| 第24回童話の部・優秀賞 |
ごめいわくください
作/ながい くみこ

おばあさんは、さくら色のびんせんを、一まいビリリとはがしました。びんせんに顔をちかづけたりはなしたり、いつもとかってがちがい、手紙一まい書くのもたいへんです。
「『いつも、ごめいわくおかけしまして』……。さあて、これでよし! あら、もう三時になる。ゆうびんやさんが、ポストにくるころだわ」
書きなおした手紙を買い物かごに入れると、おばあさんは、いそいで出かけました。
さて、テーブルにおかれたままの、書きまちがえたびんせんは、どうなったでしょう。しめわすれたまどから風にまきあげられ、庭の上をふわふわとんでいき、かきねをこえ、その下のほうにひっかかってしまいました。 そこへ、耳がしょぼんとたれさがったうさぎが、ためいきをつきながら、むこうからやってきました。かきねの前までくると、びんせんが目にとまりました。
「『いつも、ごめいわくください』だって!めいわくがほしいのかな? ほんとかな?」
うさぎは、しんじられないとでもいうように、もう一回、またもう一回と、読みました。
「でも、世の中には、めいわくをほしがっている人もいるかもしれない。ぼくのめいわくをもらってくれるかも……」
うさぎは、ちょっとばかりうれしくなり、たれていた耳がぴんとのびました。
「おや、なにかうちにごようですか?」
買い物をして帰ってきたおばあさんは、家の前で、ぴょこぴょことびはねているうさぎを見つけました。
うさぎは、どうしようかとまよいましたが、このおばあさんなら、めいわくをもらってくれそうな気がしました。
「あの……、こんなことをたのんで、ほんとうにごめいわくと思います。わたしの歌をきいてもらえますか?」
「歌だって?」
「なかまのうさぎたちは、わたしが歌うと、『おいしいにんじんがくさる』といって、めいわくそうな顔をします。歌がだいすきで、自分ではまあまあだと思っていたのに、すっかり自信をなくしました。ほんとうに、どれくらいひどい歌なのか、きいてもらえますか?」
おばあさんは、とつぜんのことで目をまるくしました。でも、うさぎの歌なんて、なんだかおもしろそうです。
「いいよ。わたしでよければ。庭のベンチにすわってきくことにしようかね」
うさぎは、きんちょうしたのでしょう。コホンとせきばらいをして、歌いはじめました。
「♪
♪」 歌っているうちに、体を気もちよさそうにゆすりだし、耳はだんだんピンク色にかがやいてきました。
おばあさんは、歌のいみはわかりませんでしたが、きのう、ひるねをした野原にいるような、ほかほかした気もちになりました。そういえば、あのときも、こんな歌がきこえてきたような気がします。うっとりして目をとじました。野原じゅうにさいていた、タンポポが目にうかんできます。
「やっぱりひどいですか? 『タンポポはおいしいなあ』っていう歌なんですが」
うさぎは、しんぱいになってたずねました。「ふふふ、そんなことないよ。とってもいい歌だねえ」
うさぎは、うれしさでもっと耳がピンク色になり、思いきって、めいわくをあげてよかったと思いました。
「また歌いにおいで」
おばあさんは、心からそう思いました。
おばあさんが、かごから、買ってきた牛乳やパンをとり出したときです。げんかんのベルが鳴りました。ドアをあけると、小さな男の子が立っていました。
「あの……。このネコを野原でひろったんだ。ひとりぼっちでかわいそうだったの。ぼくが大きくなるまで、あずかってくれる? お母ちゃんが、アパートでかうと、みんなにめいわくをかけるって……」
男の子のむねの中で、生まれたてのわた毛のような白ネコが、マスカット色の目で、おばあさんをじっと見ていました。ぶるぶる、小さくふるえています。
おばあさんは、びっくりしましたが、むかしかっていたネコを思い出しました。マスカット色の目がよくにています。
「それじゃあ、あんたが大きくなるまでね」
男の子の目が、うれしそうにわらいました。
「ときどき、会いにきてもいい?」
「いいよ。あんたのネコだもの」
男の子は、ぎゅっとネコをだきしめると、おばあさんにあずけて帰りました。
「さて、あの子が大きくなるまで、あと何年かかるかねえ。長生きしなくっちゃ。ふふふ」
おばあさんは、男の子のうしろすがたを見おくりながら、くすりとわらいました。
「ニャー」
ネコは、おばあさんのうでの中で、もも色の舌をちろっと見せて鳴きました。「よろしく」とでもいっているのでしょうか。
おばあさんが、ネコに牛乳をやっていると、げんかんのベルがよわよわしく鳴りました。
「あれあれ、こんどはだれだろう」
ドアをあけると、足もとから気分がわるそうな声がします。下を見ると、よろよろっと今にもたおれそうな野ネズミがいました。
「あの……、ごめいわくとは思いますが、これをもらってくれますか?」
ネズミがさしだしたのは、おばあさんが、きのう、野原でなくしためがねでした。気がついて、さがしに行ったときには、もうどこにもありませんでした。
「野原で、これを見つけました。はじめてかけてみたのですが、目がくらくらして……。なかまもみんな目がまわって、『のろいのめがね』だというんです。こんなめいわくなものをすてるわけにもいかず、こまっています」
ネズミは、だんだんなみだ声になり、鼻をすすりました。おばあさんは、わらい出したいのをひっしでこらえました。ろうがんきょうですから、このわかいネズミには、さぞ、きつかったことでしょう。
「ええ、ええ、いいよ。よろこんでいただくよ」
のろいのめがねをもてあましていたネズミは、ほっとしました。
「でも、くれぐれも気をつけてください。おばあさんにのろいがかかったら、もうしわけありませんから」
そういうと、ネズミはにげるように帰って行きました。でも、めいわくをもらって、あんなによろこぶ人もいるもんだと、ふしぎでたまりませんでした。
「ほっほっ。やっぱりこのめがねじゃなくっちゃ」
おばあさんは、めがねをかけると、まんぞくそうにうなずきました。
おばあさんは、ひざの上のネコをなでながら、きょうのお客たちを思い出していました。
「へんてこな日だったけど、楽しかったねえ」
みんな、「ごめいわくでしょうが」と、えんりょしていましたが、もらったものは、あたたかい春の日のように、ほんわかとしたやさしい気もちになれるものばかりでした。うさぎの歌はタンポポのにおいがし、ネコは家族になり、たいせつなめがねも見つかりました。
ガタッ。まどがゆれました。
「ニャー」
ひざの上で、まるくなっていたネコが、目をさましました。
「だいじょうぶ。風だよ。わたしもねむくなったよ。もう、ねることにしようね」
おばあさんは、部屋のあかりをけしました。 ところで、あの『いつも、ごめいわくください』と書かれたびんせんは、どうなったでしょうか。かきねの下にひっかかっていたびんせんは、風にふきあげられて、またまいあがり、ふわふわとんで行きました。こんどは、どこへ行くのでしょう。
あなたの家のまわりを見てごらんなさい。もしかしたら、びんせんがひっかかっているかもしれません。
ながい くみこ(本名・永井 群子) |
短評 |
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