| 第27回童話の部・優秀賞一席 |
あやとユキ
作/いながき ふさこ

あやは東京の子だ。でも戦争がはじまって、町にばくだんが落ちるようになったから、子どもたちはみな、いなかにそかいすることになった。
あやもそうだ。お父さん、お母さんと別れて、ばあちゃんとくらすことになったんだ。
ばあちゃんの家は、大きな山のふもとにあるかやぶきの古い家だ。中はとても暗くて、いろりからは、まきのこげたにおいがする。
でも、ばあちゃんの畑でとれた野菜はとてもおいしい。あやは東京でいつもおなかをすかせていたから、いもでも大根でも、思うぞんぶん食べられるのがうれしかった。がりがりだった体が少しふっくらして、背だってのびたような気がする。
春がきて、つくしが顔をだし、桃の花がさいた。
「さあ、おかいこさんをはじめようかね」
ある日ばあちゃんは言った。
「おかいこさん。何それ、どんな遊び」
「遊びなんていったら、ばちがあたるよ。おかいこさんは神様みたいな虫なんだから」
ばあちゃんはまじめな顔で、大きなざるをえんがわに干しはじめた。
「まずあやには、くわの葉をおぼえてもらわねばなんねえな」
ばあちゃんはあやをうら山につれていき、一本の木を指さした。
「これがおかいこさんのまんまだ」
「この葉っぱを食べるのね」
「そうだよ。ほかの木の葉っぱをやると、おかいこさんは死んでしまう。だからこの形をよおくおぼえておくんだよ」
「うん」
あやはぎざぎざときれこんだくわの葉の色や形を目にやきつけた。
次の朝から、あやのしごとがはじまった。
「あや、くわの葉をとってきておくれ」
あやははりきって、昨日見た葉っぱをかごにどっさりつんできた。
「これでまちがいないかしら」
「うん、それでいい。さあ、これから次郎さんのとこに行って、おかいこさんを分けてもらってくる。せんそうがはじまるよ」
「せんそう?」
あやはちょっとこわくなった。
「あはは。じょうだんだ。おかいこさんの世話は、それぐらい本気でやらないといけないってことさ」
ばあちゃんは大きな口をあけてわらった。
初めて見るおかいこさんは、あやが思っていたよりずっと小さくて、弱々しかった。
「こんなに小さな虫なの」
「これから大きくなるのさ。あやががんばってくわの葉をあげれば、どんどん大きくなるよ」
ばあちゃんが「せんそう」といったのは、まんざらじょうだんでもなかった。それぐらい、おかいこさんの食欲はすごかった。はじめは少しずつだったのが、体が大きくなるにつれて、食べる量も速さもどんどんましていく。あやは一日に何度もくわの葉をとりに行かなければならなかった。でも、自分があげた葉っぱを、おかいこさんがもりもり食べるのが何よりうれしかった。
たくさんいるおかいこさんの中で、一匹だけ、ほかよりも成長のおそいものがあった。
「おまえ、ちゃんとごはん食べてる」
あやはその小さなおかいこさんが心配になって、葉っぱをやるときはいつも気にした。
「大丈夫。まえより大きくなってるわ」
あやはそのおかいこさんにユキという名前をつけた。雪のように白いから、ユキだ。手のひらにのせてそっとなでてみると、ちょっとひんやりしていて、やわらかい。たくさんある足を動かすので、こちょこちょされているみたいでくすぐったい。
「ユキ、もっと大きくなるんだよ。私がついているから大丈夫」
ばあちゃんはあやがおかいこさんをかわいがるのを見て目を細めていたが、ひとつ、心配なことがあった。ばあちゃんがおかいこさんをかうのは、かいこのまゆを売るためだった。畑仕事では手に入らない、お金を得るためだった。そのうちにおかいこさんを手放す日がくることを、あやに話しておかねばならない。
「あや、おかいこさんはこのあとどうなるか知ってるか」
「ちょうちょになるのかな」
「ああ、最後は白いがになる。でもその前に口から白い糸をはいてまゆをつくる。その中でさなぎになるのさ」
「そうなの。すごいね」
「でも、わたしらが世話をするのはまゆになるまでだ」
「え。ちょうちょになるところ、見られないの」
「そうだ。まゆになってからは、べつの人が世話をするからな」
ばあちゃんがきっぱりと言ったので、あやは何も言い返すことができなかった。
季節は夏に移っていった。ある朝あやが葉っぱをやっていると、すっかり大きくなったユキが口から白い糸をはいている。
「ユキ、おまえ、まゆをつくるの」
あやはうれしいような、かなしいような、自分でもよくわからない気持ちになった。小さかったユキがここまで成長してくれたのはうれしい。だけど、まゆになれば、もうユキのすがたを見ることはできない。
「ユキ、ゆっくりでいいのよ。ゆっくりで」
でもユキは糸をはき続けた。もうまゆになったほかのおかいこさんに、必死においつこうとしているかのようだ。
その日の夜、あやはねる前にもう一度、ユキを見にいった。ユキの体のまわりにはもう、うっすらとまゆができはじめている。ユキは体を大きくゆらしながら糸をはき続ける。だれもユキをとめることはできない。これが最後だ、とあやは思った。
「ユキ、こんなに大きくなって、よかったね。わたしがあげた葉っぱ、いっしょうけんめい食べてくれてありがとう」
あやの涙がひとつぶ、くわの葉に落ちて光った。
その晩あやは夢を見た。「あやちゃん」とよぶ声がする。声のする方をむくと、おかっぱ頭の女の子がほほえんでいる。
「あやちゃん、遊ぼう」
「うん」
その子があまりにうちとけた様子なので、あやもつい、すなおに返事をした。
女の子は手にもっていた白い毛糸で、川のかたちをつくった。
「これ、とれる」
「もちろん。わたし、あやとりとくいよ」
二人はむかいあって、糸をとりあった。おもしろいかたちができると、顔を見合せてわらった。
「ここ、あったかいね」
「そうだね」
二人のまわりは、うすぼんやりと明るい、白い布でかこまれている。
あやとりがおわると、女の子はいった。
「あやちゃん、たのしかったね」
「うん、たのしかった」
「わたしたち、いつかまたきっと会えるよ」
女の子の顔がぼやけていく。
「まって。なまえをおしえて」
そこで夢はおわった。
やがておかいこさんは全部まゆになった。ばあちゃんはそのまゆを一つ一つていねいにはこに入れていく。
「葉っぱはいいの」あやはたずねた。
「もう、いいんだよ。あやのおかげでお腹いっぱいだって。ありがとう、っていってるよ」
それでもまだ、あやは心配そうにまゆを見つめている。
「一つ、のこしておくかい」
「いいの。一ぴきだと、おかいこさんがさみしがるから」
あやは、まゆになったユキをそっとなでた。
夏のさかりに戦争は終わった。東京に帰るあやに、ばあちゃんは一枚のくわの葉を手わたした。あやはそれを、大事にノートにはさんだ。
あやは二十歳でお嫁さんになった。真っ白な花嫁いしょうは絹で織られていた。それはどっしりと重いのにやわらかく、ひんやりしているのにあたたかかった。まえにもこんなふうに、白い布であったかくつつまれたことがある、とあやは思った。でもそれがいつのことだったかは、もう、思いだせなかった。
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いながき ふさこ |
短評 |
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