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日産 童話と絵本のグランプリ
第24回(2007年度)入賞作品
第24回童話の部・大賞 (※掲載している作品は受賞時点のものです。出版作品とは異なる場合があります。)

春になったら開けてください
作/増井  邦恵

「やった!また、当たったわ」
 宅急便の荷物を受け取って、ごきげんなお母さんの声が、玄関に響いた。
「今度は、なに?」
「なにかしら」
 お母さんは、ちょっと首をかしげている。
 箱の大きさは、ちょうどメロンぐらいだ。
「早く開けてみて」
 ぼくは、ぜったいにメロンと決めつけて、口の中に甘いつばがたまった。
 お母さんは、どんなシールも引き出しに貯めて、せっせとハガキを書いている。
 懸賞に応募するのが趣味だ。
「ま、いいか。開けてみよっと」
 ぼくは、ワクワクして箱の中にあるはずのメロンを待った。
「なに、これ?」
 箱の中には、大きな缶がひとつ入っていた。
「なんだ、メロンじゃあないのか」
 ぼくは、がっかりした。
「なにかな?」
 ぼくは持ち上げて、缶に鼻をくっつけてクンクンした。
「匂いはしないね」
 お母さんは、箱のなかの紙を読み上げた。
「『春になったら開けてください』だって」
 この前、節分の豆まきをしたばかりで、まだまだ寒い毎日だ。
「ねえ、春っていつ?」
 大きな缶を見ながら、ぼくは聞いた。
「まだまだよ」
 ぼくは、まだあきらめきれずに、これはフルーツの缶詰だと思った。
 お父さんは会社から帰って来るなり、にんまりして言った。
「これはカニ缶に決まっている。大きいから丸ごと一匹入っているんだな」
『春になったら開けてください』の紙を手に、
「あ、そうか、春が食べ頃なんだ」
 と、納得したようにうなずいた。
 その日の夕食は、缶の中身のことで、はなしが盛り上がった。
 お母さんは、春の美味しいものを、いろいろと思いめぐらせていた。
「なにが入っているか、楽しみだわ!」
 ぼくは、また聞いた。
「春って、いつなの?」
「そりゃ、会社に新入社員が来たらさ」
 お父さんは、真新しいスーツを着た若い人をみると、春だなって思うと言った。
「やっぱり、さくらが咲いたらよ」
 お母さんは、さくらが満開になると毎年、花粉症が治るからだ。
 ぼくは、おばあちゃんに電話をして聞いた。
「そりゃ、お彼岸だよ。暑さ寒さも彼岸まで、と言ってね」
 電話の向こうで、おじいちゃんの大きな声が聞こえた。
「ふきのトウが出たら春さ。ありゃ、天ぷらにしたらうまいぞ」
 みんな、春への思いがちがう。
「この缶は、小さい春の贈り物ね」
 お母さんは、大事そうにリビングの飾り棚の上に置いた。

 三月の日曜日、今日はポカポカ陽気だ。
 お母さんは、庭でバラの手入れをしている。
 お父さんとお母さんが、結婚の記念に植えたバラの木で、もう八才だ。
「やっと若葉が出てきたわ」
 お母さんは、葉っぱに虫がついていないか、ていねいに一枚づつ見ていた。
 エメラルド色のアリマキっていうやつは、バラの若葉が大好物らしい。
 五月の結婚記念日には毎年、見事に咲いていたけど、去年は虫にやられてしまった。
「今年は、大丈夫かしら」
 お母さんは、バラの根元に肥料をやっていた。
 その時、
「あっ、そうだ!これだったんだわ」
 お母さんは、なにかを思い出してリビングにとんで行った。
 そして、あの缶をとり上げた。
「なにか音がするわ」
 お父さんは、読んでいた新聞をおいて立ち上がり、缶に耳をあてた。
「本当だ、ガサゴソ音がするぞ」
「そうだ。『春になったら開けてください』だった」
 ぼくは、缶のことをすっかり忘れていた。
「よし、開けるぞ」
 息をひそめぼくは、お父さんの手もとをじっと見た。
 缶の中は、枯れ葉と朽ちた木が、いっぱいつまっていた。
 小さな音がした。
「枯れ葉を取ってみて」
 お父さんは、おそるおそる手を伸ばした。
「あー」
 朽ちた木の中から、赤地に七つの黒紋のテントウ虫が飛び出した。
 お母さんは、手の上にそっとのせて言った。
「ナナホシテントウ!」
 缶の中で、冬眠していたんだ。
「わあ、すごいや。何十匹もいるよ」
 ぼくは、冬眠からさめる瞬間を見て、興奮していた。
 お父さんは、ナナホシテントウを手の上にのせて、庭に出た。
 すると、立てた指の先にのぼって、パァと飛び立った。
「おてんとうさまを目指して飛んでいくから、テントウ虫っていうんだ」
 お父さんは、ちょっぴり得意げに言った。
「子供の頃、飛ぶのがおもしろくてね、つかまえてはよく遊んだもんさ」
 お母さんは、バラの肥料についていたシールで、『幸せをよぶ虫プレゼント』に応募したのだった。
「すっかり忘れていたわ」
 ナナホシテントウは、バラの木につくアリマキが大好物なんだって。
 ぼくも、目覚めたばかりのナナホシテントウを手の上にのせてみた。
「わーい、コチョコチョ歩いた」
 ぼくは、おてんとうさんを目指して、飛んでいくナナホシテントウを見上げた。
「すごい!」
 缶の中身はメロンでも、カニでもなかったけれど、みんな気分はウキウキだった。
 バラは、まだかたい蕾だ。
 ナナホシテントウたちが、バラの木にとまっている。
「ちいさな花が咲いた」
 ぼくの家の小さな庭に、ようやく春がきた。

増井  邦恵(ますい くにえ)
59歳 主婦 兵庫県西宮市
<受賞のことば>
 日常の出来事を膨らませて書きました。ナナホシテントウ虫がわが家に幸せを運んでくれたようです。受賞は、家族みんなで喜んでいます。素晴らしい賞をありがとうございました。

短評
 春への期待が父母、祖父母と違っていて、読者も「自分にとっては?」と思いがふくらむ。それに缶を開けたらナナホシテントウムシがぱっと飛び立つというのも、巧みな構成と感心した。春がつまった暖かい作品だ。
(向川 幹雄)


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