| 第22回童話の部・大賞 |
大切な足ヒレ
作/佐藤 まどか
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僕の九歳の誕生日に、父さんは空色の足ヒレと水中メガネのセットを買ってくれた。七月生まれの僕にぴったりのプレゼントだ。 |
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朝早い時間だったけど道路は混んでいて、なかなか東京から脱出できない。立ち並ぶビルを見ながらイライラしていた僕は、いつの間にか眠ってしまったようだ。気がついたら、もういつもの旅館の前に到着していた。
旅館に荷物を置いたらすぐに、僕たちはおにぎりと水筒を持って海へ行った。僕は足ヒレと水中メガネを手に砂浜を走る。母さんが何か後ろで怒鳴っているけど、僕の耳には今何も入らない。一ケ月も待ったんだから!
水は冷たいけど、少しづつ入れば平気さ。
ちょっとゆるめの足ヒレをつけて、転びそうになりながら、後ろ向きにどんどん海に入っていく。
水中メガネで見ると、海の中は森のようだ。
海草がゆらゆら、ふわふわ。
おっと、砂の中に何かが逃げ込んだみたいだ。
銀色に光る細長い魚が数匹ひょろひょろと目の前を泳いでいく。僕は夢中で追いかける。足ヒレがあると、いつもの三倍は早い。すいすい、まるで水泳選手になったような気分だ。
ふと顔を上げて振り返ると、浜から随分遠ざかっていることに気がついた。流れが強くて、戻るのは大変だ。母さんが遠くで手招きをしているのが見える。このままだと岩場に流されてしまう。僕は必死で流れに逆らった。足ヒレが活躍してくれているはずなのに、なかなか前に進まない。
ヘトヘトになるほど泳いで、やっと砂浜にたどり着いた。
水際でぐったりしている僕に、近づいて来た父さんが怒鳴った。
「そんなに遠くまで一人で行っちゃだめじゃないか!」
僕はうなだれて下を向いた瞬間、あることに気がついた。
足ヒレが片方ない!
あわてて振り返って水の中を見たけれど、何も浮いていない。僕は青ざめた。父さんもいっしょに探してくれた。
でも結局足ヒレは見つからなかった。
買ってもらったばかりの、きれいな水色の足ヒレ…。
僕はすっかり気分が落ち込んでしまった。
もう泳ぐどころじゃない。
「あんなに遠くまで行くからだぞ。またそのうち買ってあげるけど、今度はもっと気をつけなさい」
父さんはそう言って僕の頭を撫ぜた。
片方だけになっちゃった足ヒレをぼんやり見つめていたら、なんだか涙が出てきた。
折角プレゼントしてもらったのに。何て最低の夏休みなんだろう。
翌日も海で泳いだ。相棒を失ってしまった左の足ヒレはリュックサックにしまったままで、水中メガネだけをつけて泳いだ。
海も天気も昨日と同じなのに、ちっともおもしろくない。
僕は泳ぎながらまた足ヒレを探してみたけれど、やっぱりどこにもなかった。
一体どこに行っちゃったんだろう。百年ぐらい経って考古学者が発見するその日まで、海底で砂にまみれて忘れられてしまうのかな。
砂浜でお弁当を食べた後、僕は歩いて岩場の方へ行って見た。大きな岩によじ登って反対側に降りてみると、僕と同じくらいの少年が岩に寄りかかっているのが見えた。
声をかけると、真っ黒に日焼けしたその少年は振り返った。
その時、僕はぎくりとした。彼の足元に、僕の水色の足ヒレが転がっていたのだ。
「あ、あのさ、その足ヒレ、ひょっとして…」
そこまで言いかけて僕は口をつぐんだ。だってよく見れば、その子の足は一本しかないじゃないか。もう一本の足はひざまででちょん切れている。そばには義足らしきものが立てかけてある。呆然とする僕に、彼は笑顔で答えた。
「ああ、そこんさぁ、うっちゃってたの、拾ったんだじゃ。ひとっかぁだけーが。せーだけん、おらっちにはえーあんばいだら。こりょーつけて泳いでみ、二本足で泳ぐみたく、すんげ速いんてびっくらした」
