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日産 童話と絵本のグランプリ
第27回(2010年度)入賞作品
第28回童話の部・大賞 (※掲載している作品は受賞時点のものです。出版作品とは異なる場合があります。)

ぐうたら道のお師匠さん
作/瀧下 映子

 四月の、日曜日の午後だった。
 窓ごしの日ざしはあたたかいし、お昼ごはんの後でおなかはふくれているし、真由はいい気持ちだった。
 真由は、リビングのソファに座布団を置いて寝ころんだ。
 このソファは、家を改築中の親せきから、しばらくの間だけ、あずかっている物だった。あわいオレンジ色で、ちょっと小ぶりの二人がけ。小学五年生の真由が寝そべると、ちょうどすっぽりおさまるので、真由は気に入っていた。
 リビングの真ん中には、大きなローテーブルがあり、かなり場所をとっている。かべぎわには、テレビとパソコン。窓の横にもたながある。たなの上には、写真立て、造花のブーケ、三十センチくらいの、白いまねきねこ。
 こういう部屋に、小さいとは言っても、ソファを置いたので、リビングは、以前よりもきゅうくつに見えた。
 真由がウトウトしていると、お母さんの声がとんできた。
「あんた、午前中も、だらだらテレビを見てたじゃない。遊びに行ってきたら?」
「だって、ひとみちゃんは塾だし、みほちゃんはピアノ教室に行ってるんだもん。」
「公園に行けば、だれか友だちがいるかもよ。」
「めんどうくさい。昼寝してるほうがいい。」
「ぐうたらな子ねえ。ねこじゃあるまいし。」
「ねこだったらいいなあ。一日中、ぐうたらしてても、文句を言われないしさ。」
「バカらしい。出かけないなら、留守番をたのむわ。お母さんたち、買い物に行くから。」
 両親が車で出かけるのを、真由は、げんかんで見送った。
(これで、のんびりできる。さ、昼寝の続きをしようっと。)
 ところが、真由は、リビングの入り口で立ち止まった。
 ソファに、白いねこがすわっている。
 ねこは、真由を見た。と、思ったら、いきなりしゃべりだした。
「不用心ですわね。窓が開いていましたわ。」
(── しゃべってる。ねこが。)
 真由は、つっ立ったまま、ねこを見つめた。
「わたくし、先ほどの、あなた方のお話をうかがっておりました。失礼ですが、あなたもお母様も、ぐうたらの意味をおわかりになってらっしゃらないわ。ですからね本当の『ぐうたら』のやり方を教えてさしあげたいんですの。いかが?」
「は、はあ。」
 真由は、そう言うのがやっとだった。
 ねこは、前足でヒゲをなでて、話を続けた。
「実は、わたくし、ぐうたら道の、師匠のお免状をもっているんですの。」
「ぐうたら道? それ、何?」
「ぐうたらするためのお作法ですわ。茶道や華道というものがありますでしょ。それと同じです。ねこが、ぐうたらしていても、文句を言われないのはなぜだと思います? ぐうたらしている姿が美しいからですわ。あなたも、美しくぐうたらなされば、お母様も許して下さいますわよ。」
「美しい、ぐうたら……。」
 真由は首をかしげた。さっぱりわからない。
「まず大切なのは、環境です。ソファも日当たりも、申し分ありません。特に、このソファ。すてきですわ。わたくし、以前から、すわりごこちをためしてみたかったんですの。ただ、おしいことに、これがねえ。」
 ねこは、前足で、座布団をたたいた。
「ペチャンコですわ。ふっくらさせませんと。日に当てましょう。」
 そう言って、真由をじっと見た。「え。あ、ああ。ほせばいいのね。」
 真由は、座布団を、窓ぎわの日なたへ置いた。
「代わりの物はあります? クッションとか。」
 クッションは真由の部屋にあるが、最後にほしたのはいつだろう。きっとペチャンコだ。(そうだ。ベランダに、みんなのまくらがほしてあったはず。)
 ベランダに出てみると、まくらは、どれもあたたかく、ふんわりしていた。
 真由がまくらをソファに並べると、ねこは目を細めた。
「なかなか、よろしいですわ。本当は、ゴブラン織りやレースのついたものが理想ですけれど。ぐうたらに使う道具は、美しくなくては。美しい物を見ると、心がおだやかになりますでしょ。それが、ぐうたらには重要なんですの。それから、」
 ねこが、テーブルの上に目をやった。読みかけの新聞や雑誌が、放り出してある。
「少し、ちらかっていませんこと?」「ああ、まあ、そうだね。」
 真由は、新聞をたたみ、雑誌は、たなにしまった。
「これで落ち着きますわ。さて、次はおめざです。あなた、おめざって、ごぞんじ?」
 真由は、首を横にふった。ねこは、『そうだろう』と言うように、うなづいた。
「寝起きに、ちょっとつまむ、おやつですわ。目が覚めた時、クッキーがあったらすてきでしょ。さ、作りましょう。」
「えっ。わざわざ作るの? クッキーなら、きのう買ったのがあるよ。」
「このごろの食べ物には、農薬だの保存剤だのが入っていますでしょ。ホームメイドが一番です。めんどうがっていては、だめ。手間をかけてこそ、極上のぐうたらを味わえるのです。キッチンは、こちら?」
 ねこはソファから軽やかにとびおり、となりのキッチンへ入って行く。真由は、あわてて追いかけた。 ねこは、冷蔵庫の上にのぼると、てきぱきと用事を言いつけた。
「小麦粉を、ふるって下さい。」
「卵は、なめらかにかき混ぜて下さいね。」
「おさらも出しておきましょう。もちろん、上等な、美しいおさらを。」
「かたづけも、きちんとね。散らかったままでは、落ち着いてぐうたらできませんもの。」
 ねこは、自分はすわったままで、次々に指示を出す。
 真由は、言われるままに材料を混ぜ、のばし、型をぬいた。生地を天板に並べ、オーブンに入れる。お客さん用の、バラ模様のおさらも用意した。
「さあ、焼き上がるまでの間、ぐうたらのおけいこをしましょう。」
 ねこは、リビングにもどってソファにとびのった。すわったまま、クイッと体をひねる。体の上半分は横を向き、下半分は正面という姿勢だ。
「美しい寝姿を作るおけいこですわ。まわりの方たちが見とれるような優雅な姿でくつろぐのが、正しいぐうたらですからね。」
 真由は、ゆかの上で、ねこのかっこうをまねてみた。首や背中が引っぱられる。
「うう、きついよ、この姿勢。ヨガみたい。」
「お若いのに、なんてかたいんでしょ。やはり、おけいこしなくてはいけませんわね。さ、次は、こう。」
 四本足で立ったねこは、前足をふんばり、後ろに重心をかけた。ねこ式の背のびだ。
 真由も四つんばいになって、グーンと背中をのばした。これは気持ちがいい。
「これで体がリラックスして、健康的なぐうたら状態になるのですわ。自然に、まぶたが重くなってまいりますでしょ。」
 そう言いながら、ねこは寝そべり、本当に目を閉じた。鼻が、ヒクッと動く。
 クッキーのあまいにおいが、ただよってきた。真由は、においを吸いこんだ。
「いいにおい。もうすぐ焼けるね。」
「かおりというものも、ぐうたらには大切な要素ですわ。すてきなかおりにつつまれると、幸せな気分になりますもの……。」
 ねこは、だまってしまった。おなかが、規則正しく、上下している。
「え、ねむっちゃったの? ちょっと、ねえ。」
 ピピッ。ピピッ。 オーブンが鳴った。クッキーが焼けたのだ。
 真由はキッチンへ行くと、オーブンからクッキーを取り出し、一枚、食べてみた。
「うん。おいしい。おーい、できたよ。」
 真由は、ねこに呼びかけた。
 返事がない。
 真由は、リビングをのぞいた。ソファには、まくらが並んでいるだけ。
「どこへ行ったの。おーい、ねこさーん。」
 部屋を見回しても、ねこの姿はない。
「あれ?」
 ソファとまくらの間に、まねきねこがころがっていた。いつも、たなに置いてあるまねきねこだ。
 真由がたなを見ると、そこには、まねきねこはなくて、ねこがかかえていたはずの小判だけが残っていた。
 真由は、ソファのまねきねこを拾い上げた。
「白いねこ……まさか?」

