もはらいましたが、汚れはおちません。この姿をあっくんに見せるのは、ちょっとはずかしいなとピョンタは思いました。でもそんなことを言っている場合ではありません。よいしょっと飛び上がり、あっくんの待つ部屋へ急ぎます。
 こわがりやのあっくんはいつもドアをあけてねます。今夜も、やっぱりドアは開いていました。部屋からはオレンジのうすい明かりがもれています。もぞもぞとベッドの上を転がる音が聞こえました。ピョンタがベッドまでトコトコと近づくと、思った通り、あっくんは眠れずにいるようです。泣くのを必死でがまんしているのでしょうか。時々ふるっと背中がゆれます。下からのぞくと、あっくんは目をつむったまま、歯をぎりぎりかみしめていて、なんだか変な顔になっていました。
『やっぱり、ぼくがいないとだめなんだ。』
 ピョンタはあっくんのベッドによじ登りました。それから、いつもどおり、あっくんのとなりにもぐりこみました。あたたかいあっくんの胸に鼻をおしつけます。
 カーテンが風にそよぎ、月の光がちらちらと二人を照らしました。そして、なみだではれたあっくんの目がぱちりと開きました。
「あれ。ピョンタ。」
『そうだよ。ぼく、あっくんのためにここまで来たよ。また、一緒にねようよ。』
 ピョンタは前足をバタバタふりました。
 あっくんはいつもの夜と同じように、ピョンタをぎゅっとだきしめました。ピョンタも幸せな気持ちであっくんをだきしめました。
「ありがとう、ピョンタ。」
 ピョンタはうれしくなって、あっくんをぎゅっ!!
 ところが…それからあっくんは信じられない事を言い出したのです。
「ぼく、夢を見ているんだね。ピョンタ、夢の中にまで出てきてくれたんだね。」
『え??夢じゃないよ。』
 ピョンタはあわてました。こんなにがんばってここまで来たのに、夢だと思われてしまってはたまりません。でも…。
「ぼく、ちゃんと一人でねむれたんだね。」
 そう言うと、あっくんは本当にうれしそうな顔で笑い、それからピョンタを強くだきしめました。ピョンタは泣きそうになりました。夢じゃないよ。夢なんかじゃないよ。なんとかそう伝えようとあっくんの顔を見上げます。すると、いつものように静かに目を閉じるあっくんの顔が見えました。そのうれしそうな顔を見て、ピョンタは動くのをやめました。
 夜の静けさがあっくんの部屋を満たしていきます。やがて、あっくんの寝息が部屋に静かにひびき始めました。
『おかしなことになっちゃったな。』
 このままここで一緒にねていれば、あっくんもこの夜の出来事が夢じゃなかったと気づいてくれるでしょう。そして、その時こそやっぱりピョンタがいないとだめだとわかってくれるでしょう。でも…ピョンタはあっくんに鼻をおしつけながら考えます。
『でも、さっきのあっくん、本当にうれしそうだったな。』
 すっかりこまってしまったピョンタは、耳をポリポリポリ。耳が取れてしまうんじゃないかというほど悩みます。ポリポリ…ポリポリ…ポリポリ…ポリポリ。
 夜空がうっすら白く明け始め、鳥達のさえずる声が聞こえ始めました。ピョンタは静かにベッドをぬけ、一階に降りていきました。
 その日の夕方、やっとママが帰ってきました。両手で、小さな小さな赤ちゃんを抱えています。おかえりなさいとさけんで、あっくんはお母さんにとびつきます。それから、ピョンタのところに走ってもどってくると、いつもとちがって、耳をつかまず、大事そうに持ち上げました。そして、そおっと、そおっと、赤ちゃんのとなりにねかせました。
「ピョンタ、今までありがとう。今日からはこの子と一緒にねてあげてね。」
 あっくんが一人でねようとしていたわけがピョンタにもやっとわかりました。
『あっくんは、お兄さんになったのか。』
 そうつぶやいたピョンタの声は、あっくんには届きません。でも、照れくさそうにふふふと笑うあっくんの顔は、昨夜の半べそをかいていた顔とは全然ちがって見えました。
 ピョンタの隣で、赤ちゃんが目を覚ましました。不思議そうな目でピョンタにそろそろと手を伸ばしてきます。その姿は、初めて出会った時のあっくんにそっくりでした。伸ばした小さな手を見ていると、あっくんとのたくさんの思い出がピョンタの胸にあふれてきて、とれかけた耳がふるふるっとゆれました。
『あっくんはお兄さんになったんだね。』
 ピョンタはもう一度つぶやきました。

なつの ひるね
37歳 教育関係 京都府木津川市
<受賞のことば>
今回このような名誉ある賞に選んでいただきました事、心より感謝しています。元来あまり素直でない性格の自分にとって、童話というのはどこか距離を感じるジャンルでした。しかしこのように評価していただけた事で、その距離にこそ面白みを感じるようになりました。これを励みに、より一層精進していきたいと思います。ありがとうございました。

短評
お兄ちゃんになったので大切なものを弟妹に譲る話はあるのですが、この作品は譲られるぬいぐるみの兎視点で書かれた面白さがあります。ぬいぐるみの心情を丁寧に掬いとり、素直に表現された二重の喜びに拍手です。
(あまん きみこ)


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