| 第20回童話の部・優秀賞 |
月夜の食卓
作/前田 智子
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窓からさしこむ月あかりが、だれもいない食卓をぼんやりと照らしています。食卓の上には、りんごと柿を入れたかごが、ぽつんと置かれています。 |
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「ばんちゃがいっつもしゃべってる孫のたろうくんの家でねえかな」
「たろうくんっていうのは、しばらく前に学校から帰ってきて、ひとりぽっちでまんまを食ってた、あの男の子だべ」
「きっとな」
「なーんだかむずせかったよなあ」
「ああ。今朝だってよう、わしらが入った箱が届いたとき、母さんは中味を見もしねえで、さっさと出かけっちまった。そのあと、父さんは飯も食わずに飛び出してった。あの子は、わしらを箱から出してかごさ入れて、ひとりで朝飯食って、学校さ行ったんだよなあ」
「あしたになったら、あの子とちょっくらしゃべってみねえか」
「いきなりじゃあ、びっくらこかねかなあ」
「でもよう、このままほっとくわけにはいかねえべ」
「うんだなあ」
しゃりしゃり、ふう、さくさく、ふう、
りんごと柿が、ため息をもらします。
次の日の朝、食卓の上には、きのうのまんま、りんごと柿が置かれていました。父さんと母さんは出かけてゆき、たろうはひとりで、冷たいトーストにかぶりつきました。
「しゃりしゃり、おはようさん」
りんごが声をかけました。たろうは、きょろきょろあたりを見回しました。
「さくさく、おはようさん」
柿もとっておきの声であいさつしました。たろうは、トーストを皿にもどして、
「誰かいるの?」
とつぶやくように言いました。
「りんごでやんす」
「柿でござんす」
目をまんまるくしたたろうは、かごのなかから、りんごと柿をそっと取りだしました。
「お初にお目にかかりやす。ぼっちゃんはためばんちゃのお孫さんのたろうくんだべ」
「そうだよ」
たろうは、りんごと柿を目の前まで持ちあげて言いました。
「おばあちゃんのところで、おしゃべりを習ったのかい」
「習ったっつうか、なあ」
「ああ、ばんちゃがいっつもしゃべってくれるんで、覚えちまったんですよ」
しゃりしゃり、さくさく、りんごと柿はこたえます。
「おばあちゃんはどうしてるの」
「はあ、寒くなってきて、ときどき神経痛がつらそうなときもあっけっちょ、毎朝畑に出てせっせと働いてらっかし」
「今ごろはちょうど、大根や里芋の世話してるころだべな」
「ふふふ」
男の子が笑いだしました。
「どうしらっただし」
「なんだかおばあちゃんとおしゃべりしてるみたいだよ」
それから、りんごと柿は、たろうにいろんな話をしました。
おばあちゃんの村を見下ろす山には、もう初雪が降ったこと。畑のかまきりたちは、ちょうど今、卵でお腹がぱんぱんになっていて、からだの色も茶色くなっていること。
にこにこしながら話を聞いていたたろうに、りんごと柿がたずねました。
「父さんと母さんはお忙しいんで」
「うん、とっても」
たろうはうつむいてしまいました。りんごと柿も、おしゃべりをやめてしまいました。
「そうだ、やっぱそれっきゃねえ!」
りんごと柿が、急に声をはりあげました。
「どうしたの」
「たろうくん。今晩、必ず、父さんと母さんといっしょに、わしらを食ってくだせえ」
「どうして」
「ためばんちゃがわしらを箱につめるときに言いなさったんで。『ついたらできるだけ早く、いっとううまいときに食ってもらうんだぞ』って」
「でもさあ」
「なんです」
「食べちゃったら、もう話ができないよ」
「そうだけんじょもなあ。やっぱ、ためばんちゃの言う通りにしてみましょうや」
「わかったよ」
「ほんじゃあ、また晩に」
たろうは、りんごと柿をかごにもどすと、学校に出かけました。
