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ニッサン童話と絵本のグランプリ
第23回(2006年度)入賞作品
第23回童話の部・優秀賞

藤田さんのおにぎり
作/長崎 ミソゴ

 ぼくは父さんとふたり暮らしだ。父さんは仕事で遅くなるときは、きまって藤田さんの店にぼくを呼び出す。
 藤田さんの店は、近所の商店街の中にある沖縄料理の店だ。(伊藤精肉店の隣り。)藤田さんは、いつも大きな湯気のたったお鍋やフライパンから、おいしいポークたまごやら、ふーちゃんぷるーやらだしてくれる。 藤田さんの店は、料理がおいしいので、いつも満員だ。といっても、カウンターに五人、テーブル席に八人しか入れない小さな店だ。
 父さんとぼくは、いつもカウンターの右端に並んで座る。
 父さんは今日も沖縄のしょうちゅうを飲みながら、らふてぃー(豚のかくに)を食べている。藤田さんはぼくに、
 「お待ちどうさま。」
 と言って、ゴーヤーちゃんぷるーをだしてくれた。ぼくがごはんといっしょにゴーヤーちゃんぷるーを食べていると、藤田さんはぼくをにこにこみていて、
 「まさる君は、本当ににがみばしったいいおとこだわね。」
 と、ぼくと父さんに言った。父さんは、しょうちゅうをのみながらニヤニヤしている。
 「きょうこちゃん、おかんじょう。」
 テーブル席の佐々木さんが呼んだ。
 「はーい。」
 「きょうもうまかったな、ばばがいなかったら、ほんとにきょうこちゃんを嫁にもらうのにな。」
 「何言ってるの、あんないい奥さんがいて。それにわたしはもうお嫁にいく年は過ぎましたよ。」
 「まさお、きょうこちゃんを嫁にもらえ。」
 佐々木さんは、父さんに言った。父さんは、しょうちゅうを飲んでニヤニヤしながら、しらんぷりしている。
 「佐々木さん、何言ってるの、ありがとうね、また来てね。」
 と、藤田さんは佐々木さんを急いで帰して、
 「ごめんね、まさる君。」
 とぼくにあやまった。
 「すいませーん、ソーキそば二つ。」
 「はーい。」
 湯気のたったお鍋で一所懸命に料理を作っている藤田さんは、きらきらまぶしくてとてもきれいだ。
 でも、藤田さんは藤田さんだ。


 ぼくの母さんは、ある日突然いなくなったらしい。ぼくが、他のみんなには母さんがいるものなんだと気づいたころには、もういなかった。父さんは、銭湯の帰りなんかの夜道、細い月が出ていると、
 「月が細いなー、よきこの爪みたいだなー。」
 と言うことがある。(「よきこ」っていうのは母さんの名前だ。)ぼくらは、銭湯の帰りは必ずふたりで炭酸ジュースを飲むんだけど、そんな月をふたりで見ると、鼻がずんとなって涙が出そうなときがある。
 父さんは、
 「ガッツな炭酸だぜ、まさる。」
 とか、強がって言って、ぼくの頭をぐちゃぐちゃにして、家まで競争して帰ったりする。

