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ニッサン童話と絵本のグランプリ
第19回(2002年度)入賞作品
第19回童話の部・優秀賞

はとばじい
作/村井 恵

 『はとばじい』って、知ってる? はとばじいのことなら、このへんの男の子ならみんな知ってる。はとばじいは、波止場で見かける、ちょっとふしぎなおじいさんだ。
 ここは、波がとてもおだやかな、瀬戸内の小さな町だ。このあたりに住む男の子。とりわけ小学生のぼくたちは、よく港の波止場で、釣りをする。ここではタイやヒラメ、メバルやコチ、イワシにアジ。季節ごとにいろんな魚が釣れる。
 はとばじいは、ぼくたちが釣りをしていると、波止場の西むこうの道から、きまってトボトボやって来る。やって来ると、
「釣れたか?」


 魚の入った、バケツをのぞき込む。そのあと、海のほうをじっと見て、
「強い風が出てきた。魚がもぐったな。もう釣れん」
 ボソリと言う。それから、くるりと向きを変え、またトボトボと道のむこうに帰っていく。あるとき、はとばじいは、
「いい潮じゃ。今そこを、サヨリがクルクルまわっとる。サヨリの仕掛けにしてみ。つれるど」
 と言ったし、またあるときは、
「下にカマスがおる。さびきで釣ったほうがええ」
 そう言った。
 ぼくらの釣りには、何種類かの方法がある。浮きを浮かべて釣る、浮き釣り。リールを使っ
て、錘を遠くまで飛ばして釣る、投げ釣り。それから、アミエビの入った小さなカゴを釣り糸の一番下に付けて沈め、その上に針を何本も付けて竿を上下して釣る、さびき釣りだ。
 はとばじいは、するどい。はとばじいの言葉のとおり、サヨリの仕掛けにすると、とたんにサヨリが釣れだすし、さびきにすると、カマスが釣れた。だからぼくたちは、いつでも、はとばじいの言葉どおりの仕掛けで釣ることができるように、竿を一本と、三種類(浮き・投げ・さびき)の仕掛けを、必ず用意して釣りに行くようになっていた。
 はとばじいが「釣れん」と言った日は、いつまで竿を投げていても、一匹も魚は釣れなかった。

 はとばじいのほんとうの名前を、みんな知らない。波止場に現れるから『はとばじい』、そうよんでいるだけのことだ。
 はとばじいがどこに住んでいるのかも、みんな知らない。波止場の西の道からやって来るから、港あたりの三の町に住んでいるんじゃないかと思っていたけど、三の町に住む悟は、
「はとばじいは、三の町にはいないよ」
 と言ったし、三の町の少し山側に住む太一も、
「はとばじいは、住んでいないよ」
 と言った。木の町、奥の町にもやっぱり住んではいないみたいで、いったいどこからはとばじいがやって来るのか、ぼくたちにとっては謎だった。
 はとばじいを、波止場以外で見かけることはなかったし、父さん、母さんに聞いてみたけど、
「さあ、だれのことかな?」
 首をひねるばかりだった。

 はとばじいを写真の中に見つけたのは、クリスマスが過ぎたころだった。母さんが、松風園のクリスマスパーティの写真を、居間で整理していたその写真の中に、はとばじいが映っていた。
 母さんは、松風園という老人ホームで、ボランティアをしている。松風園のクリスマスパーティで、写真をとったのが母さんだ。
 みんなが笑顔で、ごちそうののったテーブルに座るその左はしに、さみしそうな顔のはとばじいがいた。まわりの人たちからは、たしかに浮いていて、まるで、はとばじいのまわりにだけ、違った空気が流れているようだった。
「この人! この人がはとばじいだよ!」
 ぼくは母さんに、はとばじいの写真を見せた。母さんは、じっと写真を見ている。それから、
「この人が、はとばじいなの」
 おどろいたような顔をした。はとばじいのほんとうの名前は、田中さんといった。もっと、変わった名前を想像していたのに、案外ふつうの名前だったので、ぼくはちょっとガッカリした。
「でも、ほんとうに田中さんが、はとばじいなの? 田中さんって、そういえば、しゃべってるところを母さん、見たことがないわ」
 母さんは言った。
 松風園は、南山の山すそにある。山すそといっても、急な山を少しのぼったところにあるので、松風園から波止場はよく見える。だから、もしかしたら田中さんがはとばじいだということも、ありえるかもしれないと母さんは付け加えた。
 ぼくの胸は、ドクドクなった。これは、ものすごい発見かもしれない。はとばじいは、じつは幽霊なんじゃないかとか、海の神さまなんじゃないかとか、そんなことを言うやつもいるくらいだ。だから、はとばじいが松風園の入所者だなんて知ったら、みんなおどろくにちがいなかった。
 でも、写真だけでは分からない。もしかしたらそれは、はとばじいに似た別のおじいさんかもしれない。ぼくは今度、母さんが松風園に行くとき、いっしょに行ってたしかめようと思った。