たろうが学校から走って帰ってくると、母さんがベットで寝ていました。
「かぜをひいて早退してきちゃったの」
父さんまでが家にいました。
「出張先から電話をいれたら、具合が悪いって聞いてな、帰ってきたんだ。かあさん食欲ないらしいから、二人で夕飯食いに行くか」
「父さん、家で食べようよ。おじやだったら、かあさんも食べられるし。ぼく、おばあちゃんに作り方をおそわったから、わかるんだ」
「ほう、たのもしいなあ。あれはうまいんだよなあ。よーし、ふたりでこしらえよう」
腕まくりをした父さんは、なんども「痛てて!」と言いながら、野菜をきざみました。たろうは、食卓のまんなかにコンロを置いて、土鍋をのせました。もわもわと湯気がたった土鍋を囲んで、パジャマの母さんと親指にバンソウコを巻いた父さんと、たろうはふうふうしながらおじやを食べました。片づけがすんでから、たろうはりんごと柿のかごを持ちあげ、顔を近づけて、
「ねえ、うまくいくかもしれないよ」
とささやいてみましたが、りんごと柿は、返事をしませんでした。
「はーい、おばあちゃんからの荷物に、りんごと柿が入ってたよ」
たろうは、かごを食卓にのせました。
「すっかり忘れてたわ、まあきれいねえ、つやつやしてる」
「おふくろが一年がかりで育てたんだなあ。よーし、オレがむいてやるぞ」
父さんはまずりんごを取りだし、バンソウコの親指を動かしながら、赤い皮をずんずんむきました。
「うーん、いい香りだ。さあ次は柿だぞ」
緑のへたをつかんだ父さんが皮をむいていくと、黒いごまのつまった柿の表面から、あまーい匂いがただよってきます。
「ほらいっぱい食って、早くかぜを治せよ」
父さんは、りんごと柿を切り分け、大きな丸い皿に並べると、食卓のまんなかにどーんと置きました。
「うわー、おいしいんだあ」
しゃりっと音を立てて、りんごをかじった母さんが言いました。
「うーん、なつかしい味だなあ」
父さんは、柿をつまみあげて、さくさく、さくさく、すごいいきおいで食べています。
「たろう、早く食べないと、なくなっちゃう」
父さんと母さんをじいっと見つめていたたろうは、あわてて手を伸ばします。
「いただきまーす」
りんごをかじると、甘酸っぱい汁が、じゅわーっと口のなかに広がっていきます。
「ほら、たろう、こっちもどうだ」
たろうの口に、父さんが柿をひと切れつっこみます。やわらかな果肉をかみしめたとき、ぽろん、たろうの目から涙がひとつぶこぼれました。
「どうしたの、たろう」
「虫歯にでもしみたのか」
母さんと父さんが、たろうを見つめます。ごっくん、柿を飲み込んでから、たろうは言いました。
「みんなで食べるとおいしいね」
「そうよねえ」
と母さん。
「ほんとうだなあ。こうやってみんなでごはんを食べるのって久しぶりだもんなあ」
父さんは、たろうの頭に手を置き、ごしごしとなでつけました。それから、父さんと母さんとたろうは、たくさんおしゃべりをしました。皿の上にいっぱい並んでいたりんごと柿は、どんどん減っていきました。皿がからっぽになったとき、
「あら、月よ」
と母さんが窓の外を指さしました。
「ほんとうだ、満月じゃないのか」
そう言って、父さんは天井からぶら下がった電灯をぱちんと消しました。
食卓の三人は、だまって月をながめました。暗い空にぽっかり浮かぶ月は、食卓にのっているからっぽのお皿みたいに、まんまるでした。
そのとき、たろうの耳におばあちゃんの声が聞こえてきました。
「たろう、おれがたんせいこめて作ったりんごと柿はうまかったかい。みんなでいっしょに食えてよかったでねえか。あいつらがちったあ役に立ったみてえで、おれもうーんと気分がいいぞい」
今の声はどこから聞こえてきたんだろう、たろうはぷっくりふくらんだおなかをなでながら、首をかしげました。
前田 智子(まえだ ともこ) |
短評 |
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