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ニッサン童話と絵本のグランプリ
第19回(2002年度)入賞作品
第19回童話の部・優秀賞

はるおさんの春までの仕事
作/池田 友和

「そうですか。わかりました。はい、どうも。ありがとうございました」
 携帯電話を耳もとからはなして、はるおさんはがっくりと肩を落としました。ツンと青い、すみきった空をあおぎ見ます。
「これも、だめか……」
 はるおさんは、メモ帳にばってんをつけました。つけておいて、ひとりでうーんとうなると、プラタナスの並木道を歩きだします。
 いま、はるおさんは仕事を探していました。内容にはあまりこだわっていません。どうせ、春までだからです。はるおさんはいなかでお米を作っていて、田んぼがお休みしている冬のあいだだけ、都会で仕事をするつもりでいたのでした。
「ちえちゃん、元気かなあ……」
 人通りのない路地へとそれて、はるおさんはかばんから写真をとりだしました。いなかの家で待っている、孫のちえちゃんの写真です。稲刈りが終わった日に四歳になったばかりの、かわいいかわいい女の子でした。
 写真のなかで、ちえちゃんはいつもわらっています。そして、はるおさんは、なんどもその笑顔に勇気づけられてきました。
「ようし。もうひとがんばりー」


 いいかけて、はるおさんが視線を押しあげたときです。足もとのマンホールを横切って、子ねずみがちょろちょろとかけぬけていくのが目にとまりました。
 ねずみは、古ぼけた商店のガラス戸の前で、行儀よくぴたりと立ち止まります。すると、まるで自動ドアみたいに、ねずみ一ぴきぶんのすきまが開きました。ねずみはなかへとはいっていきます。
「あれ、まあ……」
 はるおさんは、その光景をぽかんと見つめていました。頭をかきかき、思いだします。
 そういえば、はるおさんは以前にも、このお店へいぬがはいっていくのを見かけたことがありました。いぬが入口でおすわりをすると、ガラガラとガラス戸が開いたのです。もっともそのときは、「きっと飼い主があけたのだろう」と、あまり気にもとめませんでしたが。
 はるおさんが立ちつくしていると、やがて子ねずみがでてきました。背中に、ハンカチほどのふろしきづつみをしょっています。いぬやねこならばまだしも、ねずみがふろしきをしょっているというのは、どう考えてもちょっぴり変です。
「ツ、キ、ノ、ワ、商、店?」
 軒にかけられた看板の文字を、はるおさんはたどるように読みあげました。なんだか不思議なひびきです。さらにはるおさんが目をこらすと、「ツキノワ商店」という文字の上には、小さく「なんでも屋」と添えられていました。
「なんでも屋? こりゃあ、めずらしい……」
 はるおさんは、外からのぞくだけのつもりで、ガラス戸へと近寄っていきました。入口に立っ
て、まばたきをひとつしたときです。ピシッときしむような音にあわせて、ねずみのときと同じように、ひとりぶんの戸が勝手に開きました。
 なつかしい気分になったのは、お香のかおりがしたせいです。店内はうす暗くて、雨あがりの朝のような、しっとりとした静けさにつつまれていました。はるおさんは、その心地よさにさそわれて、そうっと足をふみいれてみます。
 はるおさんが見たかぎり、ツキノワ商店の品ぞろえは、かなりおそまつなものでした。野球のグローブ、ゴム長ぐつ、テレビのリモコン、アルコールランプ、自転車の前かご、地球儀……。なんでも置いているというだけであって、なんでもそろうお店ではないようです。
「いらっしゃい」
 とつぜんボサボサした声がとんできたので、はるおさんははっとしてとびのきました。
「くまっ!」
 そうです。くまだったのです。ツキノワ商店のあるじは、小柄でもっさりとした感じのつきのわぐまなのでした。
「くまじゃ、悪いかね?」
「い、いいえ。とんでもない!」
