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ニッサン童話と絵本のグランプリ
第23回(2006年度)入賞作品
第23回童話の部・優秀賞

このごろの冷蔵庫
作/よしずみ 敬子

 「このごろの冷蔵庫はしゃべるのよ」
 晩ご飯のときお母さんが言った。ぼくはびっくりして、おはしでやっとつまんだプチトマトを落っことしちゃった。
「え、冷蔵庫がしゃべるの?」
 お母さんが、テーブルの上をころころころがっていくプチトマトに手を伸ばしながら、おかしそうに言った。
「しゃべるっていったって、『おはよう、ともくん』なんて言うわけじゃないのよ。『氷ができました』とか、『ドアが開いています』とか教えてくれるの。はい、トマト」
 ぼくは、お母さんにわたされたプチトマトを口の中でつぶしてから言った。
「なんだ。いろいろしゃべるのかと思った。うちのはだまってるね。古いから?」
 お父さんが
「そうだな、ともきより年とってるもんな。十年になるかな」
 と言った。ぼくはおととい七才になったんだ。一学期は六才だったけど、来週からの二学期は七才だぜ。冷蔵庫より年下だけどね。
「買いかえるときは、しゃべるのにする?」
 と、お母さんが笑いながら言った。


 次の日、お母さんが買い物に行ってくる間、るすばんをたのまれた。一人になってから、ジュース飲もっと思って冷蔵庫の前へ行ったとき、思わず声が出た。
「あ、お母さんにアイスクリーム買ってきてって言うの忘れちゃったー」
 きのう最後の一個を食べちゃったんだよな、たしか…と思いながら冷凍室を開けたら、ないと思ったアイスがあった。
「やったー!もうひとつあったんだ」
 と、また思わず声が出た。そのとき、そうじ機がごーごーいうような、氷ががらがらいうような、妙な音がした。音は、目の前の冷蔵庫から出てるみたいだった。冷蔵庫、こわれちゃったのかなと思ったら、その変な音がもう一回うなった。
「と も き さん」
 音は、なんとなくそう聞こえた。まさかね、と思ったけどちょっとこわくなって、アイスを取ってからできるだけそっと冷凍室を閉めた。
「ともき さん、こん にちは」
 今度は絶対に、そう聞こえた。ぼくは一歩下がって冷蔵庫を見た、冷蔵庫のどこを見ていいのかわからなかったけど、見た。
「まだ練習不足で、こんな声しか出なくて」
 と、がらがら声が言った。
「しゃべってる」
「はい、なんとか。がんばって、アイスもひとつ出してみました」
 冷蔵庫が、たしかにそう言った。
「このアイス、冷蔵庫さんが出したの」
「はい、なくなってて、ともきさんがとてもがっかりしているようでしたから、ひとつ出したらよろこんでいただけるんじゃないかと考えたのでございます」
 冷蔵庫のしゃべり方は、だんだんなめらかになってきた。
 ぼくは手に持ってるアイスを、よくよくカクニンした。きのう食べたのと、どう見てもおんなじやつだ。
「それでよろしかったでしょうか。ほかのは出なかったのです」
 冷蔵庫がもうしわけなさそうに言った。
「いいよ、これで。でも、これ本物? 食べられる?」
「はい、食べられますとも。だいじょうぶでございます」
 冷蔵庫は自信ありげだった。
 ぼくは台所のいすに座って、冷蔵庫をちらちら見ながら、そのアイスをなめ始めた。ちゃんと本物のアイスだった。
「ねえ、どうやってしゃべってるの。どこに口があるの」
「わたくしにも、よくはわからないのでございます」
 と、冷蔵庫は答えた。
「アイスクリームじゃないものも出せるの」
「やったことがないのですが、できそうな気がしてまいりました。玉子を出したりしたら、ともきさんのお母さんは、よろこんでくださるでしょうか」
 冷蔵庫が、いいことを思いついたというように、うれしそうに聞いた。ぼくは、お母さんがびっくりするか、気持ち悪がるんじゃないかと思ったけれど、ひとつくらいふえてても気がつかないかもしれないとも思った。だから、正直に言った。
「よろこぶかもしれないけど、ひとつふえたくらいじゃあ、お母さん、気がつかないかもね」
「そうでしょうか」
 冷蔵庫の声は不安そうだった。ぼくはアイスを食べ終わって棒をごみ箱にほうりこみ、だまっている冷蔵庫を見つめた。冷蔵庫がシンケンな声で聞いた。
「ともきさん、たくさん出せば気がついてもらえるのでしょうか。たくさん出せばよろこんでもらえるのでしょうか」
「うん、そうだね。たくさんふえてたら気がつくよ、でも…」
