| 第20回童話の部・優秀賞 |
お父さんのコントラバス
作/光飛田 佳世
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その日の学校からの帰り道、裕太はとても憂うつでした。なぜなら、社会科の時間に先生が、「みんなのお父さんやお母さんの仕事について調べてみましょう。そして月曜日に発表してもらいます」といったからです。 |
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地味な低音しか出ないコントラバス。お父さんは、家にいるときはいつも部屋にこもってコントラバスの練習をしているけれど、聞こえてくるのは、ギーギーというくらーい音ばかり。裕太は今までに何度かお父さんが出演しているコンサートを聴きに行きましたが、お父さんのコントラバスがいったいどこで鳴っているのかさっぱりわかりません。
「あーあ、バイオリンやトランペット、それに指揮者みたいにかっこよかったら、みんなに自慢できるんだけどなー」
そうつぶやいたところで裕太は家に着きました。裕太はお母さんに、
「お父さん帰ってる?」
と聞きました。
「練習部屋にいるわよ。今日は公演がないから、夕方まで練習するんだって」
裕太は、練習部屋の分厚い扉の窓から、そっと中をのぞいてみました。お父さんは、相棒の大きな大きなコントラバスに軽くもたれながら楽譜をジーッと見つめています。その顔は真剣そのもの。裕太は、練習中のお父さんのまじめな顔がちょっと苦手でした。ふだんは無口だけど優しいお父さんが、練習中はとても厳しい顔になるので、裕太はいつも気後れしてしまうのです。
「お父さん」
裕太は扉を開け、思いきって声をかけました。
「おお裕太、どうしたんだい?」
お父さんはびっくりしたように眼鏡をはずして言いました。その顔は、いつもの優しいお父さんにもどっていました。
「社会科の宿題で、お父さんの仕事について調べなきゃいけないんだ」
「そうか。それなら日曜日の公演を見に来るといい。コンサートホールがお父さんの仕事場だからね。楽屋にも連れて行ってあげるよ。いろんな楽器が見られて楽しいぞ」
日曜日がやってきました。リハーサルが終わる頃にホールを訪れた裕太は、お父さんに連れられて楽屋に入りました。楽屋に入るなんて初めての経験です。
バイオリン奏者の男の人が楽器の手入れをしています。譜面を見ながら口ずさんでいるのは、チェロをひく男性。世間話をしてくつろぐ背の高くて恰幅のいい男の人たちの横には、ピカピカに磨かれたトロンボーンが並んでいます。裕太は、初めて間近にいろんな楽器を見たのでびっくりしてしまいました。
楽屋を一通り見終わって、裕太とお父さんは部屋を出ました。すると、そこにパリッと燕尾服を着こなした指揮者の先生が通りかかってお父さんに声をかけてきました。
「今日もよろしく頼むよ。あなたあっての低音パートですからね。頼りにしていますよ」
裕太はちょっとびっくりしました。正直言って裕太は、指揮者はコントラバスなんて地味な楽器、あまり気にしていないかと思っていたのです。それなのに、とってもえらいと思っていた指揮者の先生がお父さんのことを信頼しているなんて言ったのです。
裕太が首をかしげていると、聞き覚えのある声が聞こえてきました。
「おっ、裕太じゃないか!」
近寄ってきたのは、トランペット奏者の梅山さんです。梅山さんは、何度か裕太の家に遊びに来たことがありますが、とてもトランペットが上手で、裕太の憧れの存在です。
「楽屋にまで来るなんてどうしたんだい?」
裕太は、宿題のことを梅山さんに話しました。そして、別の楽団員と話しこんでいるお父さんに聞こえないように裕太は小声で言いました。
「でもね、お父さんが弾くコントラバスなんてとっても地味で目立たないから、友達には自慢できないんだ。発表するの、あんまり気がすすまないんだよね」
裕太の言葉を聞いて、梅山さんは一瞬不思議そうな顔をしました。そしてすぐに苦笑いをして裕太に言いました。
「今日演奏する交響曲の第四楽章の終わりの方に、トランペットの独奏部分があるんだ。その直前に、コントラバスだけが演奏する部分が出てくる。そこをよーく注意して聴いてみてごらん。お父さんのコントラバスの役割やお父さんがオーケストラのなかでどんな存在なのかがよくわかるから」
そう言い残して、梅山さんは去っていきました。
裕太はますます不思議な気持ちになりました。指揮者の先生や梅山さんの話を聞いていると、今までのコントラバスに対する印象が間違っていたように思えてきます。それに、お父さんのイメージまでもが裕太が考えていたのと違うようです。優しいんだけど無口で、コントラバスと同じように目立たないお父さんと指揮者の先生に信頼されているお父さんとがなんだかよく結びつかないのです。
(よし、本番をじっくり観察してみよう!)