 とっさにはるおさんは打ち消しましたが、くまのほうはいたって平気な顔をしています。おこったようすもありません。うつろなまなざしで、じいっとはるおさんを見つめていました。
「なにをお探しですか?」
 あくびをかみころしながら、だしぬけにくまがきいてきました。
「いや。べつになにも……」
 はるおさんが首をふると、くまは不服そうに口をまげました。
「なにも、かくすことはないでしょう。わたしには、ちゃんとわかるんです。探しものをしている顔は……」
 くまがいって、はるおさんの瞳をのぞきこみました。
「さあ、おっしゃってください。そろばんですか? それとも、ポリバケツ? あっ、そうそう。新しいはえたたきがはいりましてねえ……」
 そこまでしゃべって、くまは話がそれはじめたことに気づいたのか、ゴホンとせきばらいをしました。そして、しきりなおすようにいったのです。
「さあ、おっしゃいなさい。なにをお探しですか?」
「し、仕事です……」
 返答にこまって、はるおさんはこんなふうにいいました。実際、はるおさんの探しものといったら、それくらいしかなかったのです。いってみれば、はるおさんにとってこのこたえは、くまを納得させるためのいいわけのようなものでした。
「ほう!」
 ところが、くまはなぜかうれしそうに、いすをけたてて立ちあがりました。めいっぱいのびあがって、毛むくじゃらの体をのりだしてきます。
「それ、それ」
 鼻息もあらく、くまはしきりにはるおさんのうしろを指さしました。いきおいに押されて、はるおさんは思わずふり返ります。
 見ると、入口に近いかべのすみっこに、こんなはり紙がしてありました。
  お店番 募集
  期間 春、あたたかくなるまで
「これ、なんですか?」
 向きなおってはるおさんがきくと、くまは上機嫌にいいました。
「募集といったら、募集です」
 くまのこたえは、こたえになっていませんでした。ただ、ほこほことわらっているばかりです。
「これが、そこのガラス戸のかぎです」
 くまが、ぽんと台の上にかぎをのせました。「わたしは、左の部屋でねむりますから、あなたは右の部屋をお使いください。台所やふろ、それから冷蔵庫のなかのものも、好きに使ってけっこうです」
「はあ……」
 はるおさんのとまどいをよそに、くまはにこにこしています。つづけて、ひきだしからノートを取りだしました。
「売っている商品のリストは、ぜんぶここにのっています。お給料は、売り上げの半分ということでいかがかな? なあに、都会の動物たちはねえ、あんがい金持ちなんですよ」
 くまは、そこまで早口にいってしまうと、ふらふらと奥の部屋へ歩きだしました。そして、ふすまに手をかけたところで、ふり返ってさけんだのです。
「なにか、ご質問は?」
「あの……」
 はるおさんは、おずおずとたずねました。
「わたしのような者でも、本当にやとっていただけるのでしょうか?」
 するとくまは、体をゆすってわらいながら、おおらかにいいました。
「条件が、ただひとつ。冬眠をしない、ということです」
 それっきり、くまは部屋にこもってしまい、はるおさんがいくら呼んでも、二度と顔をだしてはくれませんでした。
 はるおさんの春までの仕事は、こうして決まったのでした。

池田 友和(いけだ ともかず)
27歳 アルバイト 東京都荒川区
<受賞のことば>
 この作品は、ほとんど熟成期間をおかずに書き上げました。構想から、約一ヶ月半ほどで完成に至っています。ストーリー展開や文章に粗さを残してしまったぶん、新鮮みのある物語に仕上がっていればよいのですが。受賞を励みに、これからも童話を書き続けます。みなさん、ありがとうございました。

短評
 目をつむると、ありありと情景が浮かぶ。文学の基本的な力です。あり得ない世界に巧みに姿かたちを与えているのはなかなかのもの。少々トボけた表現を加える余裕があれば、更にユカイになったでしょう。(中川 正文)


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