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日産 童話と絵本のグランプリ
第19回(2002年度)入賞作品
第19回童話の部・優秀賞一席
(※掲載している作品は受賞時点のものです。出版作品とは異なる場合があります。)

ネコひげアンテナ
作/屋島 みどり

 真夜中にラジカセのつまみを回していると、昼間には聞こえない電波が入ってくる。家族が寝静まった深夜、耳なれない方言のまじったパーソナリティのおしゃべりや、まったく意味のわからない外国の歌に耳をすましていると、ユーウツな中学受験のことなんか忘れて、別の世界にいるような気がする。
 ある土曜日の午後、遊びにきていたいとこのアキラが、うちの黒ネコ、ヌバのひげを切ってしまった。ヌバは犬にまちがえられるぐらい大きなおすネコ。いつもなら小学一年生のアキラなんかニラミつけ、よせつけもしないのだけれど、夜あそびのしすぎか、私の部屋で、正体もなく眠りこんでいたのだ。
 アキラのいたずらに怒ったヌバは、アキラの手の甲をバリッと引っかいて、窓からとびだしていった。アキラはみみずばれの手の甲をおさえて、大げさに泣いていた。ヌバにすれば、とうぜんのしかえし。私はアキラをなぐさめてなんかやらなかった。


 アキラが自分の家に帰っても、夜になっても、ヌバは帰ってこなかった。この辺りのボスをはっているヌバの家出はしょっちゅうだから、一週間ぐらい帰ってこなくても、私は平気だけど、今回はひげがないから、ちょっぴり心配。だって、ネコのヒゲは夜の行動になくてはならないアンテナだもの。
 私は心配しながらも、ベッドに入ると、いつものようにラジカセを回した。ラジカセは雑音を出しながら、電波をひろっていく。
「あれっ……」
 いつもは何も聞こえない数字のところで何かをとらえた。なんだろう。
『……以上、……でお、送りし……た。つづ……ご近所ニュ…ス…』
 どうもうまく入らない。アンテナの位置をかえようと、アンテナに触れたとたん、音がクリーンになった。
『……勝雄町四丁目の吉田たまさんが無事お産を終えました。三匹のかわいらしいメスで、一匹は父親似の黒。あとの二匹は母親似のぶちです。
 次にノラ野ノラ雄さんが、花嫁を募集しているというニュースです。ノラ野さんは笹見町ではナンバースリーの実力者で、将来のボス候補との評判です。希望者は直接ノラ野さんまで、お見合いに出かけてください……』
「何これ?」
 私は目をぱちくりさせながら聞いていた。私が住んでいる所は笹見町、隣は勝雄町だ。このあたりのニュースらしいけど、吉田たまさんだのノラ野ノラ雄さんだの、聞いたことない。それに赤ちゃんを三匹だなんて……。
 ニュースは続く。
『……最後に、もう一度、最初のニュースを繰り返します。笹見町のボス、高松ヌバさんが、暴漢に襲われ、ひげを数本切りとられてしまいました。幸い大事にはいたらず、ネコ広場の奥の集会場で休んでいます。暴漢は人間の子どもで、ヌバさんはその子どもの暴漢に反撃し……』
 これって、うちのヌバのことじゃないの。だとしたらこの放送は……。そう思いながら聞いていると、
『以上ニャンコ・コミュニケーションズの提供でお送りしました』
 ネコによるネコのための放送だ。
 私はかじりつくようにしてその放送を聞いた。番組は『ニャアニャアすくすく ─ 子猫の育児』とか、『二十一世紀のネコ社会を考える』とか、『最近はやりの集会スポット』とか……。
 朝になると、ラジオには何も入らなかった。私は、夢だと思った。だって、ネコが放送局をもってるわけないし、どうやって放送を聞くというの。
 でも、夜中にはまた放送が入った。『キャッツご近所ニュース』や『名ハンターはだれだ』『注意すべき人間の習性』『ペルシアンの恋占い』なんて番組が、続く。
 ネコって、私がしらないところで、ずいぶんいろいろ考えたり、遊んだりしているんだなって感心した。
 私は毎晩、ネコになった気分で、眠りについた。そして、朝がくると、ふつうの放送しか入らない。
 あれっきりヌバは帰ってこない。私の部屋の窓はいつ帰ってきてもいいように開けてあるのに。
 お母さんは「ちゃんとご飯を食べているのかしら」とか、「車にはねられたんじゃないかしら」とか、とっても心配している。
 私が「キャッツご近所ニュース」で何も言ってないから大丈夫だよって言ったら、ヘンな顔をされた。やっぱりあれは夢なのかな。
 そんなある日、「ご近所ニュース」が言った。『……集会場で静養していた高松ヌバさんが、今日自宅へ戻ることになりました。まだひげは、はえそろってはいないのですが、世話役頭の高松夫人がいたく心配し……』
 クククク……。笑っちゃう。お母さんってば、世話役頭なんだ。私たちはネコたちから見ると、ヌバの主人じゃなくてヌバの世話役なんだ。そうしたら、私はいったい何になるの。世話役その一。それとも、雑用係?
 そう思いながらラジカセを聞いていると、カーテンがふわりとゆらぎ、窓からヌバがのそっと入ってきた。
「お帰り、ヌバ」
 私がそういうと、ヌバはニャーとあまえて、頭をすりよせようとした。
 その時、ヌバはラジカセから何が流れているか、気がついた。とたんに、目をまん丸にして、背中の毛を逆立てた。そして、ラジカセに飛び掛り、ネコパンチを食らわした。
 ガタン。
 ラジカセが倒れ、白いものが空中に舞った。私は気がつかなかったのだけど、アキラに切られたヌバのひげが一本、アンテナに、くっついていたらしい。
「何すんの」
 あわててラジカセを起こしたが、放送はもう聞こえなかった。
 ヌバは何事もなかったように落ち着いて、顔を洗っている。ラジカセはどんなに調整してもガーガー、ピーピー雑音が聞こえるだけ。あきらめるしかなかった。
 私は考えた。ネコは自分のひげで、放送を感知しているって。そして、アンテナに、くっついたヌバのひげのせいで、私のラジカセはネコの放送が聞き取れるようになってたんじゃないかって。
 それを知っているのはヌバだけだけど、ヌバは知らん顔している。私がどんなに問い詰めたって、人間のことばはわからないんだニャー、って感じであまえてくる。
 でも、私は気がついている。ヌバが前ほどオイタをしなくなったことを。きっとオイタをして、そこからいろんなことがばれるのを警戒しているんだ。
 私は何とかして、もう一度、あの放送を聞きたくて、いつもヌバのうしろから、はさみを持って、ねらっている。

屋島 みどり(やしま みどり)
46歳 主婦 香川県高松市
<受賞のことば>
 受賞する事が出来、非常に嬉しく思っています。
この事は家族・友人などたくさんの人が私を支え応援してくれたおかげです。改めてお礼を申し上げます。

短評
 なんと楽しい作品でしょう。ラジカセのアンテナに黒ネコのひげがついたことでネコ達の放送が聞こえてくる。この着想、それからの展開のおもしろさは脱帽です。軽妙な語り口ものびやかで次の作品を期待して待っています。(あまん きみこ)


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