 でも、冷蔵庫の中でどんどんものがふえていったら、だれだって気味が悪いと思っちゃうよって言いたかったんだけど、そう言ったら冷蔵庫が悲しむだろうなと思った。なんて言えばいいかな、と考えてたら、冷蔵庫がうなりだした。最初は低い音だったのに、どんどん大きくなってきて、耳を押さえたくなるくらいにうわんうわんとうなりだした。
「どうしたの。こわれちゃったの」
 ぼくはこわくなって聞いた。
「冷凍室を見て」
 冷蔵庫が、かんだかい声で言った。ぼくは、びくびくしながら冷凍室のとびらを引っぱった。そうしたら、どっとアイスがあふれてきたんだ。あわててとびらを閉めようとしたけど、どんどんアイスがあふれでて、閉めるどころじゃなかった。
「もういいよ、やめてー」
 ぼくはさけんだ。
「こんなに出しちゃだめだよ。ぼく、こんなに食べられないよ。お母さんに見つかったらおこられるよ。もうやめてよー」
 ひっしで冷凍室のとびらを押してたら、泣きそうになってきた。冷蔵庫が、あたりがふるえるぐらいきんきんした声で言った。
「だって、しゃべれないと捨てられます。なにかできないと捨てられます」
「そんなことないよ。でもこんなことしてたら、ほんとに捨てられちゃうよ」
 ぼくのまわりには、冷凍室からこぼれ出たアイスが積みあがっていた。どうしたらいいのかわからなくて、ほんとうになみだが出てきて、ぼくは泣きながらさけんだ。
「やめてよー、お願いだからー」
「ステラレテシマウ、ステラレテシマウ」
 冷蔵庫は、耳が痛いくらいきんきんした声でさけび続けた。ぼくは冷蔵庫から手をはなして、そこにぺたんとすわりこみ、手で顔をおおって泣いちゃった。
「捨てたりしないから、もうやめてよ」
 鼻水をすすりあげながら、そう言った。そのまましばらく泣いてたら、聞こえるのはぼくの泣く声だけになっていた。
 ぼくは、なみだをぬぐって顔を上げた。冷蔵庫は、静かにそこにいた。いっぱいあったアイスは、どこにいったのか、なくなってた。ぼくは小さい声で話しかけた。
「冷蔵庫さん、だいじょうぶ?」
 冷蔵庫はだまっていた。すわったまま長いこと待ったけど、冷蔵庫はうんともすんとも言わなかった。
「かえりました。ごめんね、遅くなって」
 玄関でお母さんの声がした。ぼくは立ち上がって、冷蔵庫のそばからはなれた。お母さんは、買いもの袋をかかえてまっすぐに冷蔵庫の前に行き、ぱっととびらを開けた。冷蔵庫の中は暗かった。
「あら、電気がつかない」
 お母さんが、不思議そうに言った。冷蔵庫、やっぱり死んじゃったんだと、ぼくは思った。口の中がからからになった気がして、無理やりつばを飲み込んだ。手をぐーにして心の中で、がんばれ冷蔵庫、と言った。お母さんは首をひねりながらとびらを閉め、もう一回開けた。
「あ、ついたわ。よかった」
 そう言うと、牛乳やトマトやハムを、何もなかったかのように中に入れていった。冷蔵庫はだまったままだった。ぼくもだまったままだった。お母さんがこっちを見て聞いた。
「どうしたの、ぼーっとして。なあに?」
「なんでもないよ、見てるだけ」
 ぼくはそれだけ言った。お母さんは
「へんな子」
 と笑って、冷蔵庫をばんと閉めた。
 もうすぐ晩ご飯というときに、お父さんが冷蔵庫の前で大きい声を出した。
「しまった。ビール冷やしとくの忘れた・・・と思ったら、冷えてる」
 ぼくはびくっとして、心臓が止まりそうになった。冷蔵庫、今度はお父さんのビールを出したんだ。ぼくはキンチョーして、並べてたおはしを落っことしちゃった。お母さんが、ころがったおはしを拾いながら言った。
「私が入れといたのよ。えらい?」
「えらいえらい、ありがとう」
 お父さんがそう言い、お母さんといっしょに笑った。ぼくは笑えなかった。
「ねえ、冷蔵庫、買いかえたりする?」
おそるおそる聞いてみた。お母さんが
「まだ先よ、だってちゃんと動いてるもん」
 と言った。ぼくは、冷蔵庫を見た。そして心の中で話しかけた。
「聞こえた? 心配しなくていいんだよ」
 って。

よしずみ 敬子
(よしずみ けいこ 本名・吉住 敬子)

45歳 無職 大阪府吹田市
<受賞のことば>
 これからも書きなさいと、背中を押していただいたような気持ちです。ありがとうございました。

短評
 「しゃべる器械」が増えている最近の状況と、使い捨てをなんとも思わなくなった私たちの暮らしにちょっぴり風刺の矢を射こんだ気の利いた作品。物言いに表現された冷蔵庫のキャラクターも面白く、家族の温かさもよい。
(松岡 享子)


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