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日産 童話と絵本のグランプリ
第21回(2004年度)入賞作品
第21回童話の部・大賞 (※掲載している作品は受賞時点のものです。出版作品とは異なる場合があります。)

7ぺージ目 ないしょだよ
作/山下 奈美

ぼくのたからものはスケッチブック。
 今日、ぼくはその7ページ目に、だいすきなワニの絵をかいた。ガバッとあけた口に、水色のクレヨンでぎらぎらの歯をならべ、みどり色でからだをぬって、
「よしっ。なかなか、つよそうなワニだ」
 ぼくは大まんぞくで、スケッチブックを机のひきだしにだいじにしまった。
 ところが、つぎの日。
 おかしいな。あれはどこにいったかな。このあいだ、七さいのたんじょう日にスケッチしたばかりの、いちごのバースデー・ケーキが見あたらない……。


 「あれえ? ちょっとまて。おまえ、なんだか、少し大きくなっていないか?」
 きのうかいたワニのおなかが、ちょっぴりふくれているみたい。
 あやしい。これはあやしいぞ。ぼくはその日、8ページ目に青い魚の絵をかき、ドキドキしながらスケッチブックをとじたんだ。
 つぎの日。魚はやっぱりきえていた。
「こら、しょうじきに言うんだ! ぼくのかいた絵を食べているのは、おまえだな」
 ワニは大きく口をあけたまましらんぷり。
「わかっているんだ」と大声をだすと、
「……えへへ」
 ワニは一しゅん、大きな目玉をギョロリとむいて、笑ったように見えた。
「タツヤ。何をひとりでさわいでいるの」
 台所から、母さんの声がする。
「ううん、なんでもなーい」
 知られたらたいへん。とにかく、すごいことになっちゃった。ぼく、スケッチブック7ページ目に、ワニをかっているんだ!

 くいしんぼうのワニに、ぼくはガブリという名まえをつけた。まいばん、あたらしい絵をかいて、つぎの日に何がおこっているか、たしかめるのが楽しみになった。
「さあガブリ、これはミカンとバナナだぞ」
 ぼくのかいたくだものを、ガブリはさっそく、夜のうちにたいらげた。
「スパゲティなんか、どうだろう?」
 赤いクレヨンでスパゲティをかいてみると、これもまた、つぎの日には、まるいお皿だけをのこしてきえている。
「ケーキとくだものとスパゲティを食べたワニなんて、きっと、世界でおまえだけだぞ」
 ガブリはうへへと笑ったようだ。
 そして知らないうちに、ガブリは、スケッチブックの2ページ目から虹を食べてしまった。みどり色のガブリのからだは、今ではてかてか、虹色の光をおびている。
「いいぞ、いいぞ。ワニらしいじゃないか」
 ガブリには友だちもできた。5ページ目のリンゴの木から、黄色い小鳥がきえたと思ったら、それはいつのまにかガブリの口のなか、ぎらぎらの歯の上でくらしている。
「なーんだ。おまえもあんがい、ユーモアのわかるやつなんだなあ」
 えへへへ。ガブリはぐりぐり目玉だけうごかして、なんだかとてもうれしそう。
 ガブリがはじめて口をきいたのは、二しゅうかんのすぎた、真夜中のことだった。
「いたいよう……たすけてよう……」
 机のひきだしからさけぶその声に、ぼくはびっくりしてとびおきたんだ。
「ガブリか、どうした!」
 ねぼけまなこをギュッギュとこすって、ぼくは電気をつけてみた。スケッチブックの7ページ目、ガブリが白目をむいて、長いからだをねじまげている。
「 ウーン、おなかが、おなかがいたいよォ」
 ぼくはあわてて、スケッチブックをめくってしらべた。
「ガブリ! 夕べ、ぼくがかいてやった魚を、おまえはぜんぶ食べちゃったんだな!」
 ぼくは台所にかけおりて救急箱をとってきた。胃ぐすりのびんをあけ、ガブリの上に、オレンジ色のカプセルをばらまいた。
「のめ、のめ、早く早く早くのむんだよう」
 ガブリはしっぽまでくたっとして、虹色のからだが黒っぽくなっている。
「そんなんじゃダメってば……ボクは絵にかいたワニなんだから……」
「あー、なんてせわのやけるやつなんだ!」
 午前一時に、ぼくはクレヨンをとりだして、胃ぐすりの絵をかかなければならなかった。
「タツヤ。何かあったのかい」
 父さんと母さんが二階にあがってくる音がした。ぼくはすごいいきおいでスケッチブックをしまって、ベッドの上にダッシュした。
「おや……おまえ、救急箱なんか出して」
「ぐあいでもわるいの、タツヤ!」
「ちょ、ちょっと、ベッドからおちただけ」
 ぼくは顔をしかめてうでをさすってみせた。
「でも、あの、なんでもないみたい」
「まあ、タツヤ、ねぼけていたのね」
「人さわがせだなあ。さ、早くおやすみ」
 ぼさぼさ頭の父さんと母さんが、やっと下におりてゆく。あたりはしーんとしずまり、ガブリのうめき声も、もうきこえない。ぼくはなんだか、きゅうにおかしくなってきて、机のほうを見ながら「うはは」と笑った。
 ずいぶんたって、やみの中から、はずかしそうな声がかえってきた。
「……えへへへ」