 ある日、ぼくが商店街へ抜ける近道を歩いていると、柴田さんちの土佐犬が、道をとうせんぼしていた。土佐犬は、お相撲さんのまわしみたいなのをつけていて、「グルルルル」とうなっていた。ぼくは、引き返そうと思ったけど、初めからぼくに気がついていた土佐犬は、ずーっとぼくをにらんで「グルグル」言っているので、引き返せなくなった。土佐犬は、「グルルルル」と言いながらじりじりとぼくに近づいてくる。「絶体絶命だ。」ぼくは、汗がだらだらでた。ついに土佐犬は、「ガルルルーン」とぼくに飛びかかって来た。
 「助けて、神様ー」
 ぼくが目をつぶると、「ギャャインギャイーン」という土佐犬のおそろしい声がして、ぼくは腕を引っ張られた。
 「早く、まさる君。」
 藤田さんが、長い棒を持って立っていた。藤田さんは棒で土佐犬を叩いたらしい。「ガルガル」向かってくる土佐犬を棒で叩きながら、藤田さんは、お店のバンにぼくをつめこむとすぐに出発した。
 「まったく柴田さんちったら、しゃもだの土佐犬だのおそろしい生き物ばっかり飼って・・・まさる君、だいじょうぶ?」
 と藤田さんは、聞いたけど、藤田さんのほうがぶるぶるふるえていた。ぼくはそのとき初めて、藤田さんの腕がぼくくらい細いことに気がついた。
 藤田さんに助けられた次の次の日は、ぼくの遠足の日だ。藤田さんに助けられた次の日、父さんの帰りが遅かったから、藤田さんの店で夕ご飯を食べた。
 「明日はまさるの遠足だから、おれがおにぎりをにぎってやる。」
 と、父さんは、気合いまんてんだった。
 「まさる君、明日楽しみね。」
 と、帰りに藤田さんが言った。
 次の日の朝だ。父さんがほんとうに、
 「ギョエーーー。」
 と叫んだ。ぼくが目をさますと、
 「まさるーー、ち、こ、くーーー。」
 と、父さんが、爆弾で吹き飛ばされたようなぼさぼさ頭で言った。時計は七時十五分を過ぎていた。いつもは六時半に起きて、七時半に家を出るんだ。
 そのとき、「ピンポーン」とインターホンが鳴った。
 「だれだ、こんなときに。」
 と、父さんが怒りながら玄関に出ると、藤田さんが立っていた。
 「昨日お店に定期忘れていったから届けに来たんだけど・・・時間だいじょうぶ?」
 父さんが、寝坊したことを伝えると藤田さんは、
 「ふたりとも早く顔洗って着替えて。」
 と言って、すぐにぼくんちの台所で何か作り始めた。ぼくらが顔を洗って戻ると、
 「うちのバンで送るから、ごはん食べて。」
 食卓には、もう、ごはんとみそ汁と焼いた魚がのっていた。ぼくらがごはんを食べている間も、藤田さんは、モーレツに何か作っていた。
 藤田さんは、お店のバンで、父さんを駅まで送り、ぼくを学校まで送ってくれた。ふたりともぎりぎりセーフで間に合った。
 「まさる君、お弁当。おかずまでちゃんと作れなかったけど・・・」
 そういって、藤田さんは紙包みをくれて、バンで帰ってしまった。
 遠足は、ぼくらには楽勝の円山登山だった。
 ぼくと伊藤君と諏訪君は、あっという間に山頂まで登ってしまった。山頂に着いたらおやつを食べてもいいと言われていたので、ひとまずぼくらはジュースを飲んでおやつを食べた。すると、諏訪君が、
 「だめだー、こんなじゃ足りん、弁当食ってもいいか?」
 と、言ったかと思うと、弁当を出して食べ始めた。諏訪君は、先月京都から転校してきた転校生で太った体でモーレツにごはんを食べる。太っているけど走るのが速くて、ダンスも得意だ。自分で考えたくねくねの変な踊りを見せてくれたりする。伊藤君とぼくはすぐに諏訪君と仲良くなった。
 諏訪君が自分の弁当を食べ終わったころ、ようやく先生やみんなが山頂に到着した。おやつも弁当もない諏訪君は、クラスのあらゆる人からおやつをおすそ分けしてもらっていたが、お弁当の時間になると、とたんに、
 「肉屋の伊藤〜、肉くれろ〜。」
 と伊藤君の弁当のからあげをうばいはじめた。伊藤君は商店街の伊藤精肉店の息子だ。
 そして、案のじょう、ぼくの紙包みをぼくより先に勝手に開けて、
 「やったー、浜野ー、おにぎり6個もあるじゃないか、3個くれ、あ、たまご焼きだー。」
 と、藤田さんの作ってくれたお弁当を
 「うまい、うまい」
 と食べ始めた。
 「浜野、お前んちのにぎりめし、非常にうまいな、おれ、お前の母ちゃん今朝見たぞ、美人だしな、よろしく言ってくれ。」
 伊藤君がちらっとぼくを見た。
 藤田さんのおにぎりは、本当においしかった。ひとくちひとくち食べながら、「でも、藤田さんは藤田さんだ。」と何回も思った。
今朝のこととか、細い腕とか考えたら鼻がずんとした。けど、藤田さんは藤田さんだ。
 昨日の夜、父さんはひとりで藤田さんの店に遠足の日のお礼を言いに行ってきた。父さんはぼくに、
 「明日の夜、花火大会を見に行くぞ。藤田さんも一緒だぞ。」
 と言った。
 花火大会の夜、ぼくらは橋の近くの公園で待ち合わせをした。細い月が出ていたけど、父さんもぼくも何も言わなかった。
 藤田さんが、ゆかたを着て立っていた。朝顔のもようのゆかただ。なんだか父さんもぼくもてれくさくて藤田さんに近づくのに、カクカクとしか動けなくて、それも恥ずかしかった。
 川で一発目の花火が上がった。
 父さんはぼくの手をにぎり、ぼくをちろっと見た。ぼくはもう片方の手で藤田さんの手をにぎった。そして、三人で手をつないだまま、花火に向かって走っていった。

長崎 ミソゴ(ながさき みそご)
40歳 団体職員 北海道札幌市
<受賞のことば>
 締切ぎりぎり、推敲もせずに送りつけたお作法もままならない作品を最後まで読んでくださり、色々なことに目をつぶって賞をくださったことに感謝しております。どうもありがとうございました。

短評
 温もりのある父子の姿が、藤田さんの姿も重ねながら鮮やかに浮かんできます。藤田さんは藤田さんだ、と遠ざける言葉を内面に繰り返しながら受け入れていく少年のナイーブな思いが無理なく無駄なく表現されました。
(あまん きみこ)


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