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日産 童話と絵本のグランプリ
第25回(2008年度)入賞作品
第25回童話の部・大賞 (※掲載している作品は受賞時点のものです。出版作品とは異なる場合があります。)

鉄のキリンの海わたり
作/あさば みゆき

 鉄のキリンのじいさんが果てしない海の旅へでかけたには、ワケがあった。
 港町で、じいさんは一番の鉄のキリンだった。じいさんの港には、鉄のキリンが十匹いた。ぜんぶじいさんの子供だった。おくさんはとっくの昔、サビからくる病気で亡くなってしまった。しかし、こどもたちはみんな仲良く港で働いていた。鉄のキリンたちは、そのがんじょうな首で、船から港へ荷をうつすのが仕事だ。じいさんはその中でも、一番たくさんの荷物を運び、一番たくさんの人間に「ありがとう」と言われてきた。こどもたちはじいさんのようになりたいと、とてもじいさんを尊敬していた。
 しかしある日、じいさんは、その昔のおくさんのように、自分の体にサビがあがってきたことに気がついた。それは、これまでと同じに働くのはもうむずかしいことを、じいさんに教えてくれた。足腰は痛むし、関節はギシギシ鳴った。じいさんは落ち込むことが多くなった。こどもたちは心配したが、なぐさめる方法がみつからなかった。そんな時だった。男の子が、じいさんの背中にのぼってきたのは。

 じいさんは、背中にのぼってきた男の子にとてもおどろいた。こんな小さなこどもが起きている時間ではなかった。
「こんばんは、キリンのおじいさん。ぼくをかくまってもらえませんか」
 男の子はとても礼儀ただしくあいさつした。じいさんはそれだけで、このきれいな目をした男の子を好きになってしまった。男の子は貧しい村のこどもで、人買いに買われてきたのだった。けれど連れてこられたこの町で、親方の寝たすきに逃げ出した。
「ぼくはお船で、おかあさんのところへ帰ります」
「そういうことなら、朝に船が動き出すまで、わたしの背中でおやすみなさい」
 しかし、そこへ親方の声がひびきわたった。親方は、とうとうキリンのじいさんの首に、男の子を見つけた。親方がじいさんの背中にのぼってこようとしたので、じいさんはいそいで首をもちあげた。それからいそいで海の中へかけこんだ。すると、親方はじいさんのしっぽにつかまったまま海にしずんで、おぼれかけた。
 じいさんは男の子を首にのせたまま、遠い海原を見つめた。
「わたしはこの子と海に出るぞ」
 おどろいたのは、親方よりも、じいさんのこどもたちだった。「およしなさいよ」「サビちゃいますよ」みんな口々にじいさんをとめたが、もうじいさんの目は、キラキラと輝いていた。
「神様が、この子を、親のふところに返してやれと言っているのだ」じいさんのいう神様は、じいさんの善いこころや、善いおこないのかたまりのことだ。じいさんは、この神様に逆らったことはなかった。だから、キリンのこどもたちは、もうじいさんとの別れを覚悟しなくてはならなかった。
 男の子を長い首にのせて、じいさんはうまれたときからずっと過ごした港町を離れた。暗くておもたい夜の海は、ざっぷざっぷと波うって、じいさんのサビかけた足をぬらした。キリンのこどもたちの涙と、親方のどなり声が、じいさんと男の子を見送った。

 太陽がのぼってふたりの真上をとおりすぎ、また沈み、そうしていくつもの朝と夜がすぎていった。じいさんのひざまでしかなかった海が、今は首のまんなかで揺れていた。
「おじいさん、おかあさんは、もっとずっとむこうの島にいるのです」
「わかったよ。かならず帰ろう」
 じいさんはギシギシいう足を、休めることなく進んでいく。
 そうして、ふたりが旅にでてから、もうどれくらいかわからなくなった。海の青と空の青と、そしてときおり気まぐれな渡り鳥が横切っていくほかは、なんにもなかった。ある一日、とうとうじいさんは、立ちつくした。じいさんが長い長い足でつま先立ちしても、長い長い首を伸ばしても、もうじいさんの頭のてっぺんしか見えなくなってしまった。波は男の子のお尻をぬらしていた。
 ふたりはとほうにくれた。戻ろうにも、じいさんの足はサビでうごかなくなってしまったし、海の中の体は、真っ赤なサビでおおわれている。
「おじいさん、みてください」
 男の子がさけんだ。海の青と空の青のあいだに、ひとすじの白い煙が立ち上っていた。蒸気船だ。