 ガブリの世界はせまくてぺちゃんこ。だからぼくは、ガブリを楽しませるために、いろんな絵をかいてやる。
 ビルや家。月や星や雲。(ガブリはキラキラの星が気にいって、かたっぱしからかみくだいてしまったけれど。)花畑をかいてあげたつぎの日には、
「うわっ、こりゃすごいや!」
 ぼくは思わず声をあげた。ガブリは首にピンクや黄色の花をかざって、耳の上にモンシロチョウまでのっけていたのだ。
 こうしてガブリとひと月をすごした、ある晩のこと……。
「ウーン、いたいよ、いたいよう」
 ふたたび、くるしそうなガブリの声で、ぼくは目をさましてしまった。
「ガブリ、またおなかがいたいのかい!」
 ベッドからとびおりてひきだしをあけ、ぼくは、そうではないことを知った。
 ガブリのしっぽも、手足も、ぎゅうぎゅうにおれまがっている。ガブリはもうとても大きく__スケッチブックの中では生きていけないくらい、大きくなっていたのだ。
 よくあさ、ぼくは考えこんだ。
 ガブリはこのままでは死んでしまう。広い森と空と水、そしてなかまのワニがひつようだ。でも、いったいどうしたら、ガブリを自由にできるだろう。紙にかかれたガブリのからだを。
 ぼくは、学校の図書室からワニ図かんをかりてきた。まいばん、ガブリとならんでベッドにねそべり、ワニの世界をしらべつづけた。
「アメリカ……オーストラリア……アフリカ大陸……おまえはどこがすきかなあ」
 えんぴつのおしりでガブリをつついてやると、きゅうくつそうなガブリの目玉がぐるんとうごいて、「うへっ」と笑ったみたいだ。
 ようし! 三日がすぎた夜、ぼくはけっしんしてクレヨンをとりだした。スケッチブックの18ページ目に、心をこめて川をえがいた。みどりの森をながれる、ページをはみだすほど長い長い長い川。
 うまくいくかはわからない。でもやってみなくちゃ。ガブリが生きていけるように。
「いいかガブリ、よーくきけ」
 ガブリと川を、かわるがわるのぞいて、ぼくはしんけんに言った。
「これはアフリカのナイル川。今夜、ここにとびこんで、川をさかのぼっておよぐんだ。きっとワニの世界にたどりつく。紙の上とはちがうぞ! 広くて、あつくて、雨のどっさりふるジャングルだ」
 ガブリはじーっとうずくまっていた。黒い目玉から、水色のものがひとつぶおちて、しずかに紙にしみこんでいった。
「ほんとにほんとに、気をつけていくんだぞ、元気でなガブリ!」
 ぼくはスケッチブックをバターンととじると、机のひきだしにほうりこんで、ベッドにもぐった。
 その晩、ガブリはもう、なきさけんだりしなかった。ただ、何かがどこかにドプンととびこみ、チャプチャプという水音がとおざかってゆくのを、ぼくは夢の中できいたような……気もする。

「あはは、なんだこりゃ、みてみろタツヤ」
 ある朝、テレビのニュースに父さんが大笑い。早くタツヤ、と母さんもよんでいる。
 探検家みたいな服をきたレポーターが、ヘリコプターで、ジャングルの中におりていた。
「あっ、あれです。ちかごろ、ナイル川りゅういきで話題の大ワニです!」
 川ぞいのワニのむれに、6メートルもありそうな、虹色に光るやつが一ぴき。
「ごらんのとおり、大ワニは、花の首かざりをしています。そして、黄色い小鳥とモンシロチョウが、なぜか頭に……」
 ぼくは歯ブラシをくわえた口もとから、笑いのひろがってくるのを、どうすることもできなかった。
 テレビカメラが、ガブリの顔をアップでとらえた。目玉をぎょろんとうごかして、ガブリはちょっぴり、てれたみたいだ。
「……えへへへへ」

山下 奈美(やました なみ)
32歳 主婦 アメリカ合衆国
<受賞のことば>
 小さな場所から大きな世界へ--------自分の好きなテーマに、素直に取り組んでみた結果、すばらしい知らせが太平洋を越えてやってきました。今後の励みになります。本当にありがとうございました。

短評
 描いた動物がとびだす作品は多くあります。けれどこのワニは一冊のスケッチブックという世界でみごとに育ちました。  終りにぼくの描いたナイル川からジャングルにたどりついたらしいのもよかった、大きな拍手です。(あまん きみこ)


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