少年の嬉しそうな話し方を聞いて、僕は返事に困った。おまけにところどころ、意味が分からない。とにかくこの辺に流れ着いたのを拾ったらしい。
彼は器用に片足でぴょんっと立ち上がると、僕に近づいた。
「おらっちぁ良太。おまっちは?」
僕は足ヒレのことをいつ言い出そうかと思っていたのに、タイミングを逃してしまった。
「おまっちって、僕? 僕は…俊也」と、とりあえず言った。
「おまっち、東京っ子ずら?ちゃっとわかるっけ。こん足、びっくりしたらー?ちいしゃあ頃にあいまちして、この通りだじゃ。ばんだび義足つけとくだけーが、泳ぐだで、はずすんだら」
足のことをあまりにも朗らかに言われ、かえって僕の方がうろたえてしまった。
いつ、言い出そう。
良太君はニコニコ笑っている。
「とんじゃかない。ずだい痛かねぇんて」
痛くないんだから気にするなと言うことだろうと思って、僕はうなづいた。
それから僕たちはいろんな話をした。良太君は魚や貝のことをよく知っていた。彼の方言が分からない時は、説明してくれた。小さい頃にお父さんを亡くしたこと、お母さんは魚の日干しを売って良太君と細々と暮らしていること。どう考えても恵まれているとは思えなかったけど、彼はあっけらかんとしていて、すがすがしかった。こんなに青い海と青い空に囲まれて暮らしているからかな。
良太君は海博士みたいだ。何でも知っている。岩に張り付いている貝や小さなカニを取って僕にくれたり、タコの捕まえ方を教えてくれたりして、僕は足ヒレのことをすっかり忘れて楽しんだ。
そのとき遠くで父さんが僕のことを呼ぶ声が聞こえた。
「僕そろそろ戻らなきゃ。良太君、また明日ここにいる?」と僕は聞いてみた。
「おらっちは、ばんたびここんさぁ」
ばんたび、とは毎日と言う意味だと教えてもらったばかりだった。
夕暮れの砂浜を僕は家族のいる方へ走った。そういえば足ヒレのことを言うの、すっかり忘れていた。明日は言おう。
次の日は朝から岩場へ行った。僕は片方の足ヒレを持って行った。良太君は僕を見て嬉しそうに笑ったけど、手に持っていた足ヒレを見てびっくりした。
「なんずらよー?こりゃー、おまっちんもんだらー?はなっからゆったらいいじゃん」
彼はそう言って彼の唯一の足にはめていた足ヒレをはずそうとした。
「あ、ちょっと待って。一緒に二人三脚みたいにして泳いでみようよ」
僕がそう言うと、良太君は喜んで立ち上がった。彼は足ヒレをつけたままぴょんぴょん後ろ向きに跳ねて、海にザブンと飛び込んだ。僕も真似して飛び込んだ。
それから僕たちは肩を組んで泳いでみた。最初はおぼれそうになったけど、調子をつかむと、これがめちゃくちゃおもしろい。三本足に足ヒレ二つ。僕たちは泳ぎ疲れると砂浜に寝転んでばか笑いをした。
その翌日も僕たちは二人組で泳いだ。良太君は足が一本しかないとは思えないほど泳ぎが上手だ。彼の案内でタコやウツボやサザエなど、いろいろなものを見て楽しんだ。
とうとう東京に帰る日になった。
僕は良太君のことを、両親に恐る恐る話してみた。足ヒレひとつは彼に預けて帰りたいこと、来年来る時にまた一緒に泳ぎたいこと。ところが、怒るかと思っていた父さんが、黙ってうなづいてくれたんだ。
僕は走って砂浜へ行った。昨日良太君が返してくれた足ヒレを持って。
良太君は不思議そうな表情をした。
息を切らしながら僕は言った。
「あのさ、これ、良太君に持っていて欲しいんだ。僕がいない時も使ってよ。それから来年また一緒に泳ごうよ。すっごくおもしろかったからさ」
良太君は顔中を笑顔にして「あんとう。だいじくするだよ」と言った。
僕たちはまた一年後に会う約束をして別れた。
やっぱり夏休みは最高だ!
佐藤 まどか(さとう まどか) |
短評 |
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