 船長さんはびっくりした。なにせ、大海原のまんなかに、少年がぽっつりと座っているのだから。
 船長さんは双眼鏡をおろして、「左舷四十五度へまっすぐ!」とさけんだ。
 蒸気船はぐんぐん男の子に近づいた。
「おーい! キミはいったい、こんなところでなにをしているんだね」
「こんにちは、船長さん。ぼくは、鉄のキリンのおじいさんに、おかあさんのところにつれて帰ってもらうところなのです」
 船長さんが、男の子のおしりの下をのぞいてみると、なるほど、真っ赤にさびた鉄のキリンが、波の下に首をのばして立っていた。「ふしぎなこともあるもんだ」船長さんは立派なヒゲをなでつけながら、なんどもそうつぶやいて、そして、男の子に、自分の船にお乗りなさいとすすめた。キリンのじいさんも、そうだ、そうしなさいと、固まりかけた首をふってうなづいた。じいさんは、もう自分の力では、男の子を家まで送ってあげることができないことを知っていた。
 男の子は、船長のおろしたハシゴをのぼりながら、大きななみだのツブをこぼした。
「おじいさん、ぼくはきっと、ここにもどってきて、おじいさんをぼくのおうちまで連れていってあげます」
 キリンのじいさんも、同じくらい大きななみだをこぼした。
 蒸気船は汽笛を鳴らして、そして、しだいに遠ざかっていった。船は、男の子を連れて行ってしまった。
「まったく、わたしも港にもどりたいものだ」
じいさんはつぶやいたが、もちろん、それは叶わぬ夢だった。じいさんの足は、もう海の底の岩のようにはりついて、一歩だって動かない。しかし、じいさんは満足だった。男の子は、きっと、おかあさんの胸にとびこんで喜びのなみだをながすだろう。そしてもうちょっと大人になると、キリンのじいさんのことなんか忘れてしまうにちがいない。
 ひとりきりになって、はじめの夜がきた。
話しかける相手のいない、とてもさびしい夜だった。カモメ一匹だって通らなかった。朝がくると、じいさんは太陽に話しかけた。空を横切っていく雲や、ときおりやってくる夕立にも声をかけた。しかし、だれひとり、じいさんの話し相手になってくれるものはなかった。いく晩もすぎるうち、じいさんはしだいに無口になっていった。じいさんは、首をギシギシいわせて、水の中にちゃぷんと頭をつけた。

 さて、男の子はどうなったろう。もちろん、無事におかあさんのもとへたどりついた。おかあさんは、わが子をかたく抱きしめた。船長さんは親切で、男の子に仕事をくれた。あの蒸気船で、そうじをしたり、食事をつくる仕事だ。船乗りになった男の子は、月に一度はおかあさんのところに帰ってきて、たくさんの異国のおみやげをプレゼントする。
 そしてーー、鉄のキリンのじいさんのことは、もちろん、忘れていなかった。でも、海原をどんなにながめても、じいさんを見つけることができなかった。男の子は、大人になっても、港町で一番かわいい奥さんをもらっても、そしてこどもがふたりうまれても、ずっとキリンのじいさんを忘れることはなかった。あの蒸気船は、船長さんから受け継いで、いまや男の子(もう男の人だけれど)のものになった。男の子はふたりのこどもを船に乗せて、海を渡るあいだ、キリンのじいさんを探す係りに任命した。こどもたちはピカピカの双眼鏡で、どっちがさきにじいさんを見つけるか競争した。
 じいさんの故郷の港と、男の子の港をむすぶ航路を、もう何往復したかわからない。双眼鏡は手汗がにじんでピカピカではなくなった。こどもたちは、海間をじっと見つめるのに飽きていた。しかし、先に産まれた方のこどもが、「あっ」と声をあげ、ふたりはデッキから海をのぞきこんだ。
 すると、どうだろう。波の下に、あの鉄のキリンのじいさんが、すっくと立派な様子で立っている。海底にはりついたじいさんの足には、色とりどりの海草がはえ、魚が陽気に右へ左へおどっている。日の光にかがやく泡を小魚たちがとおりぬけ、じいさんの背中の巣へもどっていく。首筋にはえたイソギンチャクはゆらゆら揺れて、まるでじいさんのたてがみのようだ。じいさんは、声をたてて笑っていた。サビだらけのじいさんの体は、もうぴくりとも動かすことはできなかったが、じいさんはとても幸せそうだった。
 男の子はじいさんの許しをもらって、その首に特大のランプをくくりつけた。たとえ夜でも、男の子は近くを通るたび、蒸気船の針路をそのランプにぴったり合わせた。そして、じいさんへのあいさつを欠かすことがなかった。じいさんはいつ来ても、魚やイカや、ときにはクジラなんかとも遊んだのだと、幸せそうに笑っていた。

あさば みゆき
28歳 主婦 神奈川県横浜市
<受賞のことば>
 今年出産して、息子のためのお話をつくっていきたいと思い筆をとりました。とてもすばらしい賞をありがとうございます。これからも優しい気持ちになれる童話を書いていきたいと思っております。

短評
 男の子を乗せ海を歩く鉄のキリンが鮮やかに浮かびます。引き締まった文章もいい、枝葉を刈りとった展開もいい、そこでキリンと表現したものの実体を一言入れてはどうでしょうか。ラストシーンの豊かさは見事でした。
(あまん きみこ)


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