 土曜の朝、母さんと松風園に行った。粉雪が舞っていた。南山に向かってのびる、一本きりの曲がった道を、母さんの運転する車は進んだ。どうして老人ホームって、こんなに人の住む町から、離れたところにあるんだろう。なんだか、さみしい気がした。
 松風園につくと、中はとても暖かだった。広いロビーには、おじいちゃんやおばあちゃんが何人もいて、ぼくたちを見ると、
「まあまあ、おはよう。水本さんとこの、ぼうや?」
 次々と母さんに声がかかった。キョロキョロとぼくは、その中に、はとばじいがいないかさがした。けれどそこに、はとばじいはいなかった。
 写真をはり付けた大きな紙を、虫ピンで壁にとめるのを、ロビーでおしゃべりをしていた二人のおじいさんが、手伝ってくれた。それからぼくと母さんは、下の階からじゅんばんに、一部屋ずつ部屋をまわった。
「ロビーに、クリスマス会の写真を張り出しておきましたから、いいのがあったら注文してくださいね」
 母さんがやさしく声をかけると、たいていのおじいさん、おばあさんは、
「はいはい」
 と、笑って答えてくれた。

 また次のドアの前で、母さんの足が止まった。コン、コン、ドアをノックする。中から返事は聞こえなかった。けれど、母さんはそっとドアを開けた。
「ロビーに、クリスマス会の写真を張り出しておきましたから、いいのがあったら、注文してくださいね」
 やっぱり部屋の中にむかって母さんは、やさしく声をかけた。すると、窓際に座っていた白髪頭のおじいさんが、コクンとうなずいた。ふり返ったおじいさんは、母さんのうしろに立つぼくに気がついた。ぼくを見るおじいさんの口もとが、ふっとほころびかけたように見えた。けれど、すぐにまたおじいさんは、向こうを向いてしまった。
 それはたしかに、はとばじいだった。
 はとばじいは、窓の外をじっと見ていた。窓の外、窓の下のまん中あたりには、波止場が見えた。今は冬だから、釣りをする人はだれもいない。ほんのりと雪をかぶった、白い波止場を、はとばじいはじっと見ていた。
 なんだかその横顔がとてもさびしくて、ぼくも母さんも、なんともいえない気持ちになって、ドアを閉めた。
 はとばじいが、松風園に来る前どこにいたのか。そして、どういう暮らしをしていたのか。どうして松風園に来ることになったのか、ぼくはとても気になった。
 はとばじいが、松風園の入所者だったことを、早く悟や太一にしゃべりたいという気持ちも、むくむくと胸のあたりにわいた。
 だけど、じっと波止場を見つめるはとばじいの、あのさみしそうな横顔が目にやきついて、なんだかとてもせつなくて、ぼくはだまって、母さんのうしろをついて歩いた。

 松風園からの帰りの車の中で、じっとぼくは考えていた。また、春が来る。春が来たら、キスを釣ろう。はとばじいはきっとやって来る。そうしたら今度は、ぼくのほうから、なにか話しかけてみよう。そのときはとばじいは、答えてくれるだろうか? そして、さっきみたいに笑いかけてくれるだろうか?

 車の外には、来るときとおんなじに、粉雪が舞っていた。粉雪はとても小さな雪だけど、積もるのが早い。どんどんと遠ざかっていく灰色の松風園も、それからだんだんと近づいてくる町も、今ではすっかり白におおわれている。
 そして、向こうに広がる瀬戸内海だけが、とても青く、広く、空から降り落ちてくる粉雪をのみこんでいた。

村井 恵(むらい めぐみ)
36歳 主婦 広島県福山市
<受賞のことば>
 波止場というのは、実におもしろい場所です。海を見にきた人、釣りにきた人、そして釣りのようすを伺う、波止場近くに住む人。
休日の波止場は、様々な人であふれています。波止場で釣りを楽しむなかで、このお話は生まれました。
すばらしい賞をありがとうございました。

短評
 ぼく達が釣りをしていると、きまってあらわれる不思議なはとばじい。そのじいに寄せる少年の心情のゆれが濃やかに表現されています。はとばじいの淋しさとぼくの思いを押さえて書いたことで作品が深まりました。(あまん きみこ)


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