「ただいまあ。」
 げんかんで声がして、買い物ぶくろを下げたお父さんとお母さんが帰ってきた。
「お、いいにおいだな。クッキー作ったのか。」
「あら、テーブルの上、かたづいてる。まくらも取りこんでくれて。ありがとう。あのまま、ぐうたらしてると思ったら、いろいろやってくれたのね。ちょっと、真由。何してるの?」
 真由は、バラ模様のケーキざらにクッキーを取り分け、たなにのせたところだった。おさらの前には、まねきねこがすわっている。
「真由ったら、まねきねこに、おそなえ物?」
「ぐうたら道の授業料だよ。」
「は?」
「いいの、いいの。さ、クッキーを食べよう。」

瀧下 映子(たきした えいこ)
43歳 会社員 静岡県島田市
<受賞のことば>
 「あくび指南」という落語を聞きました。あくびのやり方をおけいこする話です。「ぐうたら」も、立派なおけいこごとになるのでは、と思い、この作品ができました。大きな賞をいただき、ありがとうございます。

短評
 「ぐうたらするためのお作法」を白猫に教えられる──なんとユニークな着想でしょう。古風な言葉使いの猫と真由とのやりとりが絶妙で、この楽しい舞台に大きな拍手です。ただ、タイトルはもう一工夫ほしい気がします。
(あまん きみこ)


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