そう思った裕太は、楽屋に迎えに来たお母さんと客席に向かいました。
客席のライトが落ち、舞台に楽団員が出てきました。黒い服でめかしこんだお父さんもその中にいます。お父さんたちコントラバス奏者は、いつものように舞台の右端に陣取り、背の高いいすに腰掛けます。裕太は、お父さんを見ているうちにだんだん緊張してきました。
しばらくして、さっきお父さんと話していた指揮者の先生が拍手とともに登場し、いよいよ演奏が始まりました。
真ん中で演奏するつややかな音色のバイオリンやチェロ、見るからに楽しげなクラリネットやフルート、キラキラ光っていて、音も迫力満点のトランペットやトロンボーンといったたくさんの楽器が、指揮者の舞うような指揮のもとに美しい音色を奏でています。
いつもならお父さんのコントラバスなんか目もくれずについついこれらの楽器の演奏ばかりに見入ってしまう裕太ですが、今日は違います。いすには半分だけ腰かけて前のめりになり、お父さんの音を聞き出そうとしますが、コントラバスの音色は、他の楽器の音に埋もれてしまってなかなか聞きとれません。
さて、曲はどんどん進んでいき、ドラマチックな第一楽章からリズミカルな第二楽章、ゆったりと美しい第三楽章を経て、壮大な第四楽章に入りました。いつもなら第三楽章あたりで眠くなってしまうのですが、今日の裕太の頭はよく冴えています。
そして、コントラバスがよく聞こえないまま、曲はクライマックスヘ。いよいよトランペットの独奏部分が近づいてきました。
そのときです。ホールを満たしていた大音響がふっと静かになったかと思うと、指揮者の先生がお父さんのコントラバスの方を向き、小さくなめらかに指揮棒を振ったのです。
ズーン ズーン ズーン
というお腹の底の方に響くような音色が響いてきます。確かに低くて地味かもしれませんが、お父さんのコントラバスから聞こえてきたのは、滑らかでものさびしくてそれでいて素晴らしくきれいな音でした。そして、とても正確で力強い音だったのです。
(コントラバスって、こんな音色だったんだ)
コントラバスの音が響き渡ったのはほんの数秒だったでしょうか。次に指揮者の先生はトランペットの梅山さんの方へ向き直り、小さく合図を出しました。コントラバスの正しい音程からすんなりとひきこまれるようにトランペットの独奏がはじまりました。
指揮者の先生は、とても気持ちよさそうに指揮棒を振っています。そして、梅山さんの独奏が終わるころに、ちらっとお父さんの方を見たのです。お父さんは、胸を張り、自信に満ちた表情でコントラバスを弾いています。心臓のドキドキがおさまらないほど興奮した裕太はその姿をみて、お父さんがオーケストラのなかで誰よりもひときわ目立っているように感じました。
そうして、華やかな交響曲は終わりました。
同時に、ほんの少し前まで最高潮だった裕太の緊張もすうっと解けてきました。裕太は、曲が終わってホッとしたお父さんの顔をみながらしみじみ思いました。
(お父さんのコントラバスがいちばんかっこいいや!)
その晩、夕ご飯を食べながら、お父さんが裕太に言いました。
「裕太、今日楽屋に行ってみてどうだった? 社会の宿題はできそうかい?」
裕太は、正直言って宿題のことよりも、お父さんの演奏にすっかり感動していました。
「うん、宿題は大丈夫。僕、わかったよ。お父さんのコントラバスは、木の根っこみたいなものなんだね。根っこががんばっているから、みんな気持ちよく演奏できるんだね」
お父さんは、少し驚いたような顔をしました。そして、ビールに酔ったのか、ちょっぴり赤い顔をしてニコニコとほほえみました。
光飛田 佳世(みつひだ かよ) |
短評 |
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